第六話 「誕生日、おめでとう」
「誰だっ!」
父の裂ぱくの気合いを孕んだ叫びが空気を裂く。
海よりも蒼い眼。炎よりも紅い髪。
長身に全身を黒い服に覆った、得体のしれない男が立って居た。
男はにんまりと口を横に広げて、嗤う。
「いえいえいえ! 誇り高き王国貴族の皆様におかれましては、私など取るに足らぬ存在。名乗るほどのものでもございません。ただ私は皆様と同じく、彼の生誕を祝いに来ただけの一般人でありますれば」
胸の前で手を大げさに振って嘯く男。
ただ事ではない。
その空気が貴族たちにも感じ取れたのか、次第にざわめきが広がっていった。
「祝う、だと。私の息子をか」
「ええ、ええ、その通りでございます。貴方の子ではありませんが、確かにエイリアス。彼を祝いに来たのです、私は」
男が視線だけをこちらに向け、僕を見る。
眼前に広がる闇の底を測るように、食い入るように凝視する。
──いや、あれは僕を見ているのか?
彼が見ているのは、観ているのはもっと別の──
「馬鹿な……! エイリアスは私の子だ。貴様がどのようにしてこの場に忍び込んだかは知らんが、些か思慮に欠くようだな。この騒ぎを聞きつけて私の選んだ精鋭の騎士たちが駆けつけてくるぞ」
「へえ、それは面白そうだなあ!ま・さ・か……これのことじゃあ、ないだろうし」
男がそう言うと同時、男が勢いよく腕を振った。
男の後ろの暗闇から、無数のナニカが飛来する。
それは速度を失って床に落ちると、ゴロンと転がった。
「あ、あ、あ…………」
キャアアアアアアア!!!!!
女の子の甲高い悲鳴が耳を劈く。
僕と同じくらいの年ごろの子供が、悲鳴をあげ、胃の中身を吐瀉する。
僕も、自分が扉から遠くなければ耐えられなかった。
──人々の怯えが充満する。
「…………貴様。只の狂人ではないらしい」
父が男を睨みつける。
男はその言葉を聞くと、心底残念そうに額に手を当てた。
「ああ、やはりこれらでしたか……私は悲しい。泣いてしまいそうです。──それにしても、狼狽えることもないとは、流石はアーガス領領主にして、国王の懐刀と謳われる男。肝が据わっていらっしゃる」
男の背後から飛来したそれ。
それらは、首から下を喪った、ヒトだった。
「……私の息子を祝うといったな。何をするつもりだ」
「流石、賢明です。逃げられぬと悟り、穏便にことを済ませようとしましたね? 何を、と言われましても。祝う、それだけでございます。この花束は丁度道端に咲いていましたのでね、摘んできたまでのこと。プレゼントはマナーですからね。言葉など一銭にもならない」
花束とは、あの無数の首のことを言っているのか。
なんて非常識な奴だ。
あんなもの、もって近くに寄られると考えただけで吐き気がするほどおぞましい。
「…………好きにするがいい。だが息子に指一本でも触れてみろ。今度は私が闘ってやる」
父が滑らかな動作で腰に掛けていたサーベルを抜く。
男はそれを聞くと腕を振り、すべての生首を腕の中に吸い寄せた。
それらを愛おしそうに舐め、愛でると。
モーゼが裂いた海の如く人が避けた結果出来た道の中を、ゆっくりと歩いてくる。
──いや、まじで冗談じゃない。
内心冷や汗を垂らす。というか徐々にクリアになっていく生首の断面図とか苦悶の表情でもうギブだ。
体が震える。
寒さではなく、恐怖でそれが起きるのは、僕の二度の生涯を通しても初めてのことだ。
足は後ろに下がりたがっているが……それに従えばどうなるか、解らないけれど判ってしまう。
父が真剣な表情で僕を見ている。その目に何らかの思いを孕ませて。
それに気づいたとき、男はもう目の前にいた。
「……誕生日、おめでとう。これは私からのほんの気持ちだ。受け取ってくれると、とても嬉しいなぁ」
ねっとりと、まとわりつくような声が耳を犯す。
僕は吐き気を懸命に抑えながら、それを受け取った。
脂汗がにじみ出る。
表情にまで気を遣う余裕はない。
きっと、今僕はとても見れたものではない顔をしているだろうと思った。
もっとも、皆僕の顔が見れない程度には離れているから、それは杞憂だろうけれど。
「………………あまり嬉しそうじゃないね?」
その声を聴いた瞬間。
僕は自分の迂闊を悟った。
気を遣う余裕はない?
馬鹿な。
無理にでも気を遣うべきだったのだ──!!
「こんなに、綺麗なのに……そうか、きっと数が足りなかったんだね? じゃあ──」
「全員っ、下がれーーーーーー!!!!」
父が叫ぶ。
そして、一番近かった不幸な貴族の首が、ピンと跳ねた。




