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8話、ギルドとチィ飴


一人の年若い、地球という異世界から来てくれた青年ミツキ様。そんな彼が作ったプレーンクッキーは素朴な味だったけれど、とても優しい味がしました。最初は意味の分からないことだと半信半疑に思っていたのですが、リョダットが毒味も兼ねてミツキ様のクッキーを食べたとき、リョダットの目が変わるのを見逃しませんでした。


ミツキ様は純朴な方のようなので、リョダットの魔の手から守らねばいけません。あれの節操なしには城中が手を焼いているのです。……こほん、話が逸れましたね。


わざと視線を逸らしたりしておりましたが毒も入れることなく祝福も良好、これならどんな方でもミツキ様を守ろうとするでしょう。ミツキ様はハイネリッヒ卿に連れられて行ってしまわれましたが、ミツキ様のクッキーを食べて一波乱ありました。上限はあるけれど、自身のスターテスが食べ物を食べるだけで上がる。そんなことを体験したら誰でも驚くと思います。


侍女長としてそれなりに厳しい修羅場を潜り抜けた私でさえ、驚いてしまい数秒だとは言え言葉をなくしたほどなのですから。どんな手を使ってでも、これほどの祝福を施せるミツキ様にはここを永住の地として選んでいただかなくては。とりあえず、また騒ぎ出した陛下達を止めねばなりません。親しみやすいのは王族として良いことなのですが、さすがに奇行は不味いと侍女長である自分は思うのです。



【とある侍女長の秘密手記にて】



* * *



レンガ造りのこじんまりとした可愛らしい民家が並んだと思えば、中央には盛大に水を吸い上げまき散らす噴水のある広場。木製のベンチが噴水の周りにあり、そこに座って井戸端会議に精を出す主婦や周りを走り回る子供たち。少し離れた場所には露店を営む人たちがおり、はぐれたら探すのは難しそうなくらい人々がごった返している。やっぱり俺のボキャブラリーが貧困すぎて表現しきれないな。



「ミツキさん、もし迷子になったらこの噴水広場を目指すと良いですよ。城下町の中心に位置していますので、ここからならすぐ行きたい場所が分かります」


「そうですか。それはありがたいです」


「それでミツキさんの働く場所、ギルドの位置なのですが……あ、あの建物ですね」



成人した男性に向かって最初に迷子の案内とか、俺はサラさんになんて思われてるんだろうか?まぁでも困ってからでは遅いので、ありがたくサラさんの言葉を頭の片隅に覚えておこう。彼女が緩やかな動きで指を示したのは民家のレンガとは色の違う赤い屋根が特徴的な建物で、俺がその建物を見てまだ少ししか経っていないのに武装しているちょっと強面の人たちがひっきりなしに出入りしている。


普通の日本人だったらあの建物の中に入るのは遠慮したい、と思うだろう。俺だって強面の人たちがいると分かっている建物になんか、サラさんに引っ張られなきゃ入る気すら起こさなかったさ。どこをどう考えても自主的じゃなかったけど、俺は内心ドキドキと心臓を早鐘のように打ち鳴らしながら建物の中へ足を踏み入れる。途端に俺の耳が拾ってくる冒険者たちの大きな喋る声に、視界に入るギルド内。



「……」



何個もある受付にいる冒険者に、ギルド内にある酒場のような場所で食事をすませる冒険者。壁には大きなコルクボードのようなものがあって、それを真剣に見つめる冒険者。典型的なファンタジーゲーム、ただしめちゃくちゃリアルな再現……だと思う。言葉も出ずにただただギルド内を見渡している俺にサラさんは小さく笑みを漏らし、俺の手を取ると酒場に向かう。



「おやおや、サフィラ様じゃないか!めずらしいこともあるもんだね」


「こんにちはディナ、お久しぶりです。ミツキさん、こちらはわたしの乳母をしてくれたディナ。このギルドの酒場で働く冒険者たち皆のお母さん、って感じですね。ディナ、こちら例の件で働くミツキさんです。諸々はこの間話し合った通りなので、分からないことがあればギルド長か城に早馬を送ってください」


「へぇ、この子が例の!」



一段だけ床が下がっている程度で、酒場とギルドの境界線はないに等しい。和気あいあいと言うか、ゆったりとした時間が流れているようにも感じる。俺はサラさんに連れられるまま、年かさの女性の前へ。人好きのする満面の笑みを浮かべながら、ディナとサラさんが紹介する女性は俺とサラさんを何往復も見てとても面白いものを見た、って感じだ。邪推されても困るのはサラさん……いや、俺か。


ディナさんの歳は70歳くらいだろうか?だとしたらサラさんの乳母をしてもおかしくはない、よな。あまり女性に歳を聞くとやぶ蛇になる確率が大きいので、俺は勝手に推測して勝手に納得しておく。俺に負担をかけないようにしてくれているのか、この世界の人たちは随分と色々察しが良いように思える。まぁ、俺的に楽だから良いんだけど。



「わたしゃギルドの酒場を仕切らせてもらっている、ディナっつー老いぼれだよ。国王陛下から直々にあんたの扱いについて何度も聞かされたよ。今日はもう疲れているだろうからね、明日からちょっとしたものを作ってもらおうと思ってる。ババアが同僚で嫌かもしんないが、よろしく頼むよ」


「そんなことありません。俺はま、じゃなくて、ミツキです。こちらこそよろしくお願いします」


「いやだねぇ、若いもんがババアに遠慮しっちゃって。まぁ、ゆっくり仲良くなろうじゃないか」



祖母を思い出させるような慈愛に満ちた表情を浮かべながら、ディナさんはシワシワの手を俺に差し出す。俺はその手を取りつつ自己紹介をするんだけど、名前だけにしておく。日本での名字名前に慣れていないだろう、ってのが一番。あとは名字を言われてもあまりこの場所では関係ない、ってのがあるかな。


手が離れれば今まで大人しくしていたサラさんが豊かな胸の谷間から銀色に輝く鍵を取り出し、俺に笑いかけると階段を指さす。今日はもう休んでも良い、って言われたからつまり部屋で休んで良いよってことなのは分かる。でもなにゆえ、サラさんの胸から俺の部屋の鍵が出てくるのだろうか?色々と残念なサラさんだけど、女性に対して免疫のない俺にとってちょっとしたことでもドキドキするんだって。


いやいや、俺に好意を持ってるのは日本人が出来る祝福が欲しいだけ、国に俺を籠絡するよう言われているだけ。そんなことを思いながら僅かばかりに上昇してしまった体温を下げ、平静を取り戻す。好意で俺に優しく接してくれているのは分かるんだけど、それに甘えて胡座を組むのはいけないと思う。与えられるものを享受する受け身ばかりじゃ良い男になれないのよ、と祖母が教えてくれたからね。



「ここがミツキさんのお部屋になります」


「あ、はい」



俺の部屋だと示されたのは、ギルド二階の奥で廊下を歩いて気づいたんだけど一番造りが良い扉。仮眠室だの書庫だの応接室だのギルドマスターの部屋だの、そんな場所を通らないと俺の部屋にはたどり着かない。ギルドマスターが俺の部屋の番人、みたいな感じなんだろうか?こ、心強すぎる。


サラさんが手に握っていた鍵を扉の鍵穴に差し込み、ゆっくり回すとカチリ音がしてその音を聞いた彼女は扉のノブを掴んで回し扉を引く。少しドキドキしながら中を覗けば、そこは俺の住んでいたボロいアパート部屋より2倍近く広い空間が広がっていた。身一つで来ても良いくらい必要最低限の家具は揃っているし、俺のために日本から輸入したらしい3点ユニット。諸々は魔石頼りだけど、慌てる必要はない。


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