第四話 「最初のお仕事」
階段から降りてた僕は、即座に大勢の貴族たちに囲まれてしまった。予定調和ではあるのだけれど。
「初めまして、エイリアス様。私はガーダル・ヘイム・フェルクラインと申しまして、アーガス領のネムトヘルムという街を……」
「いきなり大勢で話しかけるなど無作法であろう! あ、私はメルフィスと申します!」
「貴公こそ、ちゃっかりアピールしているではないか! 私はルーディと申します!」
……にぎやかだなあ、と僕は苦笑した。こんなに騒がしいのは前世を合わせても初めてだ。
父さまが良い人だったので想像はしていたが、多分みんな優しくていい人たちなんだ。
アーガス領の治安がいいっていうのは、僕がバールハル領にいたころからちらちらと耳に届いていたしね。
まあ、名前が覚えられるかは別問題なんだけど……。
「……ひ、一人ずつ、お願いできますか?」
僕が人差し指を立ててそうお願いすると、僕の前に長蛇の列ができた。
うへぇ…………
◇◆◇◆◇◆◇◆
「──そうして私はみんな大好き、おいしい牛肉を愛すべき民の皆様に低価格でお届けするに至ったのです! 人は私をこう呼びます──『牛肉の魔術師』、とね!」
「思いのほかそのままでびっくりしました」
そんなとぼけた返事を返しつつ、握手を交わす。
今の人で多分折り返しくらいか。何とか名前を覚えようと苦難したが、人数が多すぎて全員は無理だった。
どれくらいいたかというと、困ったことに百は余裕で超えていた。まだ折り返しなのに。
アーガス領は領地も広いし、貴族階級の人も多いのは当然か。
パーティーが昼に始まった理由がわかった気がする。すごく時間を食うのだ、これ。
自分をアピールしようと、自己紹介が一言では終わらない。
そして、1人が長く喋り出すと後の人はもっともっとと長くなる。今の人に至っては、自らが手柄を立てるに至るまでを一から百まで語ってくれた。
内容的には興味深いのだけれど、長すぎてくたくただ。
列が進み、次の貴族が前に進み出る。
女性の貴族みたいだ、珍しい。
いや、女性の貴族も当然いるにはいるだろうけれど、今まで挨拶をしてきた百余人は、みんな男性だった。
こういう場に代表としてくるのは男の方が体裁がいいのだろう、と思っていたのだけど。
女性は恭しく礼をすると、名を名乗った。
「ご機嫌麗しゅう、エイリアス様。お疲れでしょうか?」
僕は頭を振った。
「いえ、大丈夫です。貴族としての、最初のお仕事みたいなものですから」
にこりと笑ってそう答えると、女性も少しだけ口角を上げてくれた。
厳しそうな人だな、と少し顔を見て思ったのだけれど、やっぱり優しい人ではあるみたいだ。
「結構です。それでは私と……これ。出てきなさい、エミリー」
女性がエミリーいう人名を呼んだのでよく見ると、女性の後ろに隠れている女の子がいた。
年齢は多分僕よりも上で、横に出たツインテールが特徴的な、薄い緑色の髪と黄色の目をした子だ。
ちらちらと顔を少しだけ出して僕の方をうかがうのだけれど、どうにも体を出してはくれないみたいだった。
女性がはあ、とため息を吐く。
「まったく……お転婆なのに肝心なところで引っ込み思案なのですから……お見苦しいところをお見せしました。私はマリレーナ・イル・バーミルオンと申します。この子はエミリー・エル・バーミルオン。なにとぞよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします」
マリレーナと握手すると、僕は自分から歩いて行ってエミリーさんの前に立った。
うん、相手が出にくいのならこっちから往くべきだと思ったのだ。
エミリーさんは少しおびえたみたいに縮こまったけれど、もう一度隠れたりはしなかった。
「エミリーさんも、よろしくお願いしますね」
最大限好意的に映りそうな笑顔を浮かべて手を差し出すと、おっかなびっくりという風に握ってくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言うともう一度隠れてしまって、マリレーナさんがおでこに手を当てた。
僕はというと、同じ年ごろの女の子と無事挨拶出来たのがうれしかったので、やっぱり笑顔だった。
同じ年ごろの友達は、やっぱりいた方が気も楽でいい。
「では、もしよろしければなのですけれど、お話を聞かせていただけませんか?」
「ええ、喜んで」
マリレーナさんが話始めた。
僕はそれを、なんともなく聞いていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
辺りは暗くなり、星が見え始めた。
貴族様たちが大勢集まられた会場の警備を任されたとき、私は人生で一番の大役と張り切ってみたのだが、やってみるといかんせん暇なものだ。パーティーはまだ終わりそうもない。
ずっと突っ立っているだけなので全身が凝ってしょうがない。ぐっと体をひねると、背中がバキバキと音を立てた。
「あのぅ」
声を掛けられた。
長身の男だ。にこにこと害意の感じられない笑顔を浮かべている。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、ここがナインハイト邸……本日のパーティー会場だったかな、と思いまして」
私は警戒レベルを最大にまで引き上げた。
情報が極めて重要なものであるがゆえにそれを知っている人間が限られているのもあるが──パーティー。その単語を口にした時に男からあふれ出た、どす黒い瘴気を感じ取ってだ。
左腰に掛けたサーベルの柄を掴む。
もう一人待機していた同僚も臨戦態勢に入っていた。
──なにかアクションを起こせば斬る
そう決断し。
「ははは、はははは。ハハハハハハ!」
嗤う。男が嗤う。
「──もう、終わっていますよ。申し訳ありません、急いでいるもので」
男が軽い足取りで歩き始める。
草原を散歩するかのような気軽さで俺の横を通り過ぎていく。
俺はとっさに剣を振りぬこうとした。
が、身体が動かない。
からだが、うごかない
「──邪魔者には、死を」
とん、と軽く男が俺の頭に触れた。
俺の頭がポトリ、と百合の花みたいに地面に落ちた。