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無個性

(……小さく見せるブラ!? この僕があんなに必死になって見抜けないなんて。女の体って一体どうなってんの!?!?!?)


 楓の胸は小さい方だと思っていたが、それはカモフラージュでしか無かったなんて。女の考えることは分からない。


(……ちょっと待てよ。この調子じゃ他にも秘密があるんじゃないか? 僕は服の上から見えているもので推測しているだけでしか無くて、結局は裸にひん剥いてやらなきゃ本当の所は分からない……)

「さ、私の胸の秘密はもう分かったでしょ? 続きしましょ。新条くんは私を世界一のネットアイドルにしなければいけないんだから」

「わ、分かってるよっ!?」


 楓の胸が気になって仕方が無いが、背中を押されて紫苑はパソコンの前に戻った。楓も紺のカーディガンを羽織り直して元通りである。



―――。



「さて、プロフィールはこれくらいだろう」

「ありがとう♪」


 その後もプロフィールを書き続け、最後にどの情報を公開するかをもう一度、確認した。プロフィールには写真を載せるスペースもあるが、それは今撮ったばかりの使った。自撮の写真よりこの方がずっと可愛い。これでプロフィールは完成である。


「つ、次は?」

「次は、そうだね……」


 まだまだやることは色々ある。壁紙を買えたり、文字サイズを調整したり、サイドバーにコンテンツを入れたり、とSNSのアカウント作りは創意工夫がある限り終わりは無い。


 だが、教科書に沿って勉強するだけが能力の全てである楓は『創意工夫』が最も苦手だ。だからこそ『勘』と『才能』で勝負する紫苑の支援を必要としていた。


「う~ん」


 しかし、作業している紫苑の手が途中でピタッと止まってしまう。


「ど、どうしたの?」

「インスピレーションが沸かないなぁ」

「インスピレーションって?」

「創造力。閃き。僕が思うにね、ネットアイドルってのは学校のテストみたいに特定の答えが決まっているものじゃないと思うよ。ある人から見れば理想のアイドル。違う人から見れば興味無し。万人から広く支持されるのもアイドル。特定層から熱狂的に支持されるのもアイドル。ネットアイドルのプロデュース。これは創作活動の一種だね」


 表向きには成績優秀な優等生というイメージで通している紫苑だが、真に彼の才能と言える分野は学業ではなく芸術である事を知るのは少数である。


「ネットアイドル……。僕は紙やペンで絵を描いたりするのは得意だけど、ネットアイドルの方が遙かに高度だと思う。何故なら、ネットアイドルとは人間そのものを作品として昇華しなければならない芸術だからだ。でも、どんな子供であっても真っ白な人間なんてこの世に存在しない。赤ん坊であっても最初から色があるものだ」

「う、う~ん……」


 その少数であっても、『あいつはセンスがある』という程度の理解でしか無く、紫苑の才能を認めてもその意味の深い所まで理解するのは不可能である。聞いている人間が分かるように言葉を選んでくれているようだが、それでも言葉の端々に良く分からない部分が見え隠れする。そして紫苑は『優等生だけど変わり者』というイメージが定着するようになった。


「絵とネットアイドルは全く違う芸術なんだ。絵画だったら僕が瀬川さんを見て、僕の視点から見た瀬川さんをキャンパスに視覚化するだけで良い。僕の中に存在する、僕の思う瀬川さんを描画するのが絵だ。でも、ネットアイドルはそうじゃない。僕ではなく瀬川さんが自分で思い描くアイドル像をこのSNSの中で表現する必要があるんだ」

「わ、私?」

「そう。今のこのブログにはそれが無い。瀬川さん、いや、ネットアイドルのメイプル。その形が無いんだ。その形を見つけ出して、具現化する。それがプロデュースさ。でも僕に出来るのは既に出来上がっているキャラの輪郭をハッキリと印付けする程度。形そのものは瀬川さんが描いてくれなきゃ」

「う、う~ん……」

「何かイメージはある? 自分はこういう女の子です。もしくは、世の中の人からこういう風に思われたいです。これが私という人間です。そういうの」


 なかなか厳しい質問である。だが、紫苑も意地悪でこんな質問をしているわけではない。ここがネットアイドルの核心部分。大事な部分だから拘らなければいけない所なのだ。


「わ、私には、そんなの無いよ……」


 楓は途端に顔を曇らせる。楓は回りの人間がやっているのを見て気になってしまい、ついネットアイドルを始めてしまっただけだ。目指すべき理想像があるわけでもなく、特別な自己顕示欲があるわけでもない。気軽に始められるのがネットアイドルの良さだが、気軽に初めてしまうのでネタの用意が無い

 楓は余り意思が強い方でもない。自分とは何者であるか。自分でも分かっていないし、説明することも無理だ。

 それくらい無個性で空っぽな人間なのに、『自分を世界一のネットアイドルにして欲しい』などと無理なお願いをしてしまうなんて……。


 紫苑はそう落ち込む楓を元気付けるように優しく語りかけた。


「大丈夫さ。無いってことは絶対に無い。どんな人間にも必ず形がある。本人に自覚があるかは別にしてね。好きな物。嫌いな物。こうありたいという理想と憧れ。そこに辿り着けない現実と葛藤。そこに光を当てて浮かび上がらせる。それがネットアイドルという芸術の本質だ。今思いつかなくても慌てる必要は無いさ。一緒に探してみようね? 僕も気になるし、ぜひお手伝いさせて貰いたいな」

「お、お願いします……」


 カーッと、楓は今日一番赤くなった。

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