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瀬川さんはネットアイドルになりたい  作者: 大橋 由希也
第三章 学校一のネットアイドル
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学校一のネットアイドル

 八時四五分。始業開始十五分前のこの時間に彼女は登校してくる。


「おはよー♪」


 ガラガラッ! と派手な音を立てて女の子が走り込んできた。背が低くて、ショートカットの髪の左上をゴムでしばってピョコンと出して、胸はペッタンコ。子供みたいな可愛い女の子である。


「おはよう、百合ちゃん」

「楓ちゃんッ! み、み、見つけちゃったよ! 楓ちゃんもネットアイドル始めたんだ!」

「あ、そ、それは……」


 紫苑と楓は他のクラスメイトの前では何食わぬ顔をして生活している。紫苑は少し離れた窓際より、楓に駆け寄った彼女の様子を観察していた。


(……やっぱり嗅ぎ付けてきたか。まあ、見落とすはずも無いか。瀬川さんと違って鋭いからな、彼女は。しかし相変わらず騒がしいな。これでトップアイドルなんだから)


 西沢 百合。この学校でナンバーワンのネットアイドルである。


 彼女の印象、それは子供っぽい所だ。容姿も性格も何か子供っぽい。しかし、実際は意外に大人でしっかり者である。

 今が正にそう。始業五分前に忙しく登校してくる生徒が多い中で、百合は十五分前という余裕を持った時間に登校する。時間に余裕を持ち、学校には遅刻しないで通うことが大事という事を分かっている。

 にも関わらず、まるで遅刻スレスレみたいに騒がしく登校してくるのだ。寝坊してパンをくわえて走って登校する時に男とぶつかる馬鹿キャラみたいな挙動である。


 頭の中身はしっかり者だが、動作は子供っぽい。悪びれた所が無くて、親しみ易い。学業成績は進学校に通いながらどの教科もそつなく上位。リズム感が良くて歌も上手だが、一番の得意科目は体育である。


 ネットアイドルとしてのカテゴリーは料理だ。実家がオーベルジュ(宿泊施設を伴うレストランで、小型のホテルのようなもの)を経営しており、その設備を活用し、自分が料理をする姿を動画で配信するというスタイルで人気を博している。


 基本的に何でも出来る。欠点は無い。


 高校生という括りで全国第三位。クッキングアイドルという括りでは全国一位という、非の打ち所の無いトップアイドルだ。


「結構前から始めてるよね? もう、何で教えてくれないのッ!?」

「だ、だ、だって、私なんて百合ちゃんに比べたら見る価値無くて……」

「もう、またそんなこと言って~~~ッ!」


 楓と百合は友達同士だ。学校に入学した当初からの一番の親友同士だ。真面目で引っ込み事案で天然ボケの楓とはキャラが全然違うから逆に気が合うのだろう。


 主導権は常に百合が握っており、楓は従である。


「楓ちゃんはこの学校で一番素敵な女の子だよ♪ 自信を持って♪」

「百合ちゃん~~~ッ!」

(……やれやれ、仲良いなぁ、全く)


 端から見ていると漫才でもやってるんじゃないかとしか思えないが、二人はいつもこんな調子である。もしかしたら二人が対決するドロドロの関係になるんじゃないかと頭のどこかでは心配していたが、杞憂だったようだ。


「早速だけど、お友達登録しよ?」

「ッ!? い、いいの?」

「良いに決まってるでしょッ!? お友達になれば相互リンクも張られるからお気に入りも増えるよ」

「相互リンクって?」

「お互いにお友達のアカウントを自分のアカウントで読者のみんなに紹介することだよ。これでお友達のファンが自分の所に来てくれるの」

「で、でも、私と百合ちゃんじゃお気に入りの数が違い過ぎ……」


 百合の提案に楓が臆するのも無理は無い。


 トップアイドルである百合のお気に入り数は二百万を超えている。諸々を鑑みて算出されるランキングポイントは六百万超だ。楓のポイントは一○○だから、凡そ六万倍の開きである。


 恐るべし。同じ学校に通うネットアイドル同士なのに開きは何事か。


 これがネットアイドル界の厳しい所だが、上位と下位で天文学的に数値が開く。一部の人間だけに人気が集中するのだ。上位五パーセントのアイドルが全体の九○パーセントの点数を占有している。

 僅かなトップアイドルが業界を牽引し、それ以外はほぼゴミ。競争社会の極地のような現象が起きるのである。


 この二人が相互リンクしたところで規模が全く釣り合っていないわけだが……。


「大丈夫だよ♪ ネットアイドルはお友達が多い方が良いの。相互リンクすると、お気に入りのみんなは両方のページを見てくれるの。お互いに良い事しか無いんだよ。だから私もぜひ喜んで楓ちゃんとお友達登録させて欲しいな♪」

「か、神様~~~~ッ!!!!!!」

(……西沢さんは出来た人間だな。いつもながら)


 ネットアイドルはお互いの利益を食い合う関係ではない。相互リンクすると、ファンは両方のファンになってくれる可能性が高まる。だから相互リンクは多ければ多いほど有利。友達が多い方が良い業界なのだ。


「はい。じゃあ、早速。お友達を申請、と」

「あっ、何か来たよ!?」

「承認してね♪」


 カレイドスコープには『お気に入り登録』と『お友達登録』があり、お気に入り登録とは紫苑のような専従読者がネットアイドルをお気に入りに登録する機能、お友達登録とはネットアイドル同士がお友達になる機能である。お友達登録すると相互リンクも同時に張られる。お手軽である。


「百合ちゃんは私の初めてのお友達だよ~~~ッ!!!!!!」

「えへへ♪」

(……西沢さんが友達になってくれれば瀬川さんも安心するだろう。僕も安心だし。これでようやく軌道に乗るな)


 このように、カレイドスコープは『ネットアイドル同士がお友達になる為のSNS』が本来の用途である。お気に入りの数やランキング上の位置付けに血眼になるような使い方は間違いだ。


 百合が友達になってくれることで、ようやく楓も目を覚ますだろう。紫苑はホッと胸を撫で下ろした。


「それでね、凄く大事なことがあるんだよ。紫苑く~ん♪」

(……ん?)


 何やら百合が呼んでいる。遠くから見守るのはこの辺にして紫苑は二人の元へ歩み寄った。


「おはよう、西沢さん」

「おはよう♪ ねえ、聞いて聞いて。楓がね、ネットアイドル始めたの!」

「うん、知ってるよ。ちょうど今朝、ランキングに載ったばかりなんだ」

「あ、知ってたんだ。流石だね♪ それでね、前に紫苑くんが私にしてくれたみたいに、楓もプロデュースしてあげて貰えないかな?」

「えっ?」

「紫苑くん凄いんだよ。ITとかに凄く詳しいの! 昔ね、紫苑くんにアカウントの改善を手伝って貰ったらキューンとポイントが急上昇したの! 紫苑くんのお陰で人気アイドルになれた女の子は沢山いるんだよ。私達の間では、紫苑くんはネットアイドルの神様って呼ばれているんだよ。ね、神様~。お願い! 楓も助けてあげて♪」

「もうやったよ。ついこの前」

「あ、そうだったんだ。あ、そっか。だから急にランキングに載ったんだ! 出来映えも凄く可愛かったし。謎は全て解けた! 流石楓だね。大事な所はちゃんと押えてたんだね♪」

「西沢さんのアカウントも毎日見させて貰っているよ。君らしさがよく出ていて楽しいからね」

「そう言われると照れちゃうなぁ。私が楽しくカレイドスコープ出来てるのは紫苑くんのお陰だよ♪ でも、楓も手伝って貰っているならもう安心だね。続けていくだけで楓もすぐに人気アイドルだよ♪ 一緒に仲良くやっていこうね♪」

「あ、あの……。ど、どういうこと?」

「えっ?」

「えっ?」

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