夕陽に燃える工場
「おっ、土地の権利書と工場の権利書ゲット!」
黒服の遠藤は加奈子の家で空き巣を働いていた。
「あとは実印か」
遠藤は城東会の人間である。しかし、城東会の上部組織のカンパニーのとある人間から誑かされ、現在はカンパニーのスパイとして働いていた。
城東会からカンパニーに金を流し込む。
その手段として、加奈子の家からみかじめ料を取ろうとしていた。が、リリーに阻止されそれは叶わなかった。
今はこうして、不動産を盗み金にする。その金をカンパニーに流す。
「おっ、実印もゲット。これで揃ったな」
遠藤はブツを揃え、家から出る。
「おい、ヤス。準備しろ」
「はい。遠藤さん」
遠藤は自分以外にヤスと呼ばれる黒服を連れてきた。主に運転手として。
「遠藤さん。本当にいいんですか? ちょっと、短気になりすぎませんか」
「金を払わないのがいけないんだ。とりあえず、土地はいただく」
「…………一応、車のエンジンかけ放しにしときます」
「行くぞ」
「アニキ。どこへですか」
「内通者を探しに調べるんだ」
「吉原ですか」
「そこも含めてだ」
「へい。でしたら運転手を呼びます」
「早くしろ」
「…………あの、アニキ」
「どうした、車を用意したか」
「いえ、ヤスのヤツがいなくてですね」
「なぜだ」
「それが、わからないんです」
「ああ? あいつは雑用だろ。総長とか誰かがあいつを使っているとかじゃないのか」
「それでしたら、しっかりと今日の勤務表の書かれているんですが」
「書かれてないということか」
「はい」
「総長などの重役の場合なら、絶対に書かなければならん。だが、違うなら」
「下っ端の連中というわけでも……」
「その間か。下過ぎず、上過ぎず」
「それも、ヤスを引っ張って来れるほどの先輩株でしょうか」
「……遠藤」
「え、遠藤さん……ですか」
「ヤツならそれなりの古株。あいつも断れんだろう」
「しかし、アニキ。なぜ遠藤さんなんですか」
「遠藤は、カントー地方出身だ。十代半ばのときにこっちに来た。それだけじゃなく、カンパニーに推薦状で城東会に入ってきた。カントー時代ではカンパニーの半グレだった。だが、カンパニーは遠藤をカンパニーに入れはしなかった。送り出したのは城東会だった」
「アニキ、まさか遠藤さんが内通者……?」
「おそらくな。推測の域は出ん。ヤスはそのとばっちりを受けたんだろ」
「まさか、遠藤さんが。総長にあんなに尽くしてきたのに」
「そこだ。媚びを売るヤツほど最後に裏切る。遠藤はもうすぐ裏切るだろう。ということなら、チャンスがあるってことだ。カンパニーに入れてもらえるチャンスが。その希望がある限り遠藤は裏工作をする」
「でしたら、すぐさま遠藤さんを……」
「待て、まだ証拠はない。証拠を掴んだ後は…………」
「へい。わかりました」
「とりあえず、今はヤスを探せ。遠藤も一緒かもしれん」
「えーと、閉め忘れちゃった」
加奈子はてへへと頭に手をやる。母親の前では加奈子は子供なのだ。
「もう、何やってるの」
「ごめん」
「とりあえず、戻りなさい。ここに居続けても危ないから」
「でも、お母さん。お母さんも一緒に」
「ごめんね。今は無理よ。だけどお母さんはしばらくここにいる。安心して」
「…………お母さん」
「……加奈子」
「うん。わかった」
「やっべー。遅くなったなぁ」
時刻はすっかり、夜になっていた。
リリーは放課後、魅杏と千景と彩香の四人でトランプをした。それもこれも彩香のためにだ。
リリーは必要だと感じてのことだった。
彩香をこちら側に引き寄せて、せめて放課後でも、昼休みでも、リリーたちと仲良くできたらとのことだった。
「あっそう言えば、加奈子。加奈子……なんだか学校では少し変だったな。……おそらく、手紙の内容だろうな」
リリーはいつも通り、いつもながらに加奈子の家に帰ってくる。
リリーはこの世界に転生され、川を流れた。
流れてきたリリーを助けたのは加奈子だ。成り行きで加奈子の家にリリーは泊まることになる。
リリーはそのまま加奈子の家にパラサイトし続ける。
リリーにとってはそれが当たり前だと信じている。
「んっ? 誰か家にいる」
リリーが見たのは二人の黒服。
「さてと、権利書と実印を車に入れてと。ヤスどうだ?」
「一応、周り全部やりました。車に戻りますね」
「おう、いつでも逃げれるな」
遠藤はタバコを一服。
そのとき。
「何やってるんだ?」
リリーが遠藤に問う。
「えっ、うぉ!?」
「お、お前はあの時の!?」
リリーは初めて加奈子と出会った時のことを思い出す。
あの時、加奈子から助けてもらったときこの男は現れた。
明日、金を取りに来ると。
予告通り、この男は現れた。
それをリリーは殴り倒した。
そう、一度は追い返したはずなのに、この男はまたしても現れた。
「また来たのか」
「プッ、まぁな。だが帰る」
遠藤はプッと火のついたタバコを地面に吐き捨てると、車に乗り込み、逃げた。
「何だったんだあいつ」
「はぁはぁ」
加奈子は百合子と会えて嬉しかった。
その気持ちが身体に表れ、つい、走った。
「もう、こんな時間。晩ごはんを作らなきゃ」
加奈子は腕時計を見る。時刻は夜だ。
加奈子は百合子と別れると、電車に乗りそのまま二時間かけて家に帰る。
最寄り駅を下り、そのまま走って帰っている。
「あら、何かしらこの臭い」
「何だったんだあいつ」
リリーは去り行く車を見ていると、パチパチと後ろから聞こえる。
──その刹那。
ぼおおっと炎があがる。
「はっ!?」
リリーはその不愉快な気配に振り返る。
遠藤の吐き捨てたタバコの火が地を這っていた。
たかだかタバコの火ごときでここまで燃えない。
遠藤たちは加奈子の家と工場の周りにガソリンを撒き、火をつけた。
「なっ!?」
リリーは火を飛び越え工場に行こうとするが、無理だった。
すでに火の勢いは凄まじく近づこうにも近づけなかった。
「うっ」
土と草木が燃え、家と工場が燃える。
焦げ臭い臭いが辺り一体に広がる。
そのとき。
「きゃあ!?」
「か、加奈子!?」
加奈子が帰ってきた。
その嫌な臭いに目の前の光景が加奈子に絶望を与える。
「い、いやああああああ!!!」
「ダメだ! 加奈子!! 近づいてはダメだ!!!」
ウーウーウーカンカンカン。ウーウーウーカンカンカン。
誰かが消防を呼んだのだろう。
加奈子の家は火事になり、消火まで時間を要した。
加奈子の家と工場は無惨な姿になり、加奈子はがくっと膝を着く。
【選択肢】
①『元気出して。と勇気づける』
②『かける言葉が見つからないので黙っている』
③『そっと、肩に手を乗せる』
④『そっと、肩を抱き寄せる』
⑤『黙って工場に入っていく』
⑥『黙ってこの場を立ち去る』
⑦『こんな間近で火事を見たのは初めてだよ! と言う』
⑧『ワオ! バックドラフトみたいで興奮した!』
⑨『派手に燃えたなぁ。と感心する』
「加奈子」
リリーはそっと、優しく肩を抱き寄せた。




