スリーサイズ計測
「スリーサイズを当てろって???」
「そうッ!」
楓をからかって楽しんでいたらやり過ぎてしまったようだ。ぷんぷんと怒って、今度は楓が問題を出すと言い出した。
「いくら勉強が出来たって、新条くんは所詮は男の子だもん。女の子のことなんて絶対分からないよッ!」
「し、知らないこともあるかもしれないけど、スリーサイズくらい分かるよ! 物理的にどれくらいの長さがあるかってだけの話じゃないか!」
「本当かなぁ。妄想と願望に惑わされて計算ミスするくらいありそう」
「そ、そこまで言うのなら」
紫苑は少し真面目な顔になってパソコンに向かった。
「今更隠すまでも無いが、僕にはスリーサイズ計測アプリがある。誤差0.5ミリの範囲内なら必ず正確な数値が出せる! 機械が計測するんだから人間の精神的な要因で計算が狂うことは無い。瀬川さんのスリーサイズくらいとっくの昔にお見通しなんだ」
「なら、書いてみなさい」
「よ~し」
まさかこんなことで楓が挑戦してくるとは。しかしペロペロ神の名に懸けて負けるわけにはいかない。紫苑はテキストボックスに暗記している楓のスリーサイズを書き込んだ。毎日計測しているのだから間違い無い。
「バスト、ウェスト、ヒップ……。どうだッ!?」
「う~ん。おかしいなぁ。私ってこんなスタイルだったからしら?」
「は? な、何だよ、これで正しいよ! 瀬川さんだって神懸かり的に正確な数値が出るって言ってたじゃないか!」
「あの時は正しかったけど今は違うかも。女の子の身体は毎日違うものなんだよ?」
(……そんなわけ無いんだよ。毎日測ってるんだから!)
筋金入りの盗撮魔である紫苑は正体がバレた後でも懲りずに盗撮を続けている。自慢のアプリを使って毎日計測しているが、楓の体型は変化していない。毎日同じ数字が出ている。
「やっぱり分からなさそうだね~。所詮は男の子だもんね~」
「そ、そこまで言うなら答えは何なのさ!?」
「なら、早速計測してみよっか? はい」
「え?」
楓は机の上に置いておいた紫苑のスマホを手に取り、ポンと手渡してきた。
「撮って」
「は? い、今撮るの?」
「もちろん。計測アプリはペロペロ神の自信作なんでしょ? それに私だってアイドルになるんだから。撮影会くらいしてくれて当然じゃない。プロデューサーでしょ?」
(……マ、マジ!?)
あの犯罪アプリを今、ここで使えと言うのか!? 楓はイスから立ち上がるとベッドの方へ距離を取り、手を後ろに組んでポーズを取った。
「はい」
(……そ、そう言えば、正面から瀬川さんを撮影するのは初めてだ)
ゴクン、と喉を鳴らしてしまう。何千回も盗撮を繰り返してきた紫苑だが、女の子の了承の元で撮影するのは初めてである。盗撮と全然違う。女の子が自分の方を向いてくれているだけでこんなに臨場感があるなんて。
楓の姿勢は胸をアピールするポーズだ。実は紫苑は楓の胸がもう少し大きかったら良いのに、と常々思っていたことを思い出す。それでも形は良くて可愛くはあるんだが、しかし……。
(……あ、あれ、おかしいな?)
スマホのカメラ越しにジーッと覗いていて気付いた。ポーズのせいか? 紫苑が認識している楓よりも胸が大きくなっているような気がする。気のせいか? それとも服装のマジックで大きく見えているのか? 女という生き物は自分を可愛く見せる為の魔術を駆使して男を欺しに来る。自然界に擬態する爬虫類のようなもの。楓もその手の魔術を習得していて、胸を実態より大きく見せるテクニックを使えるのであれば、確かに男の紫苑には見抜けないのかも知れない。
と、思っていると、楓はモジモジと恥ずかしそうに体を動かし始めた。
「いつまで見ているのかな?」
「し、照準を合わせてたんだよ! と、撮るよッ!?」
「どうぞ」
カシャッ!
無事に撮影を完了した。この画像を食わせることでスリーサイズを自動算出するのがこのアプリの機能なわけだが、出てきた数字は……。
(……大きくなってる!)
出てきた数字は、つい昨日計測した時よりも一回り程度大きい。一日で胸のサイズが変わるわけがない。改めて注意して楓を見直してみると、ポーズを解いた今でもやっぱりいつもより胸が大きい。元々が細い体格のため、胸が普通サイズになると実サイズ以上に豪華な印象を受ける。
服装のマジックで大きく見えているわけじゃなかったのだ。どうなってるの???
「違うみたいだね~。ハズレ~」
「こ、こんなことがあるはずが……」
「もう一回撮ってみる?」
「う、うん」
測定ミスを疑って再撮影してみたが、やっぱり出てくる数字は同じだった。
「同じだね~」
「こ、こんなのおかしいって。ありえないよ!」
「紫苑くんはどっちの数字が正しいと思ってるの? 紫苑くんが思っている私のスリーサイズ? それとも今、計測して出てきたこの数字? どっちかな~?」
(……こ、この魔女、調子に乗りやがってッ!)
しかし、答えは分からない。紫苑は何度もこのアプリで計測しているのだ。アプリが間違っていることは無いと思う。しかし、人間の体型がそんなに急に変わるか? だが人間と言っても女の身体だ。水を沢山飲めば急に膨らんだりすることもあるのかも。いや、そんなビックリ人間があるはずが無い。
その時、ふと紫苑は思った。
(……もしかして、アプリの盲点を突かれているのか?)
このアプリは機械学習を採用し、撮影した画像を無数のサンプルデータと照らし合わせることで相対的にサイズを算出という原理だ。だが、所詮は画像を元にした目測の計算だから、機械学習の判定を狂わせるような色や背景だと計算結果が変わってしまう。楓はアプリの原理もアカウントバレで見ているから、アプリを狂わせるような服を狙って着てきた。
(……いやいやいやいや、このIT音痴にそんなこと出来るわけ無いよ。う~ん)
結局、結論が出ない。決定打となる証拠が無いのだ。
「分からない? ギブアップ?」
「ちょっと待ってくれ。そんな難しい問題のはずが無いんだ。うむむ」
「仕方無いなぁ。じゃあ、ヒントをあげようかな?」
(……屈辱だな、この女!)
なんで自分がこんなに調子に乗られなければならんのか。しかし答えが分からない以上は仕方が無い。一体どんなヒントをくれるのだろう。
「紫苑くんの作ったこのアプリの数字が本当に正しいのかどうか、そこがハッキリすれば選択肢も絞られてくるよね?」
「そ、そうかもしれないけど」
「なら、実際に手で測ってみれば良いんだよ」
「は?」
「世の中は機械ばっかり信じちゃダメなんだよ。実際に生身の自分で確かめてみなきゃ。と言うわけでさっそく測ってみよう? アイドルって大変だなぁ。問題の解けない困ったプロデューサーさんの為に一肌脱いであげなきゃいけないなんて」
(……な、何言ってるの、この人!?)
まさか今、ここで自分が生身の女の子を直接計測すると言うのか!? それはちょっとやり過ぎだろう! と思ったが、楓は既にやる気になっていた。
「メジャー持ってきて」