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選ばれなかった者


 チュンチュン。

「ん、んん。……朝か。朝チュン!?」

 リリーは居間のソファから飛び起きた。

 リリーは自分の身体を見る。着衣に乱れはない。どうやら、彩香とは何もなかったようだ。


「あっ……しまった」

 リリーは自分の胸元を見る。百合子からの手紙があった。

 リリーは昨日、百合子から加奈子に渡してくれと頼まれた手紙を胸の谷間に入れ込んでいた。さっさと帰って渡そうとしたが、リリーは黒ずくめの男の怪しげな取り引き現場を見るのに夢中になっていたところ、もう一人の仲間に気づかず眠らされて、彩香の父親の本宅の独房に連れてこられる。

 おかげで、昨日のうちに加奈子に渡せずじまいだった。


「お腹、空いたな」

 ぎゅるるると鳴るお腹を押さえ、リリーは言う。昨日はキャバレーで水と野菜スティックのみしか飲み食いしてない。もちろん、リリーは未成年者のためアルコール類は飲んでいない。

 美味しそうな匂いがする。おそらく、彩香が朝御飯を作っているのだろう。学校の始業まで二時間以上はあるのに。

 リリーはいつも朝御飯は加奈子の手料理を食べていた。



【選択肢】


①『彩香の手料理を食べたい』


②『加奈子の手料理を食べたい』



 ……どっちも食べたい。だが、一つ選ぶとするのなら…………。



 リリーはいい匂いのする台所へ向かった。

 そこでは、彩香が朝御飯を作っていた。制服エプロン。

 すでに、調理という調理は終えていて、あとはもう皿に盛り付けるだけだった。


「彩香」

「あっ、お姉様。ちょっと、待ってください。もうすぐできますから」


「彩香、それ……さ。弁当に包んでくれないか?」


「えっ?」

「弁当で、ゆっくりと食べたい」


「…………………………。はい、わかりました。待ってください。今、お弁当にしますから」

「……ありがとう。彩香」

 リリーはそっと彩香を抱き寄せる。

 彩香はそのリリーの温かい肌から優しさを感じる。

 リリーは涙はしなかった。

 例え、朝御飯を同じ食卓で食べることができなくても。



「はい、お姉様」

 彩香は一緒に食卓で食べようと思っていた朝御飯をお弁当に包み込む。

 それをお姉様に渡す。


「ありがとう。彩香」

 リリーは彩香の頭をポンポンとし、額にチュッとキスをする。

 その姿は新妻にキスをする夫のよう……ではなかった。

 リリーは彩香から朝御飯の弁当を受け取る。



「行ってきます」

「……行ってらっしゃい。お姉様」









「あっしまった。制服は理事長室に置きっぱなしだった」

 リリーは彩香邸から出て、電車に乗り加奈子の家へと向かう。その途中の電車の中でリリーは気づいた。


「この男物のスーツも返さなきゃな。待てよスーツって、クリーニングだよな。面倒だな。魅杏に放って返すか。クリーニングはしてくれって」

 なんとも雑な旦那様だ。魅杏を何だと思っているのだろうか。関白宣言でもしたのかな。


「あぁ、そう言えば風呂入ってないな。くんくん。臭うかな。彩香の家に行って、話してそのまま寝てしまったからな。まぁ、加奈子に朝風呂を沸かせるか」

 なんとも雑な旦那様だ。加奈子を何だと思っているのだろうか。関白宣言でもしたのかな。


「……彩香、弁当は必ず昼に食うから。いや、早弁でもするから」

 リリーは加奈子の家で朝御飯を食べるべく、電車に揺られる。









 電車に揺られ、加奈子の家から最寄り駅に着く。駅にはこれから会社に行くサラリーマンの姿も見られる。リリーのスーツ姿とは違う、ピッチリとしたスーツ姿だ。

 リリーは胸元まで開いたスーツを着て駅を闊歩し、加奈子の家まで歩く。




「加奈子」

 リリーは加奈子の家の前に着く。手には彩香からの弁当。胸の谷間には百合子からの手紙。

「……行くか」

 リリーは加奈子の家の玄関を開く。



「ただいま」

 家の中はしんっと静まりかえっている。

 リリーは聞こえなかったのかと思い、もう一度大きな声で帰還したことを報告する。


「ただいまっ!」


 その時、バタバタと玄関に向かう足音がリリーに近づく。


「あっ」


 加奈子は帰ってきたリリーの姿を見ると、口に手をあて夫の帰還を待っていた声をあげる。


「ごめん。遅くなった」

 リリーは腕を広げ、近づく加奈子を抱き迎える。


「帰ってこないかと思った」

「ごめん」


 リリーのいない夜、加奈子は何をしていたのだろう。リリーは知らない。


「加奈子、お腹空いた」

「うん、朝御飯作るね」

「それと、風呂も入りたい」

「うん、お風呂も沸かすね」




「あ、そうそう。加奈子、これ百合子さんから」

「えっ!? お母さんから」

 リリーは百合子からの手紙を加奈子に渡す。

「んー。ちょっと、遅刻しそうだから。学校で見るね」

 加奈子は手紙を受けとりスカートのポケットに入れる。



 リリーは加奈子の作る朝御飯を食べる。ご飯とみそ汁とつけ物と玉子焼きといった質素な朝食だ。

「私、もう行くね」

 時間は学校の始業までギリギリだ。加奈子はギリギリまでリリーに付き合ってくれた。

「ああ」

 リリーは加奈子の作ってくれた朝食をかきこむ。

「それと、お風呂。あがったら掃除してね」

「ああ」


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 加奈子は急いで学校へと行く。遅刻してしまうからだ。

 だが、リリーは遅刻する気マンマンである。

 だって、朝帰りだし。風呂も入るし。

 誠に、自分勝手な理由で遅刻する気だ。



 

 加奈子が学校に行き、しんっと静まりかえる。

 一人の食卓というものはこんなに静かなのか。


「昨日の晩の加奈子も……今朝の彩香も……こんな感じなのか……な」


 誰かと一緒に食べるはずだった食事。

 それが、いきなり一人になるというものはどういうものなんだろう。



「…………選ばれなかった者」



 リリーはふと口にする。

 必ずしも、自分の思い通りにはならない。

 世界は自分を中心で回ってはいない。

 


 やりたいことがある。でも必ずしもやれるわけではない。

 自分の力ではどうしようもないことがある。

 人事部の判断で選ばれないこともある。

 審査員の判断で選ばれないこともある。

 気まぐれで選ばれないこともある。

 誰かの強い想いによって選ばれないこともある。

 不意の災難によって選ばれないこともある。

 神によって選ばれないこともある。



「私の選択肢の能力は、パラレルワールドに行けるわけでも、見れるわけでもない。だが……」


 もし…………。もし、選択肢の出る直前に戻れるのなら……。

 もし、選択肢が出る度にセーブができて、『続きから』ができるのなら。

 別の選択をした世界が見れるなら…………。



「何が変わったのであろうか」




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