再訪問
(……また瀬川さんが家に来ることになるとは!?)
翌週の土曜日、紫苑は駅前で楓の到着を待ち構えていた。
一度のみならず二度も来る。これはつまり、最初に来た時に悪い気がしなかったということだろう。二度来るのなら、三度もあるかも。女の子が自分の家を訪ねて来てくれる!
でもこれって、要するに楓が自分の事を好きって意味じゃないの? そうでなければ二度も家に来ないでしょ? ましてや下心があると分かっている男の所に。これはもっと強くアタックして欲しいという楓からのメッセージなのではないか?
(……いやいやいやいや、それはマズいよ!?)
家に来るだけのことを恋愛感情と結びつけるのは男の身勝手というものだ。男というのは、気になる女の子が自分の事を好きでいてくれることを期待する生き物である。所作の一端を見ただけで自分の都合の良いように解釈してしまうのは最低だ。
(……芸術だ。瀬川さんは芸術として見るんだ。それが唯一の正解だ)
紫苑は過ちを犯さないよう、心を切り替えて精神統一することにした。
(……僕は芸術家だ。芸術には好奇心が必要不可欠だ。僕の場合はそれが現在は女の子に向いているのだ。他の男みたいに下心で接近しているわけではない。芸術家としての崇高な精神が僕を正しい方向に導いてくれる。よし!)
そうだ。あくまで自分と楓はお友達であり、ネットアイドルという芸術活動の為の協力者という関係である。フライングはしない。紫苑は堅く心に誓った。
「新条くん」
(……瀬川さん♪ って、ええッッ!?!?!?)
その時、楓の声が聞こえて振り返った。そして衝撃を受けた。
そこには私服姿の見たことの無い美少女がいた。
何と、今日は眼鏡をしていない。コンタクトレンズだ。トレードマークであった眼鏡を外していた。白をベースにした花柄のスカートに、藍色のブラウスを着用している。ブラウスは七分袖と言うのだったか、半袖と長袖の中間だ。ちょっとだけ覗いている腕が魅力的だ。赤の靴はパンプスだ。
そんな女の子が、駅の階段の上からニッコリと優しい笑みを浮かべてこっちを見ている。
お淑やかな印象だが、どこか攻めている印象も受ける。大人っぽくも見えるし、年齢相応の可愛らしさもあるように見える。派手でも無ければ地味でもない。自然で涼しげな印象を出す。ファンタスティックだ!
(……え? こ、これ、瀬川さんなの!? 本当に!?!?!?)
一瞬目を疑ってしまった。
楓はこんなにファッションに長じる女の子だったろうか? いやいや、日頃はあんなに勉強で忙しいのだ。モデルみたいにファッションの研究をする時間など無い。そんなに器用に色々な事が出来る女の子ではないはず。
と思ったが、ある存在を思い出した。前回とは違って、今は百合がプロデューサーに就いている。百合は自身が万能なトップアイドルだ。学業の傍らにアイドル活動もそつなくやってのけるし、動画を見る限りファッション等の美的センスも優れる。百合が介入したのであればこのような急変身もあり得る。
そう推理して注意深く見ていると、身につけている服装の全てがピカピカで真新しい。
これ、絶対に今日に備えて買い揃えて来ているでしょ? 平日の帰りにでも百合の案内でどこかのお店に行って、そこの店員とも相談してコーディネイトしたのだ。今すぐにでもモデルになれそうな服装だ。プロが介入しなければこんなのあり得ない。まるで婚活するみたいだ。
「や、やあ、いらっしゃい。はは……」
(……あ、あれ、どうしちゃったんだろう、僕!?)
それでも紫苑は何気ない素振りで楓に接しようとした。しかし、頭ではそうしようと思っていても、視線を楓から反らしてしまった。
眩し過ぎて見ていられない。
さっき一瞬見ただけで十分だ。それだけで胸が苦しくなってくる。
(……な、何だコレ。に、逃げ出したい。こ、こんなのおかしいよ! な、何で僕が瀬川さんなんかにこんな負けてるような気分にならなきゃいけないんだ。こ、こんなの、おかしい)
混乱する紫苑だったが、本当に逃げ出すわけにもいかないので駅の階段の前で待つ楓の元に歩み寄った。目の前まで接近したが、やっぱり顔は合わせられない。ずっと横を見ている。
「新条くん、迎えに来てくれてありがとう」
「これくらい当然さ」
「よいしょ」
(……ええッッッ!?!?!?)
紫苑の抵抗など何の意味も無かった。
楓が両腕の力で紫苑の顔を掴み、無理矢理自分の方を向かせる。そのまま首の後ろに手を回して固定し、深々と唇を奪われた。舌も入れられて捏ねくり回される。
(……ち、ちょっと!? ここって駅前! みんな見てるよ! ひぃぃぃぃッ!?!?!?)
楓は旅先かもしれないが、紫苑はここが地元だ。変態カップルみたいな評判が立ってしまったらどうするッ!?
数秒して、ようやく解放して貰えた。
「ふう。久しぶりに来たら思い出しちゃった。あの時以来だから二回目だね」
「あ、あ、あ、あのッ!?」
「今のはお礼の前渡し。上手く作ってくれたら残り半分もあるからね」
「ええっ!?」
「でも、失敗したら返して貰うことになっちゃうから」
「か、返す? こんなのどうやって返せば」
「新条くんはどうやって返してくれるのかな? 行こう♪」
「あ、ま、待って、瀬川さ~ん!」
(……やっぱり瀬川さんは僕のことが好きなんだ。そうなければ、何だって言うのさッ!?)




