第三話 「道中:サイドビギナー」
道は人でごった返し、客引き達の呼び声や、けんかっ早い男の怒鳴り声、女たちの矯正が絶えまなくどこかから木霊してくる。
どうやらエイリアスさんはアーガス領に住む貴族の一人だったそうで、大方俺の予想通りだった。さすがに、平民は服に金の刺しゅうなど、一か月断食したところで縫えたりしないから当然と言ってしまえばそれまでなのだが。
「コロシアムに行くということは戦うんですよね、武装してますし。三人なら団体でしょうか、田舎からということは新人杯ですか? この大会の選別は、実力関係なしに功績で分けられますから。まぁよほどの実力者は何かしら功績を立てていることが多いので、妥当ではあるんですけれど」
エイリアスさんは俺と横に並んで歩きながら、聞いていると親しみの湧いてくるようなやわらかい声でいろいろと聞いてくる。別に悪い気はしない。カムイは後ろでナナにつきっきりだし、俺が答えておくことにした。
「ああ、エイリアスさんの想像通りだよ。そういうエイリアスさんはどうしてコロシアムに向かってるんだ?」
俺の口調は、カムイや村の友達に話すような軽いものだ。
普通、平民と貴族という立場上敬語を使わないといけないのだが、エイリアスさんの方から自然な口調でいいと言われたのだ。
なんでも、誰もかれも敬語を使うので少し窮屈らしい。
ぜいたくな悩みだと思ったが、恩人に暗い感情を抱くわけもなく、敬語なんて普段使わないから口になじまないこともあって、その通りにした。
「僕、ですか?」
エイリアスさんは驚いたように声を上げると、顎に手を当ててうーん、と悩み始めた。
話の流れは自然だったと思うのだが、失礼にあたっただろうか。
……やっぱり、こういうのはカムイの領分だ。この中で一番頭がいいのはナナだけど、あいつはコミュニケーションが苦手だ。
頭の良さとコミュニケーション能力を両立したやつは、この中だと間違いなくカムイになる。
貴族との接し方、なんて知ってて実行できるのはカムイだけだというのに。
「……うん、アヤトさんたちはガルムエントの人じゃないし、いいかな。実は僕も出ようと思ってるんです、ガルムエント杯。…………これ、秘密にしておいてくれますか? 少し怒る人が出てきちゃうので」
困ったように苦笑するエイリアスさんに頷いて返す。
まぁ、貴族がコロシアムに出るなんて前代未聞…………なのだろうか?
一応コロシアムが建てられた理由は平民の娯楽の充実のためだったと思うし、命の危険はないとはいえ貴族が平民の剣闘士に押される姿なんてさらすわけにはいかないだろうし、普通出ないものだとは思うのだが。
「貴族様がコロシアムで戦うなんて、前代未聞ですよ!? なんだってそんな!」
驚いたあまりか、カムイの声が裏返りかけた。
急な大声に驚いたナナが涙目になり、カムイが慌てて謝り、慰める。
「…………凄く、仲がよろしいんですね。羨ましいです。僕は仲の良かった人を、みんな騎士団においてきてしまいましたから」
……その目には哀愁と、寂しさが見て取れた。
「騎士、だったのか」
「はい。貴族は皆、手柄を立ててハクをつけるためにも一定期間は騎士団に身を置くことが多いんです。僕も御多分に漏れず…………。
騎士は、国が保有する戦力です。いざというときのための防衛戦力という側面が大きい。何もなければ、訓練と町の見回り以外は何もしない予備選力です。けれど……その”いざ”というときの為に、人より強いと思える僕の力を持て余すのは、僕には我慢できませんでした。今、どこかに困っている人はいる。僕にはそれを救える力がきっとある。そう思うといてもたってもいられませんでした。だから、これを機に冒険者にでもなろうかな、と…………そう思ったんです」
「…………えっと、凄く……素敵な動機だな」
なんていうか、言葉が出なかった。それ以外に、何と言っていいかわからなくなった。
彼のその理由は、凄く崇高で……理想的なものだった。
偽善と笑う人もいるかもしれない。
けれど俺、アヤト・ドウジマはそう思えたのだ。
「ありがとう、アヤト。貴方はすごくいい人ですね」
輝くような整った顔で作られた笑顔は、正直女だったら誰もが恋に落ちそうなくらい魅力的なものだった。男である俺ですら、少したじろぐくらいの。
ナナがほわ、と熱に浮かされたような顔でそれをまじまじと見つめている。之ばかりは本当に仕方ないと思う。失礼かもしれないが、こんなことで怒ったりする人ではないと、俺は確信を覚えていた。心配性のカムイは少しハラハラしているようだったが。
「よろしければ、なんですけれど。アヤトたちの話も聞かせていただけますか?」
少し恥ずかしそうに言うエイリアスさんの頼みを、俺が断るはずがなかった。