第六話 「前戯」
瞬間。
全身を、殴りつけるような音の氾濫が襲う。
歓声。拍手。足踏み。絶叫に近い叫び声。何かの楽器。誰かの歌。果ては指笛まで。
鼓膜がビリビリと揺れる。観客席から降りてきた熱が身体を包み込む。
地面を踏みしめる。硬くゴツゴツとした地面の上に、薄く砂の敷かれただけのそれは、叩きつけられたりしたら昏倒してもおかしくないほどの天然の凶器だ。
先程此方を笑ってきた三人組も、既に入場して歓声に応え、手を振っている。
「さぁぁぁぁぁ!!! 皆さま、やってまいりましたぁ!! 此処からは新人杯!! 団体戦の開幕です!!」
競技場中に響き渡る男の声に反応し、ワッと一際大きな音の波が巻き起こる。
円形の競技場を囲むように設置された観客席。
その丁度東側にある司会者席には、活力に溢れた眼をした一人の男が座っている。
いや、全力で身を乗り出しているので座っている、という表現は正しくないかもしれないが。
手にはマジックアイテムである【拡声石】。歓声を全て上回る程の音量が出るとは余程良質な石なのか、それとも地の声が大きいのか。
多分後者だろう、と何となく思った。
「さぁ、三番競技場!! トップバッターはこいつらだぁぁぁぁ!!!」
司会者が立ち上がって叫び、観客席が更に盛り上がる。まるで際限がないそれに耐えきれず、僕は耳を塞いだ。それでも十分過ぎるほどに聞こえるからだ。
「北コーナー!! 三人ともがオーガをも超える超、超、超体躯!!! 本当に人間かぁ!? 落とした猛獣の首は数知れず!! イエストンウッド大森林の獣に彼らを恐れないヤツはいない!! ジャーデリン村から来た刺客ぅぅぅ!!! 暴力の嵐!! 今回の優勝候補の一角!! ハーキン・レーキン・モーキン兄弟だぁぁぁぁぁ!!!!」
何度目か最早分からない歓声の嵐。よく疲れないな、と変に感心してしまう。
というか、優勝候補とか言われていたとは知らなかった。自分達を大いに持ち上げた紹介に気を良くしたのか、自慢げに此方に視線を向けてくる。
鎧はなく、荒くれの様に上半身を晒しているのは余程自分の鍛え抜かれた筋肉を見せびらかしたいのか、または筋肉は鎧にも勝ると確信しているのか。
全員がオーガを超える体躯という紹介に間違いはなく、全員が三メートルを超える身長。測る方法が無いので正確には分からないが、大体一メートル七十センチの僕とは、まさしく親子程の差がある。
武器は長男で長髪のハーキンが両刃の戦斧。
次男で瞳が青いレーキンが鎖に分胴と鉄球をつけたフレイル。
三男で最も身体の大きいモーキンが戦槌で、身体に合わせて巨大化したそれは最早武器というよりは無骨な鉄塊に近い。
「さぁ、南コーナー!! この荒くれどもの餌食となるかわいそうな挑戦者は誰だぁぁ!?」
司会者がパラパラと羊皮紙を捲る。
司会はプロだが、コロシアムの専属ではない。
あれは恐らく選手情報が書かれたもの。
情報漏洩を恐れて朝にでも渡されたのだろう。全員の情報は把握していないようだ。
彼らは優勝候補との事だったので、特に印象よく覚えられていたのかもしれない。
ナナさんは僕を優勝候補だと言っていたのだが、如何なのだろう。その辺りの噂は本人の意思に関係なく伝播するのでよくわからない。出場は秘密にしていたつもりだったのに、何故かバレてるみたいだったし。
「おっ…………と、こ、こ、これは、まさかぁぁ!!」
驚愕のあまりか、声が少し震えている。
この反応は余程珍しかったのか、観客席が騒めき始めた。
「噂は本当だったぁぁぁ!!! 南コーナー!! 彼処に物憂げに佇んでいるのは、皆さまご存知!! この街一番の貴族! 元騎士! 鍛錬の鬼!! 領主の息子、エイリアス! エイリアス・シーダン・ナインハイトだぁぁぁ!!!!」
おおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!
今までの比では無い程の絶叫が耳を塞ぐ手を貫通する。
こんなに盛り上がるか、普通……っていうか、何だ噂って!?
「えー、ご説明しましょう! 数日前、一部でこんな噂が流れました! 『"あの"エイリアスが、エイリアス・シーダン・ナインハイトが! 今回の大会、新人杯団体戦に出場する』と!! もし本当なら優勝候補筆頭も必然!! だが、噂の出所は探せど探せど知れぬまま。『どうせ、ただのガセだろう』……皆そう思ったに違いありません」
司会者の語りに、観客は耳を傾ける。
静かに、ただ布が擦り切れる音もなく。
「だが、だが、だがぁ!! この団体戦に彼は現れた! それも、たった一人で!! 何という不敵! 何という自信!! 獲物は兄弟の方だったぁぁぁぁ!!!」
もう何度目だ、会場が揺れる。
一人で出ているのはコロシアム側に頼まれたからだというのに、何か言い草が酷い気がする。
兄弟は目を剥いて、今にも飛びかからんとする肉食獣のような目で此方を睨んでいる。優勝候補と言われ鳴り物入りで登場したのに、これではまるで前座扱いだ。怒りもするだろう。
しかし、どうして僕はこんなに人気なのだろうか。
基本、僕は騎士だったころ警邏しかしていない。皆に律儀に挨拶とかはしていたが、こんな場所で人気が出る理由にはならないだろう。
そういえば、一度だけ暴動に関わって、それを鎮圧したことがあった。それが理由だろうか。
「さぁ、では両コーナー、俺の紹介の間に用意は万全のようだぞぉ!! 意地を見せるか、ハーキン・レーキン・モーキン兄弟!! かの有名な暴動鎮圧の際の『三百人斬り』の実力を発揮し、見事打ち払うのか、エイリアス!!」
鞘から片手剣を引き抜き、鞘を捨てる。
右手に剣を軽く持ち、左手は空。
鞘を捨て、身体を前に傾ける。
足に力を込めて瞬発を高める。
集中。同時に空間から色が消え、音が搔き消える。
──────。
「試合、開始ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
合図と共に、僕は地を這うような前傾姿勢で一目散に飛び出した。
戦闘回も今日中に上げます。