ババ惹き
「もしもし、魅杏。私。実は…………」
「そう。加奈子の家が…………」
「魅杏の家に連れてってくれないか」
「わかったわ。リリーも? あなたは加奈子の家に居候していたわね」
「私はいい。まず加奈子を頼む」
「わかった。そっちに向かいに行くわね」
「アニキ、あの車。ヤスたちが帰ってきました」
「遠藤が離れたら、行け」
「はい」
「じゃあ、ヤス。俺は仕事に戻る」
「はい。お疲れ様です」
「おい、ヤス」
「ああ、シゲタ」
「お前、どこに行ってた」
「それは言えねえな」
「ゲロった方がお前のためだぞ」
「ア、兄さん」
「ちょっと、来い。なぁに、すぐ吐けば済むことだ」
「アニキ、ここ」
「工場か。まぁ、土地を奪えばそれなりの金になるな」
「しかし、遠藤さんが放火を」
「ヤケになってか……」
「長身の女に殴られて、プライドがボロボロになったんじゃないですか。ヤスは何を話していたのか聞こえなかったみたいですけど」
「……長身の女」
「アニキ?」
「……吉原に行くぞ」
「え? あぁ、はい」
「加奈子、家においで」
「魅杏ちゃん」
魅杏は火事で全焼した加奈子の家と工場を見る。
黒く煤けて、焼け焦げた臭いがして、骨組みとなった家の柱、どろどろになった工場のシャッター、無惨な姿だった。
とてもじゃないけど、人は住めない。
「加奈子、あなたが……社長さんがいいのなら……その…………」
「ごめん。魅杏ちゃん。その話は後にして」
「うん。わかったわ。ごめんね」
魅杏は言葉を飲み込む。今はそんな話をしてる場合ではないだろう。
「ねぇ、リリー。あれ、リリー?」
リリーは魅杏が着くと加奈子のことを任せた。本当なら、加奈子のそばにいてやりたい。だが、それより怒りが上回った。
「城東会……絶対に許さない」
リリーは城東会のアジトなんて知らない。だが、キャバレー極楽園はおそらく、城東会との関わりがあるだろう。
その一縷の望みにかけ、リリーは吉原へと行く。
「キャバレー極楽園」
以前、リリーが潜入したところである。先日と違ってリリーは制服だ。当然ながら追い出されるであろう。
しかし、リリーは表から入らずに裏へと回った。百合子から手紙を渡された場所。キャバレー極楽園のバックヤードとも繋がっている。
表の方にビルのエレベーターがある。それは、客が上階に行く際に使う客専用だ。裏には従業員専用のエレベーターがある。それを上ると。
「キャバレーの事務所」
リリーは襲撃をしようか迷い、顔を俯かせる。
その刹那。
「痛っ」
ドンッと、リリーは背中を突き飛ばされた。
リリーは地面に手を着く。何事かと後ろを振り向くと。
「あっ」
目の間には長髪の黒服と後ろには太った黒服がいた。
リリーは以前、太った黒服の怪しげな取り引き現場に出くわして、長髪の黒服から後ろから襲われ、どこかの独房にぶちこまれた。
リリーはそのトラウマに震えると。
【選択肢】
①『すっすみません……。と、とにかく謝る』
②『無言で睨み付けながら立ち上がる』
③『まずい雰囲気なので、地面を舐めて誤魔化す』
④『びくびくと震える』
「ううう。地面おいしい。地面美味しいよおお。いーひっひっひっひっひ。いーひっひっひっひっひ」
「うおっ!? なんだこいつ。ヤク中か。気持ち悪っ!」
「こいつは、総長の娘さんを助けた女だ」
「え? ア、アニキそうなんすか」
「ああ、つい最近会っただろ」
「そういや、そうすね」
「ちょうどいい。女。来い。事務所にだ」
「えっ!? いや、無理です。私、地面を舐めたいから!」
「おい」
長髪の黒服はあごでやると、太った黒服がリリーの両脇を固め、起き上がらせる。
「さっさと起きろ」
「いやっ! 地面! 地面を舐めたい!!」
雑居ビルの三階。キャバレーの事務所でもある、とある一室。リリーは黒服たちに無理やり押し込められた。
「やめろっ! 離せっ! 変なカプセルはやめてください!」
「おい」
「へい」
太った黒服はリリーを離すと、ばたっと床に倒れる。
「私に乱暴する気でしょ!? エロ同人誌みたいに!」
リリーは床に這いつくばって言った。
長髪の黒服はパイプイスに座り、太った黒服は部屋のドアの前に立つ。
「貴様は遠藤を知ってるか?」
「はっ? 遠藤? 知らんな」
「貴様が以前殴った相手で、放火をしたヤツだ」
長髪の黒服がタバコに火をつけると、リリーは立ち上がった。
「どう言うことだっ!」
「つまりは、こういうことだ」
リリーは長髪の黒服にそれまでの城東会の経緯を話す。
遠藤のみかじめ料、放火。城東会にいる内通者。それで総長命令で動いてる、黒服たち。
「ヤクザのことなんてどうでもいい。だが、加奈子に手を出すヤツは許さん」
「俺たちも遠藤を許すことはない。利害は一致しているだろ」
「違うな。私はヤクザは滅ぶべきだと思う。お家騒動など知らん」
「総長の娘さんを助けた女だ。それなりのことはある。だが、貴様に選択肢はない」
「フッ。私に選択肢がないだと。笑わせる」
「遠藤はあの土地の権利書を持っている」
「っ!?」
「それに、城東会はあの工場の社長を拉致している」
「なっ!?」
「それらを手に得れる方法がある」
「どういうことだ」
「ギャンブルだ」
「はぁ? ギャンブル?」
「それで遠藤を倒せ。それならば、内通者の証拠なんて関係なく、粛清できる」
「粛清!?」
「こっちの話だ。とにかく、いずれ遠藤とギャンブルで戦ってもらう。それに勝て。貴様は権利書と社長を手に入れ、こちらは遠藤を葬れる」
「……ギャンブルに関係なく、葬れるだろ」
「勝手なことをしたら、総長の求心力にも関わる。理由がいる。葬る理由が。それが城東会に大きな損失が出るくらいのものがな」
「………………」
リリーはしばし考える。
天秤にかけているものは圧倒的にリリーに得のあることだ。
故に、城東会には部の悪いことだ。それが、遠藤クラスの人間を消し去るには仕方ないことだろう。
「ギャンブルの内容は?」
「トランプ。まぁ、ババ抜きみたいなものだ」
「ババ抜き!?」
リリーは放課後ちょうど、ババ抜きをしていた。なんの因果か。
「…………わかった。受けよう。その代わり、ちゃんと権利書と社長を渡せよ」
「そうでないと、理由が作れない。約束しよう」
長髪の黒服はパイプイスから立ち上り、太った黒服がリリーの腕を掴む。
「なんだっ!?」
「練習だ」
リリーは奥の部屋に太った黒服によって連れてこられる。
そこには、ハゲと歯抜けがいた。
「今から、そこのヤツらとこいつで四人制のババ抜きをする」
「はっ?」
「まぁ、来い」
太った黒服がリリーをパイプイスに座らせ、自分もパイプイスに座る。それを見て、ハゲと歯抜けもパイプイスに座る。
北にシゲタ、東にリリー、南にハゲ、西に歯抜けと座る。
「ウチでよくやるババ抜きルールだ。普通のババ抜きと変わらない。しかし、最後にジョーカーを持ったヤツの勝ちだ。
題して、ババ惹き」
長髪の黒服がディーラーとなり、トランプを四人に均等に配る。
(何だこれ!?)
手札が13枚、ペアが一つもなかった。
[リリーの手札]
♦A♦2♦3♦4♦5♦6♦7♦8♦9♦10♦J♦Q♦K
おそらく、みんなストレートフラッシュになっているだろう。一人だけ一枚多い、太った黒服のシゲタからゲームスタート。
一巡目
リリーはシゲタから一枚引く。揃う。だって、みんなストレートフラッシュである。当然だろう。
シゲタだけはジョーカーを持っている。つまり、シゲタからリリーに渡らない限り、敗北する。
リリーは♥7と♦7のペアを捨てる。すると、ハゲがリリーの手札から♦8を引く。
[リリーの手札]
♦A♦2♦3♦4♦5♦6♦9♦10♦J♦Q♦K
以降、皆順調にペアを揃えていく。
8のペア3のペア8のペアが捨てられる。
二巡目
リリーはシゲタから一枚引く。♥3で3のペアを捨てる。ハゲが♦5を引く。
[リリーの手札]
♦A♦2♦4♦6♦9♦J♦Q♦K
5のペア7のペア5のペアが捨てられる。
三巡目
リリーはシゲタから一枚引く。♥9で9のペアを捨てる。ハゲが♦10を引く。
[リリーの手札]
♦A♦2♦4♦6♦J♦Q♦K
10のペア9のペア10のペアが捨てられる。
四巡目
リリーはシゲタから一枚引く。♥4で4のペアを捨てる。ハゲが♦Jを引く。
[リリーの手札]
♦A♦2♦6♦Q♦K
JのペアQのペアKのペアが捨てられる。
五巡目
リリーはシゲタから一枚引く。♥QでQのペアを捨てる。ハゲが♦Kを引く。
[リリーの手札]
♦A♦2♦6
Kのペア4のペアJのペアが捨てられる。
六巡目
リリーはシゲタから一枚引く。♥6で6のペアを捨てる。ハゲが♦2を引く。
[リリーの手札]
♦A
2のペア6のペア2のペアが捨てられる。
(まずい、あと一枚だ。ここで勝利のジョーカーを引かなきゃ、黒服が勝ってしまう)
【選択肢】
①『右』
②『左』
「ここは、右だああああああ!!」
リリーは華麗に右のカードを引く。そのカードは。
「フッ。ジョーカーだ」
「まだ、勝ったわけじゃないぞ!」
そう言うのは次にリリーの手札を引くハゲだった。
「だが、ハゲ。ここでAを引かなきゃ、自動的に私は勝つ」
「そうか。ところで、姉ちゃん。おっぱい大きいね。いくつ?」
「はっ、はああ?」
リリーが突然のセクハラに戸惑うと。
「隙ありいいいい!!」
ハゲが拾いをする。拾いとは、前の人が揃わなかったカードを引くことだ。今回は勝利札であるジョーカーだ。
「どうだ、…………はっ」
しかし、ハゲ引いたカードは♦A。
つまり、ハゲは拾いをしたと思ったら実はそうではなかった。
「これで、私の勝利だな」
そう、リリーの宣言通りである。まさしく勝利宣言である。
次々とAのペアが捨てられる。
ハゲはAのペア。
歯抜けは残り一枚なので、シゲタから引かれる。
シゲタはAのペア。
最後にジョーカーが選んだ者はリリーだった。
「決まったな」
長髪の黒服がそう言う。
勝利の女神と勝利のジョーカーはリリーを選んだ。
「近々、城東会のババ抜きをする。その時に、社長と権利書を持ってくる。貴様はそれに参加しろ。何かあったら貴様のスマホに連絡する」
長髪の黒服に言われ、リリーは雑居ビルから出された。




