第三話 「歓迎する、我が息子」
さて、俺こと相良 彰人──改め。
僕ことエイリアス・シーダン・ナインハイトは想う。
チートは使わない。使わない決意をしたのだが。
もし、いやもし、なのだが。
眉目秀麗なこの容姿と!
大貴族の息子という恐ろしく高い身分がチートだというのなら!!
使わないなんて無理じゃねーか、アホかあああああ、と!!!
そう、まさか公衆の面前で叫ぶことが出来るわけもなく。
僕は大勢の観衆の視線の先で、冷や汗を流しふるふると生まれたての小鹿の如く震えることしかできないのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
一通りの挨拶が終わり、父を名乗る貴族が口上を述べ、この後もパーティーをお楽しみくださいと締めくくった。
父は金髪碧眼の美青年で、顎と鼻の下に綺麗に髭を生やしていた。その面差しからは芯の強さと、無償の優しさが伺える。年齢は恐らく三十半ばあたり。
母は人のよさそうな笑みを浮かべてその隣に立っている。母もやはり金髪に碧眼で、その腰まで伸びた髪の毛と宝石のように煌めく大きな目が特徴的な美女だ。父よりは若く見えるが、本当に若いのか、もしかすると生まれ持っての綺麗さが自然と若作りに転じているのかもしれない。
父が貴族たちの方から僕へと向き直り、跪いて僕の小さな手を取った。
「改めて──歓迎する、我が息子。よくぞ私の元へと、それもこんなに立派になって、帰ってきてくれた。今まで平民として生きてきたのだ、いきなり貴族などと言われても困惑することと思うが……じきに慣れることだろう。今、この場にいる人たちは私が王より治めることを許されたアーガス領の貴族たちだ。皆、お前に良くしてくれる。まずはこのパーティーを楽しみなさい。お前と同じくらいの子供もいる。きっと、仲良くなれるはずだ」
いや、そんなことを言われても、正直困る。
これまで僕は平民として生きてきた。
バールハル領のカームという街で、裕福では決してない質素な生活を送ってきた。
物心がついたのは五歳のときだ。
それまでは自我なんてなかったし、普通の幼児として生きていたと思う。
五歳になってしばらくしたとき、急に前世の記憶に目覚めた。
いや、記憶自体はあったのだろう。自我が形成されることで、それを認識することが出来たのだ。
そして、「生まれてからすぐに首を絞めて死ぬ」なんて土台無理じゃないかと苦言を呈した。
俺が転生した先は、一言でいうと異世界だった。
街並みは西洋風。連なって建てられた建造物は現代的なコンクリート製ではなく、木製や石製。
服はゲームキャラのように奇抜なものから装飾もない質素な布服まで多種多様で、なんともファンタジーらしい。
街行く人は人ばかりではなく、耳長で美形なエルフ、低い身長に樽のような横幅をしたドワーフ、果ては歩くドラゴンことリザードマンまでいる。
言語だって日本語とも英語とも違う聞いたこともないものだった。まあこれは自然に身についていたので問題もなかったが。
こんな非常識を、なんとも俺はあっさりと受け入れた。
それを異常と認識したとき、俺はもうそこで五年を過ごしていたからである。
そして俺は、そこで普通に生きていこうと思った。
顔はよかったが、何もこれ単体で役に立つ範囲なんてしれている。
だったらいいじゃないか。幸い、裕福ではないが貧乏でもない。
銀貨二枚──日本でいうと大体二千円相当──で買った飾り気のない服を着て、そこでできた友達と泥まみれになるまで遊ぶ毎日が、その時の俺には楽しくて仕方がなかった。
一人称は僕、と改めた。エイリアスという個人の舌には、五年の歳月を経てそれがなじんでいたから。正確には日本語で言うと『僕』に当たるような、どちらかというと相手に温和な印象を与える男の一人称、ということなのだが。
将来の夢はどうしようか。人を直接助けられるような仕事がいいな、なんて夢想した。
そして今に至るのである。
いきなりこんな見るからに高そうな服を着せられ、あれよあれよと馬車にのせられ、着いてみればこのありさま。
説明もなく突然ホールに放り込まれて、見世物のようにじろじろと見られ、そして自己紹介で噛むという災難続き。いや、最後のは僕が悪いのだが。
どうやら僕はこの貴族の息子で、理由はわからないが隔離されて生きてきたらしい。
っていうかアーガス領とかいったか。
カームに作った友達はどうなるんだ?
僕をここまで育ててくれたマーシュおばさんは泣きながら見送るだけで着いてきてくれたりはしなかったし、最近僕大事な人と運悪く離され過ぎじゃないか?
「えっと……僕は、貴方の息子……なんです、よね」
「そうだとも。こっちにいるのが母さんだ。美人だろう。お前はどちらかというと、うむ。母さん似だな」
綺麗にたくわえられた髭を撫でながら父さんは言う。
確かに、僕はどちらかと言うと母さんに似て男にしては愛らしい顔をしているが、そうではなく。
「マーシュおばさんは……どうなるんですか?」
「マーシュ……ああ、お前をここまで立派に育ててくれた恩人だな。もちろん、これからも会うことは出来る。あっちで作った友達もな。友人は財産だ。それを息子からはく奪するような真似をするはずがないだろう? カームはここ、リンドエルゼからほど近い。領をまたぐからそう頻繁に、とはいかないかもしれないが」
よかった、それを聞いて安心した。
「心配事はなくなったか? では、楽しんでくるといい」
父さんが僕の背中を、もう一度押した。
「はい、父さん! ありがとうございます!」
僕は笑顔で、それに応えることが出来た。
そしてまた拍手が巻き起こった。
──いや、まだ見てたの!?




