趣味欄
「え~っと、他には……」
楓のプロフィール作成はまだ続いている。どんな細かいことでも知りたいのがファンの真理だから沢山書いておく方が良い。
カレイドスコープのプロフィールはアンケートに答えるような形で一通り回答すると自然と出来上がるものである。聞かれる儘に次々と入力していくだけで完成だ。
「誕生日は十二月十三日だね。血液型は?」
「A型」
「出身地は?」
「東京」
「好きな色は?」
「ライトピンク。子供っぽいかな?」
「そんなこと無いよ。そう言えば瀬川さんって小物はピンクで持ってることが多いよね」
「ちょっとしたアクセントに使うのがポイントなの」
「好きな食べ物は?」
「からあげ」
「お母さんから何て呼ばれてるは?」
「名前で楓って」
「スカートはミニとロングのどっち派?」
「ロングかな」
(……これ、最高ッッッ!)
プロフィール作成と称して何でも聞けてしまうぞ! 知らなかった楓の秘密が明らかになる。聞いていると、子供っぽい趣向と大人っぽい趣向が混在しているようだ。楓は大人のお姉さんにも見えるし、年齢相応にも見えるし、子供っぽく見える時もある。その時々で色々な顔があって、それがなおさら紫苑の興味を引くのだ。
そうして、出身地、得意な教科、五十メートル走のタイムなど、根掘り葉掘り色々なことを登録していく。
「次は、趣味だね。瀬川さん、趣味は何?」
「えっと……」
楓は少し詰まってから答える。
「ど、読書、かな?」
「へえ、読書が趣味だったんだ。本当に?」
「も、もちろん」
「どんな本が好きなの?」
「え? えっと、あ、あ」
「ああ無情?」
「そう、それ!」
「原作は誰だっけ?」
「あ、あああ、いい、ううううヴヴヴ……」
「そうそう、フランスのヴィクトル・ユーゴーだね」
「でしょ?」
「主人公の名前は?」
「あうあうあう」
「ジャン・ヴァルジャンだよ。ああ無情というのは僕達の祖父母の時代の古いタイトルで、近年使われているレ・ミゼラブルというタイトルなら瀬川さんもピンと来るんじゃないかな? 十九世紀のフランスを舞台とした作品で、罪人として生き、聖人として死んだ主人公ジャン・ヴァルジャンの生涯を描いたフランス史上最高と世界的に名高い名作だ」
「私を虐めてそんなに楽しいの!?」
(……超楽しい!)
趣味が読書なんて趣味が無い人間の典型的な回答だ。楓が読書している姿なんて見たことが無い。口から出任せを言っているなんて直ぐ分かった。
「新条くん、正体がバレてから性格変わってるよ! い、い、今まであんなに優しくしてくれてたのに、こ、こ、こんなにサディスティックに私を辱めてくる人だなんて思わなかった!」
「い、いや、そんな意図は無いよ、はは……」
(……それはこっちの台詞だよ!)
どうもお互いに被り通していた化けの皮が剥がれてきたらしい。
「どうせ私には趣味なんてありませんッ! 中学時代から勉強ばっかりで忙しくて勉強以外何したら良いか分からなくなっちゃったの! でもネットアイドルなのに趣味が勉強なんて書くわけにはいかないのッ! 料理とか、ネイルアートとか、スイーツ巡りとか、人気のアイドルはみんなそういう楽しい趣味を持ってるものなのッ!」
「だからこそ他との差別化になるんじゃないか。趣味が勉強なんてアイドルは他に聞いた事が無い。ネイルアートやスイーツみたいにライバルが多くて瀬川さん自身も精通していないジャンルで戦っても全く歯が立たない。独自性を活かす道にこそ勝算がある。ここは趣味は勉強としておこう」
「そ、それで良いの? つ、つまらない女だと思われないかな?」
「大丈夫だよ。ここはプロデューサーの僕を信じて貰おうかな」
(……実際、僕がそう思ってるんだから間違い無いって)
この辺りは楓を好きで根掘り葉掘り探っている紫苑だからこその嗅覚だ。紫苑から見て可愛いと思う部分をアピールしていけばネットでもウケる。ずっと勉強ばかりしている楓に趣味なんかありゃしない。だが、それでつまらない女だと思ったことは無い。むしろ頑張り屋さんで可愛い所である。
そして紫苑は趣味の欄に『勉強』と書き込んだ。
「趣味が勉強になっちゃった。うう……」
ただ、紫苑から見れば可愛い部分でも、楓は自分としては無趣味であることは余り気に入っていないらしい。自己評価と他者評価が食い違うのは難しいところだ。
「でも、瀬川さん。僕は時々思うんだ。瀬川さんには本当に趣味が無いのかな?」
「え、な、無いよ。勉強だけ」
「趣味が無いのではなく、公に出来ない秘密の趣味があるのではないだろうか?」
「例えば?」
「勉強ばかりの瀬川さんの趣味であれば、自分の部屋の中で出来ることに限られるだろう。例えば、行動ターゲッティング広告でエロ広告ばかり出てきてしまうようなサイトを閲覧して十八歳未満では購入出来ないような玩具をネットで購入し自分の部屋で楽しむ、とか。今やっているこの作業をわざわざ僕の部屋に来てやっているのは、僕が瀬川さんの部屋に入ったら部屋の隅に転がっている秘密の玩具を発見されてしまうことを恐れた為で……痛たたたたたッッッ!?」
楓は顔を真っ赤にして、ググググッ! と両腕に全力で頬をつねってきた。どうやら本気で怒っているらしい。
「ペロペロ神はどこまで私を都合良く罪深い女だと思ってるのかなッ!? 全部違いますッ!」
「じ、冗談だよ、はは……」
これ以上追求するのは流石にマズそうだ。この辺りにしておこう。
「ちょっと待てよ? さっき瀬川さんは僕の部屋を点検した時、部屋をキョロキョロ見回した後にベッドの下に着目したよね? それは裏を返せば自分だったらそういう所に隠すという日頃の習性の裏返しではないだろうか? でもそんな安直な所に隠したら掃除に来たお母さんにすぐ見つかるだろう。瀬川さんならそれくらい軽くやってのける。だから現時点においては違う所に隠しているけど、昔はベッドの下に隠していてお母さんに見つかったという苦い経験が瀬川さんにあのような行動をさせ……痛たたたたたッッッ!?」
「何で私をそういう女に貶めようとするのかなッッッ!?!?!?」
頬をつねられ過ぎてヒリヒリしてきた。そろそろヤバそうだ。
「もう怒った! そんなに名探偵気取りなら、今度は私が問題出してあげるッ! 新条くんに私の出す問題が解けるかな?」
「瀬川さんなんかに僕に解けない問題を出せるわけが……痛たたたたたッッッ!?」
「黙って聞いてッ! 問題はコレッ!」
楓が指を指したのは、カレイドスコープのプロフィール入力画面だ。その一角にこんな項目がある。
スリーサイズ。
「この私のスリーサイズを当ててみなさいッ!」
「ええっ!?」