1話、始まりとカップ麺
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ファンタジーはファンタジーであって、空想の物語りとして楽しむもの。そんな夢のないことを大人は言っていたのに、ずっと昔から水面下で地球と異世界は良い感じに交流を持っていたらしい。
魔法を使うことが無いから地球上にはマナ(魔素)が掃いて捨てるほどあり、魔法を使って大抵済ます異世界には化石燃料や鉱物資源が豊富に眠っている。どちらもあまり要らないものだし、どちらも喉から手が出るほど欲しい。だから地球と異世界は手を組むのが容易かったらしい、と。
「次はお手元の資料の6ページを開いてもらい、集まっていただいた皆様方がどこの国のどこに配属を……」
ずっと水面下で交渉していて国民には黙っていたけどこの間、テレビやラジオ、ありとあらゆるものを使って全世界がその事実を告げた。混乱しなかったとはいわないけど、ほとんどの人間が受け入れたんじゃないかな?どうせ他人事だろう、と。
俺もその内の一人だったんだけど日本政府は急に、5名の料理が出来る者たちを募集した。家庭料理程度が出来れば可とし、年齢は成人済みが好ましく、勤務地は異世界。うん、ちょうどいいじゃないか。
他人事で無くなった俺は、天井知らずに跳ね上がる就職倍率に苦笑しつつダメ元で応募することにした。色々と待遇が良すぎるし、命が軽い世界だからと危険手当てまで出る。デメリットといっても、3ヶ月に一度しか地球に帰れないくらいだけど俺には関係ない。細かいことは端折るとして「貴方は選ばれたからどこそこの場所に来てください」と電話が来た時、正直とても嬉しかった。
「では、これにて簡易説明会を終わります。皆様の質問にお答えし、質問がなければ契約へ移らせていただきたいと思います」
「はいは〜い!ええと、資料の2ページに書いてあった賃金などの詳細は各国に異なる、って自分では国を選べないんですか〜?」
「はい、そうですね。月末に支払われる基本給が日本円で10万、異世界通貨のミュで10万……つまりは金貨10枚。それと各国の危険手当てや成果報酬などで差が多少付きます。こちらで適性やどのような手料理が作れるかを考慮し、五つの国に送りますので選ぶことは出来ません。休暇は働く場所と相談になり、契約の更新はたしか1年ごとです」
「では、わたくしも。3ヶ月に一度しか帰れませんと書いてありますが、それはどのようなことですの?」
「詳しい説明は端折らせていただき簡単に言いますが、皆様は魔法に対する耐性が皆無なのです。異世界に渡るため転移陣に乗って一瞬でも、耐性のない皆様には多大なる負担がかかります。それを回避出来る期間が3ヶ月、ということです。ちなみに耐性を付けたいのでしたら止めませんが、皆様なら1〜2年以上は常に軽い酩酊感に襲われるかと思います。こちらで言うなら幼児期ごく稀に発症する魔素酔い、ですね」
「は、はい!あ、あの、地球の住居や異世界の住居ってどうなるんでしょうか?地球の住居にはペットもいるんですが、その、一緒に行けますか?」
「そうですね、地球の住居は日本政府が責任を持って管理いたします。異世界の住居は社員寮、アパートメント、庭付き一戸建て、国によって変わるとは思いますが用意させていただきます。勿論、無料です。ペット……は、手続きをすれば連れて行けます」
「今更も今更なんだけど、本当に日本人の手料理には異世界人のステータスをあげる効果があるのか?」
「えぇ、あります。これは両世界の頭がいい人たちが、長年をかけて様々な方法で検証してくれました。地球に住む人たちが手ずから作ったものには、異世界に住む者たちを祝福する不思議な力が宿ります。自らに取り込むものほど強い祝福を授かりますので、料理が一番効率いいのです。そして一番私たちを祝福の出来る人間が、貴方たち日本人と言うわけです」
俺以外の4人がどんどん質問してくれたので、俺が聞きたいことはないと思う。質問が終わればお待ちかねってほどじゃないけど契約の時間になり、契約をするには異世界の偉い人たちが脇にいるからついて行けばいい。
手元にある資料には俺が就職するところは、小国ながら温暖な気候と肥沃な大地に恵まれ、異世界の主神である女神の加護が一番濃くあり、魔物に畏怖される龍たちの住処のある霊峰山が近くにそびえ立つミティラス国。
俺の周りにいた四人は早くも立ち上がり、辺りを見渡して自分を担当する人たちを探し出す。その姿を見た俺も慌てて立ち上がって担当者を探すと、こちらを見て微笑むお姉さんがいたのでそそくさと足を運ぶ。
二十代前半といった担当のお姉さんは日本人にはあり得ない、美しくきらめくプラチナブロンドの長髪にサファイアをはめ込んだような澄んだ青い瞳。刺繍などの豪華な装飾がされたローブを羽織っているので、体型は分からないけどそれを無視するほど胸の辺りが膨らんでおり、俺でも平均身長よりはあるのに5センチくらい背が高い。
「初めまして、真珠三月様。わたしはミティラス国で異世界の研究をしたり、異世界の方々を相手に交渉などの役目を陛下から直々に……って、長いですね。簡単に言えば異世界全般を担当する大臣ですので、三月様が我が国に来ていただいている間は、三月様が苦労なく料理を振る舞えるようにする召つ……じゃなくて、ええと、おはようからおやすみまでを担当するアドバイザーです。わたしサフィラ・ハイネリッヒ、歳は68、独身貴族を満喫中です!」
「……は、はぁ。呼んでいただいた通り、俺は真珠三月です。三月に生まれたから、三月って安直な名前を付けられました。今はアルバイトをして生計を立てる26……って、は?」
身長は俺より高いけれど儚げな容姿を持った担当者は、口を開けばマシンガントークをするようだ。色んな情報を詰め込んできた彼女に俺は気の抜けた返事を返していたんだが、不意打ちのような年齢を思い出して目を見開く。思わず漏れた素っ頓狂な声に、彼女もなにに対して俺が言ったのか分かったらしく説明してくれる。
自分は人間とエルフのハーフで、ハーフと言えどエルフの血が入ってると3倍の時間を掛けて成長する。つまり人間換算すれば自分は22歳と6ヶ月、もうひとつオマケにつまり女盛りの花盛りなんですよ!と。心底どうでもいい情報もあるが、俺は出来るだけ神妙な表情を浮かべ頷いておく。俺にそんなことを強調されてもな……。
少しばかり先行きに不安を覚える自己紹介も終わり、俺は彼女に一つの個室へ通された。そこには会議用のテーブル一つと、パイプ椅子が二つ。対面するように促されて座れば、あとから彼女も優雅に座る。そして何もない会議用テーブルの上を軽くなぞったかと思ったら、次の瞬間には俺が送った履歴書などがテーブルの上へ並んだ。
「! て、手品……?」
「ふふっ。魔法と言う概念が否定された世界では、良くそんなことを言われました。現に地球の頭がかっっっったぁ〜い人たちを説き伏せるのに時間がすっごくかか……って、ここはオフレコでお願いします」
てへぺろ☆と言わんばかりに軽く舌を出し、俺を見られてもすごく困る。折角初体験だった魔法の余韻が彼女に邪魔されたと言うか何と言うか、まぁ向こうも俺も色々と手探りだから仕方ないよな。多分。こんな美人が俺の担当になってくれたんだし、是非とも仲良く出来るように頑張ろう。
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