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没落お嬢様


「ただいまー」

「おかえりなさい」

 リリーは現在、加奈子の工場兼自宅に住んでいる。基本的な衣食住は加奈子の自宅で済ませられる。

「かーなっこ♡」

「きゃっ」

 リリーは後ろから加奈子を抱き締めた。

「お腹減ったー。晩ごはんは何? 加奈子?」

「えーと、お味噌汁とかますの焼き魚よ」

 加奈子はリリーのボケを華麗にスルーして答える。それにしても晩ごはんが一汁一菜とはかなり質素なご飯である。それもそのはず、加奈子のアパレル会社は現在は休業している。故に収入がなく、貯金を切り崩して生活している。いつまでこの生活が続くかはわからない。


「………………」

 リリーは台所に立つ加奈子を見る。加奈子は二人分のかますをグリルに入れる。

 リリーは用心棒として居候している。この世界に飛ばされてどこにも行くあてなどない。川から流れてきたリリーを助けたのが加奈子だ。彼女にすがるしかなかったのだ。

「加奈子ー。みそ汁の具はー?」

「えっと、わかめとお豆腐とたまねぎよ」

 みそ汁の具も質素だ。ヘルシーでもある。

 加奈子は私服にエプロン姿でみそ汁の鍋をかき回す。


「………………」

 リリーは加奈子の後ろ姿を見る。

 加奈子は地味めの私服だった。オーソドックスだが、決して廉価品という印象ではなく、仕立てのいい感じの服だ。おそらく、買えばそれなりに高いもののはず。やはり、魅杏の言う通りお嬢様と言える。没落お嬢様と言うのだろうか。

 リリーはここ数日加奈子の家に泊まっている。なので、毎日加奈子の私服を見ているのだが、どれもこれもスーパーで買うような服は見られなかった。


「加奈子ー。君は何か特技とかあるの」

 リリーは初めて加奈子のことを訊く。これまでは入ってはいけない領域だと思い、詳しくは訊かなかった。

「うーん。そうね。お料理とか、お裁縫とか、洋服デザインとかかしら。時間があればお洋服のデザインを考えてみたりするわね」

 加奈子はグリルの中で焼かれている二尾のかますの焼き加減を見ながら答えた。

 今までは、ご飯はどうの、学校がどうの、洗濯物はどうのとたわいない会話をしていた。だが今日はちょっと踏み込んだ話をしてみると、加奈子は語った。

「…………」

 加奈子はお嬢様然とした見栄えのする娘だ。可愛い。百万人が百万人、美人と言うだろう。スタイルも十四歳相応といったところで、胸のラインが美しく慎ましく柔らかくエロい。

 だが、容姿の他は普通だ。能力の不明は別だが、特技もだからどうしたと言う範囲内のもの。能力がわからない以上、リリーは特技についての質問をする。


「もしかして、その服も自分で作ったりする?」

「うん。そうよ。自分の服は自分で作ってみることにしているの」

「へえ、そりゃ本当に特技ね」

「うん。いつかはこの特技を生かしたいと思っているの」

 少し意外だ。リリーはお嬢様なのかと思っていたが、加奈子が働きたいと言っているというのは……やはり、苦労人なのだろうか。

「……その特技をここで……生かすのか?」

「………………」

 リリーの問いに加奈子は静まる。リリーは踏み込み過ぎたかと思い後悔する。

 加奈子は少しの沈黙のあと、グリルからかます二尾を取り出した。焼き加減はばっちりだ。そのかますを皿に盛り付け、ことっとちゃぶ台に置く。見事な焼き加減のかますをリリーが見ると、今度は鍋からすくったみそ汁をお椀に入れ、ことっとちゃぶ台に置く。熱々のみそ汁をリリーが見ると、今度は炊飯器から茶碗にご飯を盛り、ことっとちゃぶ台に置く。


「ご飯、冷めちゃうから」

「そうだな」

 二人はちゃぶ台に置かれた晩ごはんを前に両手を揃える。

「「いただきます」」

 リリーはもしゃもしゃとご飯、焼き魚、みそ汁を口の中に放り込む。



【選択肢】


①『美味しい。加奈子の手料理は最高だ』


②『まさに生ゴミ……シェフを呼べ』


③『「それより、さっきの話なんだけど……ぶっ」ちゃららーん、鼻からみそ汁』


④『「それより、さっきの話なんだけど……ぶっ」ちゃららーん、鼻からかます』



「美味しい。加奈子の手料理は最高だ」

「えへへ。ありがとう」

 リリーはボケることもふざけることもなく加奈子との幸せな時間を過ごした。




「あー、うまかった」

「じゃあ、私片付けるね」

 加奈子は食器を流し台へ持っていき、カチャカチャと洗う。

「………………」

「………………」

 食卓にはテレビなどはなく、静寂が二人をつつむ。

 リリーが話を切り出そうとしたその時。


「ねぇ、話……聞いてもらってもいいかしら」


 話を切り出したのは加奈子だった。


「ああ」

「この工場は、私が生まれる前からやってるの。もう四十年ぐらいかな。……でも今は見ての通りで……てんでダメで」

「アパレル工場の自営業なんて……いま日本国内に残っているなんて、大半が一家でなんとか切り盛りしている……その程度の小さな工場だ。……別に倒産が珍しいわけじゃない」

「でもうちは、無理だった。仕事が減り続けて、工場が倒産してしまった」

「ん、……取引先が飛んだというのは?」

「……そういうことはあったわ。うちの納品先の最大手が飛んだ。老舗の衣料チェーン……うちが創業以来お世話になっていた相手。……お父さんは危険だと理解しつつもなかなか取引を縮小できずにいた。……結果は丸損。……おそらく、数億円はいかれたと思う。銀行借入も目一杯で、いつも資金繰りで頭がいっぱいだった」


 加奈子の話を聞くと銀行マンのプレッシャーにやられたということだった。入金があるとすぐに回収に来たという。まるで追い剥ぎである。

 加奈子の父親は資金繰りに窮し、ついには銀行以外の金融機関に手を伸ばした。切迫感により、高利貸しから借りて低利の銀行への返済にあててしまう、という悪循環だった。

 リリーは解決法などはわからないが、この場合正確な事業計画をもって強気の交渉にあたれば、銀行へ返すのは最後でいい。商工ローンなど街金に手を伸ばしたらそれこそ最期である。腎臓売れだの目玉売れだのそんな録音テープだってある。



「そうか」

 加奈子は食器をすべて洗い終え食器置きに置く。エプロンを畳み、リリーがあぐらをかいて待っている食卓に正座で座る。


「それで、いつか……いつかはこの工場に活気を戻したいの」

「お父さんは……そのことは?」

 リリーが加奈子の父親のことを訊くと加奈子は顔をうつむかせた。

「お父さんは今はいないの」

「いないって?」

「出て行っちゃったの」

 リリーは加奈子の父親が蒸発したことを聞いて驚く。まさかそんなことが。それを加奈子の口から言わせるなんて。

「ごめん」

「ううん、いいのよ」


「でも、あなたがいてよかった」

 加奈子はおそらく、みかじめ料を取り立てに来たヤクザを追い払ったことを言っているのだろう。

「こんなことを言うのはいけないことだと思うけど…………」

「なんだ?」


「私のお父さんとお母さんはこの家から出ていった。

 お父さんはわからない

 お母さんは離婚の準備をして

 でも、私は二人に戻って来てほしい

 また、親子でこの工場でやっていきたい

 だから………………だから………………」


「……だから?」



「……お願い。あなたに、お父さんとお母さんを探してほしいの」



「加奈子…………」



【選択肢】


①『はい』


②『もちろん』


③『YES』


④『OF COURSE』


⑤『いいとも』


⑥『任せて!』


⑦『黙って首肯する』


⑧『黙って親指を上げる』


⑨『当たり前だ!!』




「当たり前だ!!」




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