不穏な動き
「………………」
加奈子はリリーの誘いを断り、家に真っ先に帰った。
加奈子はタンスの奥深くに忍ばせていた、預金通帳を取り出す。預金通帳に入金はない。ただただ目減りしていく。
加奈子は母親の百合子からは、離婚の準備に入ると聞かされている。別居中なのもそうだろうと思っていた。今朝までは。
「お母さん」
通常、借金などの金の問題で家庭内不和があると、通帳を持って出ていく。夫の破滅的な酒浸りの生活になる中、妻は通帳を持ってなんとか子供を助け出そうと画策する。それが、普通なのだが。
「ごめんなさい。私、勘違いをしていた」
加奈子はスカートから手紙を取り出す。
そこには、こう書かれていた。
加奈子へ
加奈子には、加奈子のためにお父さんと離婚する、と伝えてはいるけど。
あれは嘘よ。
本当はお父さんは城東会によって、拉致られているの。
私が今、水商売をしているのはお父さんを助けるためなのよ。
一定のお金を払わなければ、お父さんが殺されてしまう。
私が水商売している間は、娘には手を出さないと言われたわ。
約束を守っているかどうかはわからないけど、私は家を離れ城東会のシマで生活しているわ。
危険かも知れないけど、加奈子、もし合いに来てくれるなら、燕雀旅館に来て。
私はそこに寝泊まりしているわ。
最後に、加奈子愛してる。
「待っててね、お母さん」
加奈子は母、百合子に会いに行くことを決意した。
リリーのためにも家を空けるので、加奈子は一応、通帳を取り出す。
ボロボロな家で、ボロボロな工場だが、それでも金目の物が無いわけではない。用心に用心を重ねる。
「燕雀旅館ってことは…………ちょっと遠いわね」
燕雀旅館がある場所は景色のいい山の中だ。加奈子の家から乗り換えなしで二時間かかる。
「仕方ないけど、電車で行きましょ」
「アニキ……」
「黙れ」
「へい。すいません」
「総長」
「なんだ」
「昨夜のあの女のことなんですが」
「ああ」
「調べた方がよろしいのではないかと」
「仮にも娘の恩人だ」
「はぁ」
「それに、うちの方を調べねばならん。城東会にカンパニーの内通者がいる」
「と、言いますと」
「最近、カンパニーへの上納金の量が増加傾向にある。…………経費と称して上納金をカンパニーに流しているのかもな」
「総長はなぜその事に…………」
「吉原などの売り上げの額に不審な点がある。ハコの売り上げに対し、客の入りや客層がおかしい。おそらくだが、従業員が客に裏を通して金を貰っているかもしれん。それをカンパニーに横流しに」
「っ!? 店での飲み食いではなく、アフターなどで客から貰っているのですか」
「ひょっとしたら、店長レベルかもしれん。従業員の女どもにそう命令しているのかもな」
「吉原一帯を調べましょう。これは城東会のシノギに関わることです。たとえ、上部組織であるカンパニーであっても、城東会のシマを荒らすことは見過ごせません」
「別に、カンパニーがシマを荒らしているわけでない。だが、金の流れには関わっているだろうよ……」
「……アニキ、総長。噂話ですが、我が城東会内部の人間が、勝手にみかじめ料を取っているということを聞きまして」
「……よく聞かせろ」
「へい、総長。みかじめ料は個人が勝手に徴収してはいけないものです。バレたら上の人間に殺されます。勝手に名前を使って、儲けようとするのですから。しかし、城東会の上の人間より、もっと強い者がバックにいたらどうでしょう。危険な橋でも渡ると思われます」
「お前がそうなのか」
「ひっ。い、いえ違っ」
「待ってください。総長。こいつは違います」
「ア、アニキ」
「こいつの仕事は、みかじめ料や売り上げなどの徴収役ではありません。どちらかと言うと、金を渡す側です。取り引きなどとかに。」
「…………そうだったな」
「ほっ」
「ならとりあえず、勝手にみかじめ料を取っているヤツを探し出せ」
「「はっ!」」
「もしもし」
「おい、定時報告はどうした」
「すいません。ちょっと、女に返り討ちにされてここ数日入院してて」
「あっそ、で金はどのくらい集まった」
「それが、まだ四割ぐらいでして…………」
「おい、貴様わかっているだろうな」
「すいません。みかじめ料を取ろうとしていたら、アクシデントがありまして。おかげで、他のところのみかじめ料を取ることに失敗しまして。それに、城東会の監視が厳しくなってきまして」
「そんな、言い訳はどうでもいい。貴様は期限までにノルマを達成しろ」
「へい」
「そしたら、カンパニーに入れてやるよ」
「ありがとうございます」
「みかじめでも地上げでも何でもして、金を用意しろ」
「へい。わかりました。…………何でもか」
加奈子の家の最寄駅から二時間。展望台と旅館のある秘境。展望台からは絶景が広がり、訪れる者は感嘆せずにはいられない。また、豊かな源泉を持つ温泉も人気の一つである。
加奈子は燕雀旅館にたどり着いた。
「すいませーん」
「はい。ご宿泊ですか」
玄関で出迎えた女将さんが対応する。
「いえ、百合子さん。いらっしゃいますか?」
「ええ、今日の時間帯ならいますけど」
「会わせてください!」
加奈子は女将さんに連れられ、二階の住み込みの従業員が雑魚寝する大広間に来た。
「百合子さん。お客さんよ」
女将さんがふすまを開け、加奈子を中に入れる。
「お母さん!」
「加奈子!」
加奈子は百合子に向かって走り、抱きしめた。
「……ごゆっくり」
女将さんはすーと音をたてずにふすまを閉めた。
「ごめんね。ごめんね。加奈子」
「ううん。いいの。お母さん」
「加奈子、ちゃんと話せずごめんね」
「お母さんにも、辛いことがあったんだよね」
「加奈子……実はね…………」
百合子は加奈子にこれまでの経緯を話した。
加奈子の父親はアパレル会社の社長だった。
大半の仕事は、他社のブランドの受注、生産をしていた。下請け企業というものはつらい。
今期の売り上げは大変厳しく、納品先の最大手が飛んだ。
創業以来お世話になった相手。危険だと理解しつつ取り引きを縮小できずにいて、丸損した。
銀行借入も目一杯。資金繰りが苦しかった。
そんななか、銀行員が父親にプレッシャーを与えに来る。銀行として回収ができなくなるのは非情にまずい。銀行員も出世にかかわる。
入金がある度に回収しに会社へと来る。追い剥ぎのように。
会社の返済が遅れているが故のことだった。
銀行員は金融絡みのことはすぐに耳に入る。加奈子の父親が銀行からのプレッシャーに負け、街金からも金を引っ張ってきて、それを銀行にあてる。それは負の連鎖だ。それを知ってのことでも、銀行に金を返せとプレッシャーをかけに来る。
高利貸しから借りて低利の銀行への返済にあてる。その高利貸しに城東会はいた。
城東会は金融業も生業としている。
城東会の高利貸しからの返済が困難になり、ついには債務超過になった。
なんとか、銀行は処理したものの、一番処理しなきゃならなく、一番手を出してはいけない高利貸しを後に残したのがいけなかった。
加奈子の父親は加奈子のためにも生命保険を契約していた。
仮にも不幸な事故があった場合、生命保険のお金は加奈子に渡るようになっている。
城東会はその金を狙いはするが、夫を人質に妻を働かせる。娘も働かせることができないこともないが、年齢ゆえに難しい。
百合子は夜はキャバレー、昼は旅館と馬車馬のごとく働かされる。
しかし、百合子がどんなに働いても元金にダメージはいかない。利子を返すだけでいっぱい、いっぱいだ。
そうやって、骨までしゃぶり尽くす。母親が使えなくなったら、今度は父親だ。父親の生命保険は一つしか契約しておらず、億越えにならない。しかし、土地などの不動産を取り上げればすむ。一応、加奈子には何も手を出さないだろう。加奈子は両親を亡くすことになるだろうが。
「…………そうなの」
「最悪、お父さんとお母さんの生命保険と土地でなんとかなるかもしれないけど…………」
「ダメっ!!」
「加奈子…………」
「ダメだよ。そんなの」
「……そうよね。ごめん」
「……うん」
「ところで、加奈子。ちゃんと戸締まりして来た?」
「お、鍵が開いてる」
黒服は加奈子の家にやって来た。
「すまんのう。……あれ? いない。不用心だな。俺みたいなヤツが入ってくるというのに。しかし、あの女はいないな。よし、ちょうど小娘もいないし。とりあえず、土地の権利書と実印を探すか」
黒服は加奈子の家をくまなく探す。空巣だ。
「セオリーは、クツ箱やタンスや食器棚だ。そこから重点的に探すか」
「8切り、10捨てっと」
「ちょっと、待って。リリー。8切りはわかるけど10捨てって何?」
「えっ!? 魅杏は大富豪のローカルルールはどのくらい知ってるの?」
「大富豪? 大貧民じゃなくて? まぁ、いいけど。8切りと革命よ」
「えっ!? 7渡しとかイレブンバックとか5スキップとか♠3とか救急車とか…………マジか…………8切りと革命が全国的ローカルルールなのか? ……嘘だろ」
「あの、リリー先輩。救急車って、9ですか? Qですか? 私の地域では9が救急車で、Qがスキップだったんですが…………」
「ええっ!? 彩香のところはスキップがQなのか!? マジか…………」
「それより、階段や縛りは? 戦略性が……」
「千景、たしかに戦略性が上がるが。階段や複数枚を出すのはいいけど、マーク縛り、階段縛り、階段マーク縛りをすると、けっこう出せなくなるし、つまらなくなってしまう」
「彩香ってどの地域にいたのよ」
「あ、はい。千代田町で」
「あら、私も千代田町の出身よ」
「魅杏先輩もですか!?」
「奇遇ね。ははは。…………何で私はローカルルールを知らないんだろう」
「まぁ、とりあえず見よう。魅杏は見ながら覚えよう」
「卑怯よ。私だけ不利じゃない」
「まあまあ」
「では、私は♥9、つまり救急車で♠4をサルベージします」
「じゃあ、5スキップ二枚で、魅杏とリリーを飛ばす」
「私は4の革命で再び、強い順に戻します」
「や、やるわね。彩香」
「そうか、魅杏はもう強いカードはないのか」
「うるさいわね。リリーこそどうなのよ」
「勝利の方程式は最後にとってある。あと二枚ということを見ればわかるだろ」
「はっ!? まさか、ジョーカー+α!?」
「ねぇ、リリー。もうUNOにしない? あれのローカルルールはチャレンジぐらいよね」
「ちょっと待て魅杏、UNOっていつ言うの?」
「はぁ? あと一枚の時でしょ」
「なるほど、あと四枚はいいのか」
「……なるほどね。四色の時か。まぁ、別にいいんじゃない」
「大丈夫か? 色々言われないか?」
「じゃあ、アガリのときは一枚でってすればいいじゃないのよ」
「いや、千景が戦略性うんぬんとな」
「…………彩香の懇親会じゃないの?」
「…………そうだったな」
リリーはふと、彩香の顔を見る。
そこには笑顔があった。
リリーは彩香の孤立を心配に思い、この懇親会を行った。一年生は難しくても、二年生ならと仲間は作れるのではないかと。
そのまま、時間はあっという間に過ぎていく。
「彩香、どう? 楽しい?」
「はい。楽しいです」
彩香は屈託のない笑顔で答えた。
どうやら、彩香はこの仲間と仲良くなれそうだ。
リリーはスキップしながら、加奈子の家へと帰る。
彩香が仲良くなれそうだからだ。
だが、リリーの楽しい時間もここまでである。




