解答
「か、母さん! メジャーある、メジャーッ!?」
「メジャー? 裁縫箱の中に入っているわ」
「裁縫箱ね、分かったよ。あっ、それっておやつ?」
「今、持って行こうと思っていた所だったの」
「僕が持って行くね。ありがとう」
(……やれやれ、思ったとおりだ、全く)
楓のスリーサイズを計測することになったわけだが、計っている最中に母親がおやつのケーキを持って部屋に入ってくる、などという最悪の展開は避けねばならない。紫苑は先手を打ってその展開を封じ、裁縫箱からメジャーを取り出して部屋に戻った。先々のリスクまで気が回る男である。
「お、お待たせ! おやつ持ってきたよッ! あとメジャーも……」
と紫苑は机の上にケーキとメジャーを載せたお盆を置くが、さりげなく持ってきたケーキは四個もある。何故こんなに大量なのか、と普通の人は驚くが楓はまるで動じない。
「なら、早速始めよっか♪」
ニコッと笑顔でそこからメジャーだけを手に取り、紫苑の右手に握らせる。
「私のプロフィールに載せるスリーサイズなんだから、ちゃんと計ってね」
すると、楓は紫苑の目の前で羽織っていたカーディガンを脱いだ。薄手の白いワンピース一枚になる。
(……おおッ!?)
だが、そこまでだ。流石にワンピースまでは脱ごうとはしなかった。
「どうしたの?」
「い、いや、何でも」
「ふふ……」
楓は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
この魔女、どこまで男をおちょくって来るんだッ! と言いたい所であるが、挑発に乗ったら紫苑の負けだ。澄ました顔をして計測に入る。
「じ、じゃあ、測るよ。ま、まずは腰から」
「うん」
「て、手を上げて貰えるかな」
「はい」
紫苑が指示すると、言われた通りにスルッと両手を上げる。紫苑は跪いて後ろからお尻に手を廻してヒップを測る。直接お尻に触らないように気をつけているが、楓のワンピースのスカートはサラサラと肌触りがとても良くて直接肌を触っているかのような錯覚を覚える。女というのは服の素材からして男とは違う物を着ているのだ。
次に正面に回って腰の後ろに手を回し、ウエストを測る。やはり楓の身体は細い。その気になれば片腕で持ち上げることだって可能そうだ。しかし胸だけが何故か大きい。跪いているから顔より上に胸が来ているが凄く存在感を発揮している。
(……ここまでは予定どおりだ)
ヒップ、ウエスト、共にアプリで計測したとおりの結果となった。残るは本丸、バストである。
「いよいよだね。さて、どうなるかなぁ?」
「い、良いんだね? 本当に測っちゃうよ?」
「何で確認するのかなぁ?」
「や、やるよ! はい、手を上げて」
「は~い」
今度は大きくバンザイさせる。丸っきり無防備な女だ。正面に立った紫苑は背中に手を回してメジャーを通し、手元の胸の膨らみ部分にメモリを合わせる。ふわっと柔らかそうな胸の膨らみに触れてないように注意しながら、計測された胸のサイズは……
(……アプリと同じ!)
やはり紫苑の作ったアプリの算出値は正しくて、楓の胸は本当に大きくなっている。これでアプリの誤作動という可能性が排除された。
「はい、流石新条くんの作ったアプリだね。神懸かり的に正確な数値が出ているようです。そろそろ答えが分かってきたかな? ちなみに答えて良いのは一回だよ? テストだって一回しか答えられないんだから。これだけヒントをあげたんだからそろそろ分かるよね?」
「そ、それは……」
楓が答えを迫ってくる。そして紫苑の出した答えは……。
「詰め物か、寄せて上げるブラだ……」
「選択問題っていつも悩むんだよね~。絶対に違うってものを消していっても、どうしても最後に二つか三つ残っちゃうの。こうなった私はもう勘任せ。でも天才の新条くんだったら確信を持って正解を選べるんだろうなぁ?」
(……この女ッッッ!)
やっぱり答えは一つに絞らなければいけないようだ。だが、これ以上絞り込むのは不可能だった。急にサイズが大きくなるなんて現象はタオルか何かを詰め込んでいるか、寄せて上げるブラというアイテムを装着しているか、どちらかしか無いだろう。
だが、どれだけ楓の胸を凝視しても形状からそれを判別することは出来なかった。全く普通の形状に見えるが、それっぽく見えるように詰め物するくらい出来そうだ。
(……ここまでコケにされて外すわけにはいかない。僕は頼りになる男でなければならないんだ。勝つ為には手段を選ぶな。それがこの世の真理ッ! やるしか無いッ!)
紫苑は目を血走らせながら机の上からボールペンを手に取った。
「し、身体検査だ」
「え?」
今度は楓がどん引きである。
「こ、こ、これで確実に答えが出る。このボールペンで検査させて貰おう。ま、ま、まさか、こ、こ、ここまで来てヒント禁止とか言わないだろうね?」
「ほ、本気ですか?」
「本気。本当に本気。一○○パーセント本気」
「ひぃ……」
ボールペンで胸を突っついて詰め物か本物かを識別しようと言うのだ。楓もビビッているし、流石にもうやり過ぎを通り越していると思っているが、自分にここまでやらせた楓が悪い、と自分を正当化した。
「い、痛くはしないよ。じっとしてて」
「は、はい……」
そう言うと、やっぱり楓は言われた通りに両手を下ろして無防備に目を瞑ってしまうのだ。ダメと言ってくれれば止まれるのに。もうこうなったら引くに引けない。
やるぞ! やるぞ! やるぞ!
そして紫苑はボールペンのお尻を楓の左胸の一番膨らんでいるところに押し込んだ。
ズプニュニュゥゥゥ……。
(……は? ナニコレ???)
全然分からなかった。
(……予想と全然違うよ! 女の身体ってどうなってんの!?)
タオルとか詰めてるならもっとプスッと入るだろうし、実際に胸があるんだったら弾力があると思って身体検査に望んだものの、実際はそのどちらでも無い。確かに有機的な弾力は感じるものの、ズブズブと怖くなる位に深く入っていってしまう。ってことは胸が入っているってことは確かか? でも人間の肉がこんなに変形してしまって大丈夫なものなのか!? 女の胸ってどれだけ柔らかいんだよッッッ!!!!!!
疑問は深まるばかりなので何度も突いて確かめてみた。
プニュッ。ズプッ。プニュッ。ズプッ。ズプズプズプズプ。
「し、し、し、新条くんッッッ!?!?!?」
「うわぁぁぁッ!? ご、ごめんなさいッ!?」
「も、もうヒントは終わりッ! 答えはッ!?」
「え、えっと……」
「じ、じゃあ、最後のヒント! 正解したら手で触らせてあげるッ!」
「あ、分かった! シリコンとかで増量しているみたいな誤魔化しだったらそんなこと言わないよね!? 最低でも自分の身体だけで何とかしている。だから寄せて上げるブラだ!」
「ブブー。ハ・ズ・レ」
「えっ、違うの!?」
「違うの」
こんなに頑張ったのに外してしまったらしい。
「じ、じゃあ、やっぱり詰め物? 改めて考えてみればそっちの方な気がしてきた。だってあんなにズプズプするなんて」
「それもハズレ」
「え? じ、じゃあ、何で……」
「教えて欲しい?」
「教えて欲しい」
結局、詰め物でもなければ寄せて上げるブラでも無かったのだ。もう全然分からないので降参だ。
そして楓の口から明かされた真相は……。
「胸を小さく見せるブラ。私はいつもそれを着ているの」
「は? そんなものがあるの?」
「あるの」
(……何ソレ!?)
紫苑は考えた事も無かったが、実際に存在する。ワイヤーの位置調節により胸のボリュームを横に逃がして高さを抑えることで胸が小さくなったかのように見せかけるブラジャーがあるのだ。
「普段の私は胸を小さく見せるブラ。今日の私は普通のブラ。だから今日はいつもより胸が大きく見えるんだね。種も仕掛けも無いの。新条くんは頭が良いからから絶対に深読みして何か変わったことしていると思い込むと思った。正解してたら本当に触らせてあげても良かったのになぁ。残念だったね。ふふっ♪」
「あ、あの、聞いてもいい?」
「いいよ」
「な、何でそんなものを着てるの?」
「胸が小さい方が頭が良くなりそうでしょ? それに学校は余りそういうことをアピールする所じゃないんだよ? 学校は神聖な場所なんだから」
(……ゲゲッ!?)
まさかの説教!? 学校で女の子を性的な目で見るなって? 無理言うな!
「残念だなぁ。制服の白いシャツを透過させて私の下着を透視しているペロペロの神様ならもしかしたら私の罠を越えて正解するかもしれないと思ってたのに。そしたら私の胸を直に触れたのに。これはきっと神様が新条くんにもっと頑張れって言ってるんだよ。私を世界一のネットアイドルにしてくれたら、きっと本物の神様も女の子の胸を直に触っても良いってOKしてくれるよ。目の前に人参をぶら下げられたお馬さんみたいに頑張っていこうね」
「うぐぐ……」
そして楓は、ニマーッと勝ち誇ったような笑みを浮かべて紫苑の顔を覗き込むのだった。