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第九話 「安心した」

 カチャ、と小さく音を鳴らして料理が置かれる。


 それは地球でいうとフランス料理に酷似していただろうか。食べたことがないからイメージだけど。

 薄く切られた肉に、芸術的にさえ写るソースのかけ方はなんともフランス料理のそれらしかった。


 フォークとナイフを不器用に使いつつ口に運ぶと、口一杯に暴力的な美味が広がった。

 一昨日まで当たり前に食べてた平たいライ麦パンと、同じ食べ物とは思えない。カテゴリ的な意味で。


「……美味しいです」

「そうか。後で直接言ってやるといい。シェフも喜ぶ」


 向かいに座った父さんが綺麗な動作で食事を続けながらそう言った。


 ここは、まあナインハイト家の邸宅。その食事処だ。

 あれ──すなわち、謎の男のパーティ乱入騒動から一日が経ち僕は朝食にありついていた。


 昨日は何も食べられなかった。仕方がなかったとはいえ、人殺しをしてしまったのだから、何も喉を通らなかったのだ。

 とはいえ、食べなければお腹は減る。

 父さんがその辺りに気を利かせてくれたみたいで、起きるともう朝食が用意されていた。


「……あまり、気に病むなといいたいが……やはり、悩む方が健全だと私は思うのでな。気がすむまで悩むといい」


 そう言って。


 そこは、会食に使われる様な恐ろしく長い机が際限なく主張をした、広いのに少し窮屈さを感じさせる部屋だった。

 今は僕と父さんしか食事をしていないので、なんとも寂しい。


 白いテーブルクロスを汚さない様に気をつけて食事を終えると、執事らしきお爺さんが一礼して食器を下げていった。

 父さんが一つ咳払いをして、真剣な顔で僕を見た。


「さて……食事も終わったことだ。少し話でもしようか」

「……僕も、そうしたいと思っていました」


 僕が聞きたいのは、他ならぬあの男のことだ。

 父さんが知りたいのは僕の才能(チート)のことだろう。

 父さんは息をゆっくりと吐くと、言葉を紡ぎ始めた。


「私のせいであのような、いたましい事件が起こってしまった。私の落ち度にも関わらず、始末をつけたのはお前だ。まずそれに礼を言いたかった。ありがとう。そして、すまなかった」

「い、いえ、いいんです。僕もあの男は許せなかったから……あの男のせいで、ケネス君は母親を喪ってしまいました。母親がどれ程大切な存在か、僕にはよくわかりますから……」


 僕がまだ、俺だった頃。

 母さんは女手一つで俺を育ててくれた。

 中学以降はまだしも、手のかかる小学生くらいの俺を世話しながら働くのは、並大抵の苦労ではなかったろう。

 ロクに着飾らず、節約に節約を重ねて、俺を私立の高校に行かせてくれた事には、本当に感謝の言葉もなかった。

 ……最期には、最悪の親不孝をしてしまったわけなのだけれど。


「……みんな、優しい人でした。殺されていい理由なんてなかった。あの男は……許せなかった」


 思わず手に力が入ってしまって、ズボンにシワができた。


「……そうか」


 父さんが優しい目で、僕の気持ちを肯定した、様な気がした。


「あの男のことは……すまないが、私にもわからんのだ。全く得体が知れん。立場柄、噂は他人より入ってくるのだがな……人を動かして調べさせてもいる。結果を待ってくれ」

「わかりました」


「ああ、それと、あのお前が使った魔法だがな……詳細は聞かん。だが、あまり使わない方がいい」


 ……僕は思わず、耳を疑った。

 もっと問い詰められる物だと思ってたし、人の為に沢山使うべきだとか、そんな事を言われると思っていたからだ。


「お前が使うあの魔法は恐らく固有魔法といって、世界中でお前にしか使えん。それは強大な力を持つ。しかし才能にかまければ人は堕落するものだ。努力のない成果に人は付いてこないものだ。お前が力を人に誇示する為に使うような人間ではないと、私はもう確信してはいる。だが、お前はまだ子供だ。念の為に、釘を刺しておこうと思ったのだ……どうやら、余計な世話だったようだが」


 父さんが笑ったので、僕の気も楽になった。


「はい、父さん。僕はこの力を、絶対に使わない。これは、僕の力じゃないからです。僕は自分の力で人の為に在りたい……誰かを笑顔にしたいんです」

「そうか……それは、安心した」


 そうだ、僕は使わない。

 誰かの命が関わる状況で使わないほど頑固でもないけれど、きっと。

 信用してくれた父さんの気持ちを、少しでも無駄にはしたくないから。

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