表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

6話、偉い人とプレーンクッキー


「薄力粉、無塩バター、砂糖、卵。量は程々であまったら自分で食べますん……」


「それはないかと思われます、ミツキ様」



食材を取り出しながらターシャさんに話しかければ、食い気味というか食いながら返答してくれる。あ、そうですか、ありがとうございます。気を取り直して薄力粉を200gに無縁バターを70g、砂糖70gに卵一つを用意すれば終わり。ボウルや粉ふるいは貸してもらうし、随分と気楽なものだ。


俺の作る手料理に興味津々と言った感じで眺めてくるターシャさんに苦笑しつつ、ボウルの中に無塩バターを入れてなめらかになるまで混ぜ、なめらかになったら砂糖を一回でダバッと入れてすり混ぜる。コップのようなものを借りて卵を割り溶き卵を作っておき、3~4回に分けて入れ混ぜる。そして薄力粉を粉ふるいでふるいつつ中に入れ、切るように混ぜ混ぜ。祖母といかに楽に作るか、で編み出した作り方だから良い子の皆はもう少し丁寧にした方がいいかも。


混ぜ混ぜしてまとまってきたら、今度はこねこねタイムだ。ひたすらこねこねしながら2本の棒状にまとめて冷凍庫で1時間以上放置、なんだがここは異世界なのですぐにすむ。度の過ぎたファンタジーは科学よりすごい、って隣の兄ちゃんが興奮しながら言ってた。あ、ワンポイントなんだけどこねこねして中の空気を抜いておくと、切るとき割れないよ。



「ミツキ様、オーブンはこんな感じでよろしいでしょうか?」


「あ、はい。ばっちりです」



冷え冷えの生地を5mm幅に切っていると、自主的に手伝いを申し出てくれたターシャさんから声がかかった。彼女はこの城にあるどんなものでも使い方を熟知しているらしいので、魔石のはまった調理器具の使用方法なんて分からない俺は女神にすら見える。あとで冷却するやつと一緒に使い方を教わらないと……。


このクッキーは膨らんだりしないから敷き詰めて、180度で普通なら15~20分焼くんだけどファンタジーなのでお構いなし。まぁ、この城の設備が最先端過ぎるみたいだけで俺が働くであろうギルドは時間がかかるらしい。俺好みの焼き色になるまで待って、取り出せば辺りをいい匂いが充満する。



「出来た。簡単なものですが、どうでしょう?」


「良いんじゃね?」


「っ!?」


「リョダット、ミツキ様を驚かせないでください。あと、気配を消してくるのを止めてください。わたしとしたことが、不覚を取りました……」



火傷しないように気をつけながらオーブンからプレーンクッキーを取り出して台に置き、すぐ後ろにいるであろうターシャさんに問いかければ似ても似つかない低い声に思わず肩を跳ね上げてしまう。それにすぐさま反応したのが苦々しい表情を浮かべたターシャさんで、彼女が諌めれば声の主は「ごめんごめん」と軽い感じで俺へ謝る。大丈夫だからいいけど。


声の主はターシャさん曰く、料理の腕は世界中を探しても滅多にいない料理の神に寵愛された天才。だけど女性関係に男性関係、人間に獣人にはたまた友好関係を築く魔物まで、と爛れに爛れまくって刃物沙汰も日常茶飯事の歩く猥褻物とはこいつのこと。本当に料理の腕だけはすごいんです、と若干げっそりした表情で言うターシャさんに涙を禁じ得ない。天才とアレは紙一重を地で行く彼はこの城の料理長リョダット・クック、現在珍しく恋人募集中の36歳だそう。



「ん、俺様の舌でも耐えられる味だな。食材はきちんとした手順で精製されてる新鮮なものだし、食材の少なさの割りに味も良い。ま、とりわけなんも特化したものがねぇ普通の味だ」


「ミツキ様、彼はミツキ様を褒めております。あまり嬉しくはないと思いますが、滅多にないことなのでお知らせしておきますね」


「は、はい……」



調理場の入り口に立っていたリョダットさんはプレーンクッキーが置いてある台に近づくと、その一つをひょいと摘んで食べてしまう。まぁいっぱい作ってあるから一つくらい食べられても構わないよ、リョダットさんが来なければターシャさんと品評会みたいなことしようと思ってたし。そしてクッキーを味わうように黙々と食べていたリョダットさんが口にしたのは、至って普通だと言う評価。良いじゃん普通。



「お、マジでスターテス上がってる」



ターシャさんがリョダットさんの言葉を通訳してくれるも、俺としては気の抜けた返事しかできない。その間にも彼は自身の胸ポケットらしき場所から名刺程度の大きさをしたカードを取り出し、それをマジマジ眺めてはしゃぐと言ったカオスっぷり。リョダットさんが見ていたのはギルドカードと言うもので一度に限り作るのがタダ、な身分証明書らしい。簡単に言えば自身の全てが書かれていて、なにかが起こればすぐ確認出来るオーバーテクノロジーな代物。


詳しい話は陛下からしていただけると思います、とターシャさんは軽く俺に対して頭を下げる。インパクトのある出来事があって忘れていたけど、そう言えばサラさんが呼びに来てくれるまでの暇つぶしだ。……だった、っけ?そんなことを悶々と考えていると、いつの間にかリョダットさんが調理場の入り口におりターシャさんに話しかけた。



「ターシャ、俺様はこいつを認める。こいつの料理は普通も普通だが、祝福は俺様より一級品だ。なにか言ってくるやつがいたら分からせてやれ」


「言われなくても分かり切ったことです」


「そしてお前」


「は、はい!」



俺のことを気にかけてくれる人が増えた、って認識でいいんだろうか?ありがたくもあり、昔からそう言う人が少なかったから恥ずかしくもあるな。ターシャさんに話しかけていたリョダットさんは不意に俺へ指を突きつけながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると爆弾発言を言い放つ。あ、駄目だこの人。



「一人寝が寂しくなったら俺の部屋に訪ねてこい。寂しさなんて感じないくらいかん……」


「リョダット!」



本当は俺がやらなきゃいけないんだけど、ターシャさんがプレーンクッキーを綺麗な布の入った籠につめてくれる。そしてリョダットさんの発言を聞き手を止め大きな声を張り上げるも、聞く耳持たないリョダットさんはすぐさま早足で逃げ見えなくなってしまう。そう言えば異世界は性に寛容なんだ、ってこれも隣の兄ちゃんが言っていたような気がする。あの時は言葉半分で聞いてたけど、本当だったんだなぁ。


少しだけ怒ったような雰囲気をまとわせていたターシャさんだが、今ではそんな様子を微塵も感じさせないくらいにプロ侍女っぷりだ。俺がやらなきゃいけないであろう調理器具の後かたづけとか、気づいた時には終わってるんだから。綺麗な籠にプレーンクッキーも入れてもらったし使ったものも戻したし、さっきまでいた部屋に戻った方がいいんだろうか?


部屋にいったん戻りましょうか、とターシャさんが俺に言った時、彼女の通信の魔導具が反応したらしく俺に断ってから調理場の片隅へ行く。見えるのか?ってくらいちょうど良い。ファンタジーの世界なんだからそれくらい出来るのかも。1分と経たずにターシャさんが帰ってきて準備が整ったようです、と。一般市民の俺が異世界だとは言っても国王陛下に会うのか、粗相をしても笑って許してくれるといいな。



「ミツキ様、陛下の私室にご案内させていただきます。他人の目がたくさんある謁見の間でお会いになるよりはミツキ様の負担が減るだろう、と老婆心ながら提案させていただきました」


「あ、ありがとうございます。助かります」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ