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4話、始まりとカップ麺


そして時間は過ぎ、現在の時刻は九時前。かなりぐっすり快眠してしまったらしく、ちょっと焦ったくらいだ。改めて大した時間ではないけれど住んでいた我が家を見渡せば、がらんとした室内と何袋にもまとめられたゴミ袋、あとは煎餅布団だけ。まぁ、ここは寂しいとかの気持ちはないから別にいいや。



「この布団は処分してもらって、ゴミもか……。あとは、もう一回忘れ物がないか確認だな」



ぼんやり呟きながら、俺は腕輪を見つつ最終確認のようなことをする。行けます!とか胸を張って言っても、向こうに行って気づくとか恥ずかしいからな。これとこれとそれにあれ、何度も確認しているとふいに我が家のインターホンが鳴り響き、俺は少々緊張しながら扉の前まで行く。


一応色々とあれなので扉の覗き穴から外を覗けば、間近に見えるは満面の笑みを浮かべて立っているサラさん。ついこの間、ふわっと香ったいい匂いを思い出し一瞬だけ頬が赤くなった気がする。まぁ気を取り直してサラさんに聞こえないように咳払いをし、扉をぶつけないようゆっくりと開いた。



「おはようございます、こんにちはミツキさん!よく眠れましたか?わたしはミツキさんがこちらの世界に来ていただけると思うと、胸がときめいて食事も喉を通らず、とても興奮する有意義な夜でした」


「……は、はぁ。あ、おはようございます」



扉を開ければ満面の笑みを浮かべたサラさんは昨日と同じようなテンションで、俺はホッとしたような残念なような。とりあえず自分も挨拶をし、彼女を部屋の中に入るように言う。決して卑しい思考の元じゃないからな?女性を立たせてずっと玄関先で話し込むのはちょっと、って思っただけだから。


余計に興奮しだしたサラさんをしり目に、俺はお茶セットとちゃぶ台を腕輪から取り出す。煎餅布団を部屋の隅に追いやったので、ぽっかりと空間が空いているからそこに置いてサラさんを座らせる。すると締まりのない表情をしていた彼女だったが、一瞬にして仕事をするそれに変わりなにやらごそごそし始めた。



「サラさん、粗茶ですが……」


「ありがとうございます、ミツキさん。わたしもお土産を持ってきてミツキさんとお喋りして心の距離を近めたかったのですが、上司である陛下がミツキさんに決まったなら早く迎えに行けとうるさくて。なので諸々の最終確認と、ミツキさんの準備が出来ているのならすぐにでも転移していただこうかと」


「あ、はい」



あまり音を立てずにサラさんへお茶を渡せば、綺麗な微笑みと共に頭を下げられる。そして慣れたいつもの彼女へ戻り、いつも通りの言葉の隅っこに至極真面目な話をぶっ込んでくるので少々気が抜けない。今回は簡単だったけど、ちょっとだけ話を聞き逃すんじゃないかってヒヤヒヤする自分がいるんだ。


サラさんが懐から取り出したのは一枚の紙で幾重にも円と幾何学模様が書かれており、多分だけどこれが転移陣とやらなのだろう。最終確認はこの部屋を俺がいなくなったら解約し、部屋の中に残っている荷物も処分してしまうこと。何故か俺は政府の庁舎とやらに住んでいることにする手続きもするし、俺の口うるさい親族とやらも黙らせてくれる。あとついでに失踪した弁護士は昨日のうちにサラさんが捕まえてくれたらしく、後々楽しいことが待っているとのこと。



「すぐに対応したのは、やはりミツキさんにはわたしの世界に骨を埋めて欲しいってやましい気持ちからなんです。でっ、でも、わたしはミツキさんに嘘を絶対言いません!今もこんな話をするのは、ミツキさんに全てを知っていて欲しいからです!はい!」


「……なるほど。俺も、ここから遠くの場所に行きたかったので、同じです。多分。諸々の覚悟は出来てますんで、もう転移しても大丈夫です」


「お、お、同じじゃないですよぅ……。でも、ミツキさんが決心してくださって良かったです。ではこれより転移陣を起動します。本当に、やり残したことはありませんね?と言いましても、三ヶ月後には帰って来れますので気楽に構えてください」



異世界に料理人として応募したら、面倒なことを引き受けてくれた……。これだけで俺としては十分なのに、サラさんは良心の呵責とやらがあるらしい。身軽っていい気分なんだな、まだ色々とあるだろうけど。俺の言葉でうっすらと目に涙を溜めてしまったが、サラさんはしっかりとした表情で俺に問いかける。もちろん、大丈夫に決まっているさ。


出してしまったものを片づけ、サラさんに頷いてみせれば彼女は床に転移陣を置いて俺にはよく分からない言葉で呟き出す。この言葉には女神様直々に授けられた、翻訳の祝福がかからないらしい。歌うように流れるように、サラさんの呟く言葉が終われば床に置かれた転移陣が神秘的な光りを溢れさせながら床全体に広がり、よりいっそう光り輝くとあまりの眩しさに俺は目を閉じてしまう。



「ミツキさん、目を開けてください」



ちょっと勿体ないことしたかな?そんなことを思っていると、穏やかな声をしたサラさんから問いかけられ俺はゆっくりと目を開く。先ほど強めの光りを目に受けていたのでパシパシするような気のする目を擦りつつ、辺りを見渡せば変わりように絶句したように言葉を失ってしまう。でも、普通の人間なら当たり前だ。こんなこと、すぐに対応できる訳ない。


俺とサラさんが転移したのは、どこかの豪華な部屋の一室。俺には一生関わりなかったであろうロココ調みたいな調度品が部屋に並べてあり、目を開けたすぐ近くには四方ある部屋の壁一つが大きな窓になっておりそこから見える景色と言ったら、ボキャブラリーが貧困な俺が表現してもいいのか?ってくらいすごいとしか言いようがない。青い空に下に見えるのは城下町、遠くには大きいとしか言いようのない山があり、空を飛ぶ鳥たちは極彩色で少々ドギツいな。



「ここが、異世界……」


「はい、ようこそいらっしゃいませミツキさん。ここは弱小国と揶揄されますが、一番大地が肥沃で戦争も負け知らず、創世の女神エミエール様の加護を一心に受ける国ミティラスです。この部屋はミティラス国でも名だたる国賓しか滞在されることを許されない、今ミツキさんに一番似合う国賓室となります。その窓から見えるのはミティラス国の城下町バロニアで、その中にあるギルドの食堂でミツキさんには手料理を振る舞ってもらうことになります」


「国賓室……。あ、はい。って、ギルド……。はい、大丈夫です。大丈夫だと思いこみます」



思わずポツリと小さく俺が呟いた言葉に反応し、返事をくれるサラさん。たしか説明会に行ったときもそんな感じのことを言っていたような気がするが、戦争のことについては言っていなかった気がする。でも大丈夫そうだし、俺がどうこう言ったって意味がない。どんなに怖くたって、契約期間中はいなくちゃいけないしそれを破った方が怖そうだ。


視線をサラさんと外の城下町を行ったり来たりしていたら、聞いていないことを耳にして少々不審者のような動きをしてしまう。国賓室はギリギリセーフだとして、ギルドか……。聞いていなかったとしても、俺なら大丈夫だ。きっと大丈夫だ。根拠は今までの暮らしを見聞きしてもらえば分かるとおり、大概のことは許容出来るし飲み込める。だから多分大丈夫。



「大丈夫ですよ、ミツキさん。しばらくの間はこのわ!た!し!が!手取り足と、いえ、ど、同行したりしますのでご安心ください。ええとですね、これからのことなのですが、まずはミツキさんがここに来たことを陛下に報告しようと思います。少々離れてしまうのは心苦しいのですが、この部屋で自由にしていただいてかまいませんので少々、お待ちを……!」


「あ、はい」



ほら、サラさんも大丈夫だって言ってくれたし大丈夫なんだよ。大丈夫がゲシュタルト崩壊しかけてるけど大丈夫。それはそうと思いきり悔しそうな表情を浮かべたサラさんは思いきり名残惜しそうな表情を浮かべ部屋をあとにするので、俺はあっさりとした言葉と共に彼女を送り出す。考え事をしたかったのでちょうどいい、と座り心地の良さそうなソファーに身を沈め俺はゆっくり目を閉じた。


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