第二のSNSバレ
―――ミラーブック。
世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス。通称、鏡本。
ネットアイドル特化型という個性を持つカレイドスコープと違い、ミラーブックは標準的で汎用的なSNSだ。
SNS界のパイオニア的な存在で、世界の半分くらいの人がアカウントを持っている。一般的にSNSが持っているとされる機能は大抵がこのミラーブックが発端だ。実名制のSNSなので、現実社会における知り合いとメールアドレスの交換代わりにお友達登録するという使い方をする。
パブリックモードとプライベートモードに切り替える機能があり、プライベートモードにするとお友達しか中を見ることが出来ない。プライバシーにも考慮された、安心と信頼のSNSだ。
―――。
「な、何、コレ……」
うっかり見てしまった楓のスマホには、ミラーブックの画面が映し出されていた。百合は楓とミラーブックのお友達登録をしている。しかし、その内容は百合の知っているものとは全く違う。
楓はミラーブックを連絡用に使っているだけで、自分から記事を投稿するような使い方はしていないと思っていた。しかし、この画面には記事が映し出されている。偽名を使って複数のアカウントを使い分けていたのか? 普段、みんなとの連絡用に使っている本名アカウントは表向きのアカウント。こっちが本命の裏アカウントだ。
それは楓の日記だった。プライベートモードになっていて、お友達はゼロ。即ち、完全非公開の個人日記になっている。
信じられない内容が目に飛び込んでくる。気が動転した百合は見てはマズいという判断が働かず、つい適当にカレンダーのリンクを押してしまった。百合が押したリンクは今から三ヶ月前、それはちょうど楓がネットアイドルを始める少し前に遡る記事だった。
『○月×日、晴れ。今日、私は紫苑くんに数学を教えて貰った。出来の悪い私に迷惑がる様子も無しに教えてくれて、とても嬉しい。最近、よく思うの。紫苑くんって、本当は私のこと好きだったりしないのかな? そんなこと無いよね。勘違いしちゃダメ。紫苑くんは誰にでも親切な人だもん。紫苑くんが好きになるのは、私よりも可愛くて、優秀で、気が利く役に立つ女の子。例えば百合ちゃんみたいな。私はその他大勢のクラスメイト』
『○月△日、晴れ。紫苑くんと百合ちゃんがお話しているのを見た。二人共とても楽しそう。学校一番の天才と学校一番のアイドル。お似合いのカップルだよね。紫苑くんは百合ちゃんとお付き合いするべきなの。神様がそう決めたに違いない』
『○月□日、曇り。ふと紫苑くんの事を考えて勉強に手が着かなくなる。そんな時は、これ。私の宝物。紫苑くんのシャープペン。何で私が紫苑くんのシャープペンを持っているかって? それはね、すり替えたの、ふふ。私が持っているのが紫苑くんのシャープペン。紫苑くんが持っているのは私が用意したそっくりなシャープペンだよ。今頃、紫苑くんは私のシャープペンを使って勉強しているんだ。そう思うと集中力が凄くあがるの。紫苑くんの御利益があるんだ。ふふ』
『○月○日、曇り。紫苑くんと百合ちゃんがお話しているのを見た。私も百合ちゃんみたいな人気ネットアイドルだったら紫苑くんとお付き合いできたのにな。学校で一番のネットアイドルになれば、神様も許してくれるはず。でもダメ。私は東大が一番だから。神様の御利益は東大に回して貰わないと』
『△月×日、晴れ。やってしまった。何を血迷ったんだろう? 私もカレイドスコープに登録してしまった。これで私もネットアイドル。アカウントだけはネットアイドル。お気に入りの数はゼロ。世界で一番下のネットアイドル』
『△月△日、雨。全然ダメだ……。全くお気に入り数が増えない。世界の誰もが私をネットアイドルと認めていない。私に魅力が無いからなんだ。F5を連打する。カウンターの数だけが病原菌のように増えていく。お気に入り数は決して増えない』
『△月□日、雨。お気に入り数ゼロ。気が狂いそう。助けて欲しい。私にネットアイドルなんか出来るわけ無かった。でもこればかりは紫苑くにも百合ちゃんにも話せない。バレたら何もかもが終わり。こうなったら神様にお祈りする。神様、私が大人気ネットアイドルになれるような奇跡を起こして下さい』
『△月×日、雷雨。ペロペロ! ペロペロ! ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ』
ペロペロという意味不明な記事を境に様子が変わっていく。
『×月×日、晴れ。★☆★☆決定的なチャンス★☆★☆ 紫苑くんに手伝って貰えることになった。お気に入り登録もして貰えた。紫苑くんが私の最初のお気に入りさん。次の土曜日に紫苑くんの家にお邪魔する。念のために下着は新しいものを着て行かなきゃ。この日は安全日。神様も私の味方をしている』
『×月△日、晴天。いよいよ本番。私の人生で一番大事な日。紫苑くんの家にお邪魔して足先から頭の頂点まで、私の全てを改造して貰った。キスもした。生まれて初めてのキスだった。幸せ。生きていて良かった』
『幸せ』
『幸せ過ぎておかしくなりそう。いつか私も紫苑くんと結ばれるのかな? ずっとそんなことばかり考えてる』
『幸せ』
『×月□日、晴れ。お気に入りが増えた。幸せ。これなら私も人気ネットアイドルになれるかも。そしたら私も紫苑くんの側にいられるよね。幸せ』
『子供は三人くらい生んでも良いのかな。みんな紫苑くんに似た格好良い男の子が良いな。私は良いお母さんになれるかな。幸せ』
『紫苑くんと紫苑くん似の男の子が三人。逆ハーレム! きゃ~♪ 身体が熱くなって今日はもう眠れない!』
『×月○日、曇り。冷静になって、怖くなってきた。こんなことしてたら、いずれ百合ちゃんと衝突するんじゃ……。お気に入りが増えたら百合ちゃんに見つかる。すぐに私と紫苑くんの関係もバレるだろう。私みたいな馬鹿女より百合ちゃんの方が紫苑くんに相応しいに決まってる。私が色目を使って紫苑くんを掠め取ったこともバレる。泥棒猫、売春婦と罵られ、私は一生紫苑くんと結ばれない身体にされてしまう。マズい、マズい』
『●月×日、曇り。ランキングに載ってしまった。しかも消せない。百合ちゃんにバレる。何とが誤魔化せないだろうか? 百合ちゃんにだけは私が売春婦だなんて思われたくない。どうしたら良いの? でも相談出来ない。自分一人では何も出来ない。真相が露見したら流石に私も二人から見放されるだろう。売春婦の私に神様から天罰が下されるんだ。怖い、怖い、怖い』
記事はこれで終わりだ。そして今、書きかけの記事が下書き状態で保存されている。
『●月●日、天変地異。何てことかしら。百合ちゃんも私と同じように紫苑くんにネットアイドルを手伝っていて貰っていたなんて。百合ちゃんのことだ。私より遙かに上の過激な事を行っているに違い無い。盛りの付いたあの売春猫娘はまんまと紫苑くんを自宅に招き入れ栄養が付きそうなものを食べさせてから紫苑くんの膝の上でゴロゴロと甘えて薄い服を無防備に乱し困惑する紫苑くんの手を取って自分のペッタンコの胸に』
「見ぃぃぃたぁぁぁなぁぁぁッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」