タイタンに見た夢 ~The Kitchgaier~
原案、サイコザウルス。協力、ぜんでんさん。著、津山八雲。
当作品はサイコザウルス様がこういうのはどうかという持ち込みの案の元、ぜんでんさん様が色々考えてくれたので、私津山八雲がそれらの原案を元に書かせて頂きました。
苦手なロボット物ではありましたが、何とか頑張らせて頂きました。
最後まで読んで頂けたら嬉しいです。
『平和』なんてものがあった時代まで遡ろうとすると数えるのに両手だけでは足りなくなった時代まで世界は来ていた。日々戦争によって誰かが確実に命を落とし、日に日に疲弊していく国家は次々と立ち消え、既に国家と言える集団すらも限定されるようになってきた。
平和が崩れたきっかけも宗教や領土といった様々な問題であったため、時を重ねると共に歪みが幾重にも絡み合いもう今となっては誰にも平和という世界に修正がほぼ不可能になってしまっていた。
もう平和を手にするのはすべての争いで唯一の勝利するだけ。いつからかそれが当たり前にまでなってしまっていた。まだ国家としての姿を保っている国は例外なく終わりの到底見えない争いを続けていた。
やがて平和だった時代の子供達が憧れた巨大ロボットという存在を現在の人々は開発に成功し、それは『タイタン』と呼ばれ戦争の新たな兵器として投入され数年前から世界各国で主力にさえなっていた。
世界は『タイタン』を戦うために空に飛ばせていた。全ては自らの国の勝利や繁栄のために。
海に囲まれてはいるが、北側に大国があり海上を戦場にしている島国の国家があった。国号を陽和という。ここはまだ海に囲まれている故に直接的には本土では戦闘がないため、国民は比較的平和に近い生活送れていたが、それでも防衛線を突破して空襲と特攻をしていくタイタンもある。そのために本土防衛のための拠点として海に近い都市のほとんどのは軍事施設が置かれていた。
首都から程近い福原という街も例外ではなかった。福原は古くから貿易で栄えていたが、開戦以降もう何十年も軍港として機能してきた。
この日も福原には雛菊という軍用輸送艦が着艦していた。雛菊は着いてそうそう完成したばかりのタイタンの積み込み作業を始める。
そんな雛菊を横目に下船する人影があった。それらは用意されていた車に乗り込むと港を離れていく。
「例の機体の完成はしたようです」
後部座席に座った三人に運転席で運転していた男は前から目を離すことなくそう声を掛けた。
「実戦にもう投入出来ると?」
真ん中に座る女性はその言葉とともに厳しい目を運転手に向けた。それをルームミラーで確認した運転手は緊張したような顔つきになりながらも言葉を紡いだ。
「お言葉ですが、大尉。あれは試験機という話なのでは?」
「試験機でも実戦投入はよくあることだ」
強気の意見に運転手はそれ以上は何も言えなくなった。そのまま車内は目的地に到着するまでエンジンの音が響くのみであった。
車は十分程で目的地に到着した。運転手に大尉と呼ばれた女は降車すると入り口のそばに書かれていた、『福原軍事研究所』という文字を一瞥だけすると屋内に入る。他二人もそれに続く。
研究所のドアの奥に三人の姿が見えなくなると運転手は誰にも聞こえないように呟いた。
「主任はああいう軍人とどう渡り合うつもりなのだろうか…?」
正直研究所には事前に通告しなかったのは失敗だったかもしれないと女は歩きながら考えていた。国家直営の研究所で、更に言えば軍事の特に重要となるタイタンの新型を扱う場所とは思えない程、緊張感に欠けた場所であった。
本来この研究所はその名の通り軍に必要となるもの、例えば戦車や軍艦と言った兵器や兵士が身を守るための防具を開発する場所であり、機密も多く抱えている。
ここ以外にも当然同様の研究所は存在しているが、大抵はどこも静かで厳かな雰囲気に包まれている。しかしここはあちこちから研究に直結するとはとても思えない私的な雑談があちこちから聞こえ、廊下には書類や研究内容が含まれていそうなファイルが無警戒に置かれている。
「本当にここなのだろうな?」
思わず苛立ちを隠さないまま後ろに続く男に確認してみるが、彼らも戸惑っているようでただうなずくだけだった。一方ですれ違う研究員はすれ違う瞬間にただならぬ雰囲気や彼女の来ている軍服に気づき今までとは違った意味でざわつき始める。
「この部屋の筈です」
後ろにいた男が突然立ち止まって彼のそばにあった扉を指差した。
「そう」
女は数歩戻ってから入り口同様に、扉そばの『タイタン開発研究室』と書かれた文字を一瞥して、ノックしてから室内に入った。
「失礼する。私は帝国海軍空母衣笠所属、美旗咲大尉である」
その研究室は国を守るため、そして勝つための兵器である『タイタン』の新型を開発するための研究室であった。タイタンと一口に言ってもそれは多岐に渡る。世界最初のタイタンをはじめとする地上で活躍するもの。潜水艦や戦艦の代わりで水中で進化を果たすもの、戦闘機を凌駕する戦闘力で制空権を奪える飛行型と言った所である。
これらの全てを考えるのがこの研究室であり、首都も近い故にタイタンでは陽和最大の研究室である。そこにいるのは当然エリートであり、彼らは様々な実験を繰り返しているため、多少のことなら動じないのだが、突然声を張り上げて入ってきた軍人には凍りついた。
「お忙しい所とは存じ上げるが、至急責任者を呼んで頂き…」
用件を言おうとした美旗咲は自分の目の前で起こっていたことに絶句した。まず、自分を見つめたまま身動き一つしない数人の研究者と彼らの囲むリバーシ、その上に置かれている駒。次に散らかって元々のサイズや配置が全く分からないシステムデスクと電源がつけられたままのパソコン、そしてそこに表示されたままの機体の情報だった。
「……」
「……」
双方が沈黙する中、咲は頭を抱えた。
「取り込み中だったかな?」
瞳には確かに怒りという感情が見て取れ、研究者達の何人かは悲鳴を上げた。そんな中一人が立ち上がり咲のそばに立った。
「お見苦しいものをお見せ致しましたな。大尉殿」
歳は四十程度だろうか。研究員とは思えない体格の大男だった。
「貴殿が責任者ですかな?」
「いえ。私は一研究員に過ぎません。責任者の今治主任は工廠の方におられます」
「ではあれかな? 責任者の居ぬ間に貴殿らはお楽しみであったと?」
咲の歳は二十七であり、目の前に立つ男は絶対年上であるのだが、そんなことに構うことなく睨み付ける。
「結果的にそういう形になりますが、どうかサボっていたわけではないことはご理解頂きたい」
「ほう?」
「海軍の方ならご存知とは思いますが、先程海軍向けに新型のタイタンである迅風を出しました。それまでの苦労が報われ、束の間の休息を取っていたのです」
「所詮言い訳にしかならないが?」
「ごもっともです」
「この件は責任者殿にご報告させて頂く。貴殿、名は?」
「これは申し遅れました。中田義和と申します」
「中田研究員。覚悟をしておいて下さい。それで、責任者殿はいつお戻りか?」
中田研究員を睨んだあと、一通り室内を見渡すが、答える者はいなかった。本当に戻ってくる時間が分からないのか、はたまた咲を恐れているのかは分からない。
再び室内に沈黙が訪れる中で、咲と一緒にいた男達を強引に分け入る人影が突然現れた。
「これ何の騒ぎ?」
入ってきた二十代の男は場の空気を読むことなくそう発言した。あまりの空気の読まなさに軍人数人はたじろいだが、強引に入られたことを思い出し、その男を睨む。
「貴様、軍人をかけ分けていくとはいい度胸だな」
「あれ、軍人さん?」
男はそこで初めて気づいたように振り向いた。
「軍人さんが何の用?」
ふざけた物言いに咲は睨む。正直彼女は少々怒りかけていた。
「貴様、一体何者だ?」
「あ、悪い。申し遅れた。俺は今治友則、タイタン開発研究室の主任をやってる」
今度は軍人が凍りつく番であった。
「貴殿が主任…だと?」
「そう。若過ぎだろってしょっちゅう突っ込まれてるし、そのリアクションには慣れてるから安心しな」
少し狼狽える咲に対して彼は特に気にする様子も見せず、そう言ってから更に続けた。
「で、軍人さんが何の用かな? 今日来るって話はなかったと思うんだけど…。あ、もしかして迅風に異常でもありました?」
そこで咲は直立不動の姿勢をし、敬礼する。
「申し遅れました。私は帝国海軍空母衣笠所属、美旗咲大尉であります。今治主任、例の機体の引き渡しを御願いしに参りました」
「……。衣笠というとあれが配属される予定になってる船だったか?」
「その通りです。一か月後に福原に寄港します。その時にお引き渡し願います」
友則は顔の皺を寄せた。
「難しい話だな」
「何故です?」
「あれは試作機だ。まだ実戦に出せるような代物ではない。それにさっきだってシステムの調子が不安定で試験を中止したばかりだ。というか人を乗せる実験をほとんどこなせていない」
これには軍人だけではなく研究員からもざわめきが生まれる。
「正直一か月で改善出来るとは思えない。勿論全力は尽くすが…」
「ではそのように御願い致します。それと今治主任」
「まだ何か?」
「先程のこちらの研究員の方々の職務態度なのですが…」
「職務態度? 何か粗相でもしましたかな?」
「そういうわけではありませんが…」
咲が友則から目線を外した。それにつられて彼も目線を動かし、その先にあるものに気付く。
「ああ、なるほど。大尉、こいつらには後で俺から言っておくのでご容赦を」
「しかしそれでは…」
「大尉の言いたいことはわかるが、あれを短時間で完成させるにはここの連中を総動員させる必要がある。それでも一か月は怪しいがな。特に他に作り出すタイタンがない今ならなんとかそれも可能だ。だが処分で一人でも欠員が出れば…」
「…。分かりました。そういう事情もあるのなら今回は不問と致しましょう」
「そういってもらえると助かる。あ、そうだ」
「なんでしょう?」
「衣笠は一か月後に来るということは、大尉はしばらくはこっちにいるんだろ?」
「ええ」
「あれに現状に興味あるなら、また来なよ」
「それはどうも」
そういった所で咲は一礼し、退室した。退室した所で、
「どうもやりづらいな…」
と、漏らした。
「どうもやりづらいっすね」
扉がしまったところで、リバーシをしていた研究員の魚津焼燬は息が詰まっていたのが、ようやく息が出来るようになったみたいに大きく深呼吸してからそう言った。
「それはお互い様だろう。というかお前らよく軍人の前でリバーシなんてやってくれたな…」
魚津と同様に深呼吸や溜め息をついてる研究員達を見まわしながら、友則はそう呟いた。
「しかし今治さん。今日海軍さんが来るなんて話全く聞いてないですし、軍港からも迅風が無事に雛菊に搭載されたという連絡しか来なかったですし…」
魚津同様にリバーシをしていたらしい別府船穂はそう返した。
「まあ、そこが気になる所だけどな」
「主任、あの件は大丈夫なのですか?」
ずっとそばにいた中田が疑問を口にする。
「大丈夫なわけないな。というか半年あってどうかって考えていた俺にとって大誤算だ」
「先程も失敗したと…」
「ああ、どうも上手くいかなかった。前のテストパイロットが事故で入院して以降人を搭乗させて行う実験は全て失敗しているな」
「ちなみに今日のテストパイロットは何方が…?」
「俺だ。というか入院中の代行は全て俺がテストパイロットをしている」
そこで何故か部屋に沈黙が訪れた。
「お前ら一体どうした?」
研究員達の突然の変わりように友則が驚いた。研究員達は互いの目を見ながら困惑をしていた。そんな中魚津が口を開いた。
「あの…主任、ちょっと言いづらいんっすけど、主任もしかして機体に嫌われてるんじゃないんっすかね…?」
「おいおい、そんなオカルトがあってたまるか」
「いやだって考えてみてくださいよ、初めて代理で搭乗した日にゃ、主任のパーソナルデータ打ち込んだ瞬間にエラー起こして全てのシステムが強制的にダウンしてましたよね?」
「それに主任が工廠に行く日に限って出力が安定しないって話も聞いたような…」
「テストパイロットが入院する前の実験で、武装の試運転時に誤射で今治さんのいた辺りに向かって発砲したとか…」
口々に始める研究員達のこれまでの話の振り返りにちょっと困りつつ、友則は話を続けた。
「それでもやるぞ。お前らミスをフォローしてやったんだから、ちゃんと働けよ」
それにはきちんと礼と返事がそれぞれから返ってきた。
「あの、すいません…」
そんな中一人の研究員が手を上げた。
「どうした?」
「自分は『あの機体』というのが、よく分からないのですが、それは一体…?」
「ではまず、そこから説明する」
友則はそういうと、ホワイトボードの所まで動き、ホワイトボードに詳細を書き始めつつ説明を始めた。
「迅風を送りだした今、我々が制作しなければならない機体は今の所ひとつだけになった。それがST-17という試験機、『キッチガイヤー』だ。このキッチガイヤーの最大の特徴はその大きさにある。その大きさは四十メートルだ」
その言葉に計画を知らなかった研究員達からはどよめきがあがる。しかしこの反応は無理はない。何故ならタイタンの通常平均の高さは十五メートル程だからである。
「無論ただでかくなっただけではない、その分装甲は平均の何倍にもなってるし、武装も内蔵とすることで、飛行中の空気抵抗も少しではあるが、抑えてある。ただ、さっきから話題に上がっている通りなかなかうまくはいかない。とりあえず今は先の実験の失敗理由を上げたいと思う。各自のパソコンに詳細のデータと実験の結果を送るから、それぞれで検証してみてくれ」
友則は自分のパソコンの電源をつけて、全員にデータを送りつつ、
「頭数揃えて、どこまでやれるかね…」
と誰にも聞こえないようにつぶやいた。
「兄ちゃん、兄ちゃん…」
ふと友則が目を覚ますと、すぐ真上に見知った顔があった。
「友成か、おはおう…」
「おはよう…じゃなくて兄ちゃん寝坊してるって」
「マジか!?」
友則が飛び起きると陽は高い所まで登っていた。
「ヤバ…」
「兄ちゃん、朝ご飯が出来てるから早く準備して」
そう言って友則の弟の友成は部屋を飛び出て階段を下っていく。
友則はもう十年近くあの弟と二人でこの家に暮らしていた。家自体は両親がいた頃にはもうあったのでその点の苦労はなかったが、十以上離れた弟が自主的に家事をするようになるまでは大変だった。また、奨学金という制度を継続するために成績をよくしておかなくてはならなかったが、その努力故にいつしか秀才と呼ばれ、今の職場にもありつけた。
今友則は二十九歳になる。あの職場ではかなり若い方である。それ故にこの半月程はいつも以上に努力してきたのだが、早くも疲れが出てきてしまったようだ。
「もう歳かな」
そういって誰も聞こえないように冗談をつぶやきつつ身支度を整え、一回に降りて友成の準備した朝食を少々早めのペースで食べつつ、頭の中では研究の内容を考え続ける。
正直この半月で出来ることは思ったより早いペースで進んでいた。失敗した点の洗い出し、修正箇所の決定とそれに関係する微調整等だ。思ったより早く引き渡せるのかも知れないと考えつつ、そろそろテストを再開して良いか…等と次のステップもそろそろ考えなくてはならない。
「最近疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
食べ終わった食事を流しに持っていく際、友成がそう言った。
「今の仕事が終わったら、一段落すればしばらく落ち着けるだろうから大丈夫だ」
「ならいいけど」
実際他に早急にせねばならないことはない。きっとこれが終われば、こまごました研究の日々だろう。
「じゃあ行ってくるよ」
そういって家を出る。今日もまた忙しくなるだろうと思いながら歩き出すと、自分のすぐそばで車が止まった。故障だろうかと思いつつチラッと車内を見たら、後部座席に半月前に見た顔と目があった。
「……」
絶句した友則とは裏腹に、向こうは窓を開けて話掛けてきた。
「おはようございます。今治主任」
「おはようございます。美旗大尉殿」
そこにいたのは咲であった。
「今日はまた珍妙な所でお会いしまいしたね…」
「いえ、私は貴殿を待っていました」
「大尉殿、先日も思ったが、来るなら来ると事前に連絡をいただけないか?」
「これは失礼。しかし我々もあまり時間はないのです。ご容赦を」
「そうですか。で、何用かな?」
「率直に言いましょう。今の状態で構いません。例の機体を見せて頂きたい」
「分かった。じゃあ工廠で待っててくれ。研究所で資料だけ取ったらすぐに行くから」
「それには及びません」
「というと?」
「先程研究所の方までご連絡致しましたら必要そうな資料は持ってきて下さるとのことでした」
「……」
「というわけで乗って下さい。直接工廠に向かいます」
友則は少し考えたが、諦めたように溜め息をつくと、扉を開けて車内に入り、咲の隣に座った。車内に入った瞬間にあることに気が付いた。
「そういえば今日は一人なのかな?」
半月前は一緒にいた男二人の姿が見えないのである。
「彼らはあの時寄港していた輸送艦雛菊の人間です。私は福原まで雛菊に乗艦して来ましたが、何分福原に来たのは初めてだったので、雛菊の艦長の計らいで道案内をしてもらってました」
「そうか」
「そういえば主任。一つ気になっていることが」
「なんだ?」
「例の機体ですが、名前が変則的ですよね?」
「ああ、そこね。まあ、国の政策らしからぬ機体名とはしょっちゅう言われるね」
「何故か聞いてよいでしょうか?」
「単に俺が元々民間のタイタンを受注して作る製作所にいたから、そっちの方が俺らしいし。と言っても半年で今の所に呼ばれたからそれもおかしい話なのかもしれないが」
「半年で国営からスカウトですか?」
「そう、ブルーラインって機体を設計して実際に一機作ったら気に入ってもらえたみたいだ」
「あのブルーラインを貴方が?」
友則の言葉に咲は目を丸くした。
「お、知ってる感じ?」
「知ってるもなにも私は衣笠のタイタン乗りです。水中を自由自在に操れるブルーラインは出撃時にしょっちゅう搭乗しています」
「そりゃありがたい」
「私もあの機体の設計者にお会い出来て光栄です。なにせあの機体が私の出撃回数が最も多いですし…」
「では聞こう。あの機体は使いづらくないか?」
「そんな滅相もない。あの機動性や索敵性は群を抜いてます」
「ならいいんだけどな」
「何かあるのですか?」
「ここだけの話、実はブルーラインのスクリューって飛行用のブースターに換装出来るんだよ。だから長時間使い続けると接合部が脆くなる恐れがあってな…」
「それは整備さえしておけば問題ないのでは?」
「それはそうなんだけどな…。お、着いたか」
車が止まったことに気付いた友則は、咲と共に降りた。目の前の工廠の入り口には研究員の別府と魚津が書類を持ちながら立っているのが見えた。
「おはようございます、今治さん」
「お疲れ様っす」
「二人ともすまないな」
「大丈夫です」
別府と魚津は続いて咲に振り向くと敬礼した。
「先日は失礼を致しました事お詫び申し上げます。私は別府船穂と申します」
「魚津焼燬っす」
挨拶してきた二人に咲も返礼する。
「こんな朝から御足労頂き感謝する」
挨拶を終えた所で四人は工廠に入り奥へと進む。歩きながら魚津が機体状況を報告する。
「さっき確認した所今の所は出力が安定。システムもオールグリーンだそうっす」
「今日はテスト飛行可能そうだな」
「みたいっすね」
四人はやがて廊下一番奥まで到達した。その目の前には大きな扉があり、友則が別府に目配せすると、別府が扉の隣の装置を操作した。
「これが…」
扉が開き、奥にあったものが咲の目に入った瞬間に感嘆を漏らした。その先にあったのは高い天井に届く程高くまでの高さを持った黒い機体だった。そして友則が誇らしげに言った。
「そうこれが海軍さん向けの新型の試作機、キッチガイヤーだ」
「装甲は平均の三倍程度の厚さにして、少々の攻撃には無傷で耐えれるでしょうし、武装も頭、背中、両腕、両足に内蔵することで空気抵抗も若干ではありますが、抑えられるでしょう」
「ほぼ完成していると?」
「外は。しかしシステムに時々異常をきたしている以上は…」
別府の説明を聞きながら咲はキッチガイヤーを見上げていた。
「そうか」
「これがあれば早期終戦は間違いないです」
「しかしこれは量産が出来ないと聞いているが?」
「それはそうですが、敵本土までキッチガイヤーでいけばもう勝利は同然です」
別府はそういって得意そうな顔をした。一方、咲は別の事を思いついた。
「正直すぐにでも乗ってみたいな」
「危険ですよ…」
別府は不安そうな顔をした。しかし…。
「いいんじゃないっすかね?」
いつからか、システムの確認をしていた筈の魚津が後ろに立っていた。
「少なくとも主任は乗る気があったみたいっす…。」
「それはそうですけど…」
「それに大尉さんがテストしてくれた方がお上への報告もしやすいでしょうし、何より軍人さんにテストしてもらった方が主任が扱うよりは安心出来るっすよ」
「……。それはそうね…」
「失礼、それはどういう意味なのだろうか?」
「あ、いえこちらの話です。どうぞお気になさらず…。えっともし、大尉さんが望まれますなら掛け合ってみますが…」
咲は少し考えてから答えた。
「では御願いする」
『大尉殿、座席下に収納しているキーボードで情報をうちこんでほしい』
咲はコクピットの中で通信機の向こう側から響く友則の指示を聞きながら準備をしていた。試験機であるということや、その規格外差故に戸惑う所も多々あったが、概ねスムーズに準備は出来ていた。
思いのほかテスト飛行許可はすんなりと得られた。どうやら海軍が引き渡しを要求していることが大きく作用したようだった。
『飛行コースを今から送る。また、観測機をすぐう後ろに飛ばすから衝突だけはしないように』
「そこは心配なく。私はこれでもタイタン乗りですよ」
『これは失礼。では無事の帰還を祈る』
友則からの通信はそこで切られた。モニターは機体の外を映し出し、足元では手旗信号を掲げる整備員の姿が見えた。もうまもなくテストが始まるようだ。
咲は言われた通りに機体を操り、誘導されるままに移動する。そして工廠の外に出たところで誘導が終わる。
誘導した整備員が退避した事を確認すると、静かに通信機に告げた。
「発進する」
「無事に行ってくれたっすね」
「そうだな」
ゆっくりと上昇しつつ工廠から離れていく機体をモニター越しに見ながら友則と魚津は話していた。既に数百メートルは離れており、観測機も今しがた飛び立っていた。
「なんで俺ではなく彼女にテストパイロットに打診したんだ?」
「いや、主任にやらせたら、色々不都合が…」
魚津の言葉にあちこちから失笑が聞こえてきた。友則が機体に嫌われているという話が噂になっているからである。
「だからあれは偶然だって言ってるだろう」
「だといいんっすけどね…」
そんな話をしてる間にもテストは進みつつあったが、特に異常はない。
「このまま無事にいってくれるとよいのだが…」
「有ったら困ります。それに周辺海域、空域には念のために封鎖しているっすよ。あっても被害は最小限に出来るかと」
「彼女の腕とシステムの安定に掛かってるか…」
「思った以上に重い…滑空に入ったらどんどん落ちてく」
キッチガイヤーは咲が思っていたより癖のある機体だった。常にエンジンを強めに使っていないとその重さは重力に逆らうことなく落ちていく。故に常にエンジンを使う。車で言えば一速を変速することなく使い使うのと同じことだ。つまり燃費は頗る悪い。
「風が向かい風だとつらかったかも」
エンジンを常に使う割りに速度が出ない。それほど重量を持ってるということだ。
「真価は戦闘で見れるということかしら」
重い分パワーはあるだろうし、別府もそれらしいことを言っていたので咲はそう考えたが、生憎今回は飛行だけで発砲は一切許可されていないため、確かめようがない。
「まあ、重い以外の悪い所は今の所なさそう…。上々といった所か」
そう結論付けた所にすぐ後ろを飛んでいる観測機、『日和』から通信が入る。
『日和よりキッチガイヤーへ。そろそろ反転願います』
「了解」
テストコースは工廠から真っ直ぐ海上を進み、二十キロ地点で反転しまた一直線に進むという本当に飛行だけのテストだ。
『ここからは向かい風となります。ご注意を』
海上故に風はかなり強い。そしてここからは先程懸念したことになるため不安を少し感じたが、それを言葉にはおくびにも出ないように気をつけながら返答した。
「了解。二分後一度東側に機体を向けてから反転してから福原工廠へ向かう。念のために貴機は減速を」
『了解です』
咲の用意した時間は長い時間ではなかったが、日和は減速したようで、キッチガイヤーと若干距離をあけた。ある程度の安全を確保したのと、時間になったことにより、咲は操縦管をさっきよりも強く握り、それを横に倒す。
機体を曲げたことで予想していたより強いGが発生したが、難なく機体は百八十度反転した。それ続いて日和も反転して、先程同様にすぐ後ろに位置に張り付いた。
「やっぱり上々」
咲はそれだけ呟くと、一路福原を目指した。
着陸、工廠入りを難なくこなして、そこでテストは完遂した。降りるためにハッチを開けた。開けた瞬間に外から新鮮な空気が入り込んできた。初めて操る機体ということで、いや、次期海軍の主力となりうる機体という事で緊張し、必要以上に無駄な力が入っていたためか、その空気に触れた瞬間に思わず疲れが出てしまい、なかなか降りられず操縦席に座りこんでしまった。しかもその操縦席がなかなか心地よくてなかなか咲は動けなかった。
「長時間戦場当での待機や潜伏の際にパイロットへの負担を減らせるような設定かな…」
そのまま数分座り込んでいたらハッチに人影が現れた。
「大丈夫っすか? 大尉さん」
「魚津研究員?」
「そうっす。なかなか降りておられないんでGによって気絶でもしてるんじゃないかって下で話になってたんで、一応確認に来たっす。改めてお伺いしますが、大丈夫っすか?」
「あ、その…」
「大丈夫じゃなさそうっすね。担架用意した方がいいっすか?」
「それは大丈夫だ。ただ、一人で歩くのは少々つらい。肩を貸してもらえると助かる」
「了解っす。んじゃ失礼するっす」
そういうと魚津はハッチの中に入り、咲をハッチを出る所までは助けた。しかし、ハッチを出た所で降ろした。
「ここからは女性の手を借りた方が大尉さんも気が楽でしょ?」
「それはそうだな…」
「じゃあ別府を呼ぶっすね。…ああ、あの女結構馬鹿力あるんで心配いらないっすよ」
魚津は咲に笑いを誘うが、下から怒号が聞こえた。
「聞こえてますよ!!」
「あ、そういえば工廠って音が響きやすかったっすね」
魚津は思い出したように呟いたがその頃には別府は物凄い勢いで搭乗口まで上がる階段を上がっていた。
「アスリート並みの足もあるんっすね。新たな発見したっす。んじゃ大尉さん、ちょっと逃げる必要が出来たのでこれにて失礼します。どうぞお大事に」
本当にその怖かったのか、魚津は早足にその場を去った。魚津の姿が見えなくなってすぐに別府が現れた。
「逃げられたか…。美旗大尉。とりあえず医務室までお送りしますが、何か必要なものはありますか?」
「少々喉が渇いてしまったので、何か飲み物をお願いできる?」
「了解です」
咲は別府の肩を借りつつ医務室へ向かった。
単なる疲労で咲は動けなくなっただけなので、日が暮れる頃にはベッドから起き上がり、普通に行動出来るにまで回復していた。
咲は自分の所属している衣笠が福原に到着するまで、福原軍港の中に設置されてる寮を仮住まいにしているのだが、今すぐ戻ろうとは思わず、工廠のそばで海風に当たりながら、真っ暗な海を眺めていた。
緊張でなかなか気づいていなかったが、結構新型のタイタンであるキッチガイヤーの操縦には興奮していた。正直興奮が未だ覚めていなかったのだ。
日暮れまでは無事に帰還したキッチガイヤーの機体チェックやテスト結果のことで技術者や研究者が慌ただしく動いていて、騒がしかったのだが、今は一段落しているようで咲の耳には潮騒以外は聞こえない。
しばらくそのまま海を眺めていたのだが、足音が聞こえたのでそちらに振り返った。
「大尉殿か。随分お疲れだったと聞いたが、大丈夫ですかな?」
「今治主任…?」
そこにいたのは友則であった。
「主任がここにいてよいのですか?」
「ん? ああ、解析は済んだし、あとは微調整だけで、それももう技術者に指示したから大丈夫だろ」
「そうですか」
「で、乗ってみて如何でしたかな?」
どうやら友則はそれが聞きたかったようだ。
「正直機体の重さには苦労しました。ですが、それ以外は上々であったと感じました」
「それはよかった」
「ただ、武装だけ確認出来なかったのは非常に残念であったと思います」
「そりゃいきなりのテストで発砲は誰も許可出来ないから仕方がない」
「それは分かっています。ですが、戦場に出す前に武装のチェックをしておいた方が研究所してもいいのでは?」
友則はちょっと驚いたように咲を見てから、言葉を紡いだ。
「魚津からテストをしたいと聞いた時も思ったのだが、大尉はキッチガイヤーに随分ご執心なんだな」
「もし実戦に投入されたら私が乗るかもしれませんから」
「そうか…」
そう呟くと夜空を見上げた。そしてそのまま話を続けた。
「キッチガイヤーという言葉はいくつかの言語を混ぜて作った造語なんだ。キッチというのは『まがい物』という言葉を縮めた言葉で、『ガイヤー』というのは大地を表す言葉を勝手に変化させたものだ。つまりこれはまがい物の大地というのを表している」
友則の突然の解説に咲はひとまずは黙って聞くことにした。
「この『まがい物の大地』というのは今の世界の状態を俺なりに表したものなんだ。戦争はあるべき姿でない。だからとっとと終わらせてほしい。それが、あのキッチガイヤーに託した夢だ」
「どうしてそんな話を私に?」
「俺は研究者だ。いくら大層な夢や目標を掲げてもあくまで機体を作ってそれを戦場の兵士に託すことしかできない」
「……」
「だから軍人であり、実際に乗って戦うであろう大尉にも託そうと思ったんだ」
「主任の方がご執心ではありませんか」
「そうか?」
「ええ」
「まあ、それほどあの機体に賭けているんだと思う」
「主任…」
「もう福原が燃え盛り、人々が何が出来るでもなくただ逃げ惑うだけの姿を見たくないからな…」
「……十年前の福原大空襲ですか?」
「ああ。まだ大学に行き始めたばかりの頃に突然襲われたのを今でも時々夢に見るさ。あの空襲で両親と弟のうちの一人が犠牲になってな。特に父親なんて目の前で焼けて落ちてきた家の下敷きになる瞬間を見たさ」
「……」
「妹なんてそのショックに耐えられず今も疎開した祖父母の所で引きこもってる」
「戦争…ですから」
「そうだ。これは戦争なんだ。だからきっと向こうさんも似たような境遇なんだろう。それ故に恨んではないし、恨む資格なんてどちらにもないのだろうな。俺の、いや俺たちの作った機体で傷つけてしまう以上はお互い様って所だ。だからって殺しあうのもおかしな話なんだろ。けどそれは今すぐには止められない。止められないなら終わらせる。出来る限り被害を少なくした上で。もっともこれもまたおかしな話なのは分かってる。だが、大尉殿。これ以上戦争を長引かせるのはやがてこの国を滅ぼしてしまう。どうかキッチガイヤーで終わらせてほしい」
咲は思いもよらない展開にかなり戸惑ったがしばらくしてから頷いた。
「……。分かりました。貴殿の想いは確かに預かりました」
「ありがとう」
「私は軍人です。それは当然の事です。ただ…」
「ただ?」
「そのためにもさっさとキッチガイヤーも完全にして下さい」
その言葉に友則は微笑んだ。
「勿論だ」
その言葉に福原では誰にも見せることのなかった笑みを咲は見せた。
ほぼ同時刻。福原の軍港の一角、運ばれてきたものを一時的に保管する倉庫群の一角に魚津焼燬研究員の姿があった。彼は手にした書類を時々確認しつつ、積まれたコンテナの山から工廠から言われた部品を探し続けていた。
明かりのほとんどない場所での作業だが、ポケットからライトを取り出して明かりを点けて書類に書かれた文字を確認し、コンテナを探しだしコンテナの中を照らす。その繰り返しだ。
もう何回も繰り返したあと、次へ移動しようとライトを一旦消した瞬間、突然目の前が明るくなった。その眩しさに目を逸らしたが、前から声が聞こえてきた。
「夜分にご苦労ね」
「別府…? どうしたんっすか、こんな所で?」
そこにいたのは別府船穂研究員だった。その表情は鬼のようであった。
「身に覚えがないのかしら?」
「昼間のアレまだ怒ってるんっすか? いやまあ、その恐れもあったから自分もこの作業という名目でここに逃げてたのは認めるっすけど…」
「ほかにもあるでしょ?」
「ほかっすか…? ……。もしかして半月前のリバーシでみんなの目線が美旗大尉さんに釘付けになってる間にいくつかの駒をこっそり裏返してたことっすか?」
「余罪は叩けばいくらでも出てきそうね?」
別府はフフッと冷たい笑みを浮かべると懐から拳銃を取り出し、魚津に向かって構えた。
「ちょ、ちょっと待ってほしいっす…いや、待って下さい! 昼間の事やリバーシの事は冗談の範疇じゃないっすか。けど、拳銃は冗談にならないっす!!」
出てきたものに魚津は真っ青になる。
「そりゃあ冗談じゃないもの」
「その理屈はおかしいっす」
「じゃあ死にたくないなら吐きなさい」
「えっと…。去年書いたレポートは実はパクリだったっす…」
「……」
「えっとえっと、友人が酔ってることを知ってて運転させた…」
バーンと倉庫の中に銃声が響いた。魚津の足元にはつい数秒前にはなかった小さな穴が生まれる。
「ほかにあるでしょ? それ以上にもっと大きな駒を裏返したのが」
「二つ目結構ヤバいことを暴露したんっすけど…」
「次はその眉間を狙うわ」
「ほんとに待ってください…。自分が一体何をしたって言うんっすか?」
「じゃあいくつか聞くわ?」
「はい?」
「まず、今日の機体の実験で今治さんがテストパイロットをしなかったことに対して『主任にやらせたら、色々不都合が…』とか言ってたわよね? あれはどういう意味かしら?」
「いや、別府もしってるっしょ? 主任にやらせたら何が起きるか分かったもんじゃない」
「それだけかしら?」
「ほかになにが?」
「まあいいわ」
「わけがわからないっすよ」
「じゃあ二つ目、美旗大尉さんをコクピットから下したあと、あなたはどこに行ったのかしら?」
「いや、冗談を本気されて命の危険を感じたから逃げただけっすよ。今はそれ以上に命の危険を感じてるっすけど…」
「そう、まあいいわ。私はちょっと気になることがあったからハッチにこんなものを仕掛けておいたの」
そういうと銃を持っていない左手でポケットから何かを取り出し、魚津に示した。
「それは?」
「盗聴器よ」
その言葉に魚津の顔色が変わった。一方で別府は冷たい笑みで魚津を見つめたまま言葉を続けた。
「まあ面白い声が入っていたわ。逃げた筈の魚津研究員が周りに気をつけながらハッチに戻ってきた声や音とかね」
「お、落し物したからあるか確認しに行っただけっすよ。ほら、別府も大尉さんを連れていったっぽかったし」
「何をコクピットにおいていたのかしら? 思うのだけど、何かを勝手に観測させていたんじゃない? コクピットに。それなら今治さんにテストパイロットされたら不都合よね? それにこれまでのことを知らない美旗大尉さんならコクピットになにかあってもテスト用と言っても分からない」
「でもそれに憶測っすよね?」
「そうね。でも私が一番気になったもは、周辺空域や海域を封鎖したことと、その作業が終わるのが異常に早かったこと」
「そうっすか?」
「まるで最初からこうなることが分かっていて、予め封鎖する準備をしていたみたい」
「気のせいじゃないっすか?」
「そうかしらね。じゃあ魚津さんの持ってるその書類の中に入っていたキッチガイヤーに関する書類は誰に渡すつもりかしら? スパイさん?」
「スパイって人聞きの悪いっすね。大体そんな書類なんて持ってないっすよ」
「嘘ね。悪いけど、ここ一時間監視させてもらったわ。その中身も」
「…ほう?」
「私はこの国が負けるとは思わないし、絶対勝つとも思ってる。だけど、一国民としてスパイを暗殺しておくのも義務よね」
「……」
「じゃあね、スパイさん。あんたと対戦づるリバーシは嫌いじゃなかったわ」
次の瞬間に銃声が再び轟いた。
「な、なん…で…?」
地面に倒れ、自らの体から血を流していることに気付いた別府はかろうじてそう言葉を紡いだ。その背後には黒いスーツを着た男が銃を持って立っていた。
「自分で言ってたっすよね? 『誰に渡す』とか。当然近くに仲間がいたに決まってるじゃないっすか」
「そん…な、まわりに…ひとか、げな……て」
「合流はかなり後だったんすけど、どっかの間抜けが銃声を響かせてくれたんで駆けつけてくれたみたいっす」
「……」
「あ、こと切れたっすね。…自分もあんたとのリバーシ嫌いじゃなかったすよ。どんどん策にはまってくれたんで」
そういって男と共に倉庫から立ち去る魚津の顔はひどく歪んだ笑みを浮かべていた。
「別府が行方不明?」
「ええ、昨日用があったので工廠やら研究所やら探したのですが、全く見つからず」
「自宅には?」
「住んでいるマンションに行ってみた所、大家曰く一昨日から姿を見ていないようで…」
テストが終わってから二回目の朝を迎えて研究所に出勤した友則は中田研究員からそんな報告を受けていた。
「資料も持ち出して失踪とかないだろうな?」
「一応その可能性も疑いましたが、一昨日別府が研究所から持ち出した資料は全て工廠に残されていましたし、そのほかの資料もきちんと研究所内にありました」
「そうか…」
全て資料が工廠と研究所にあったなら産業スパイや敵のスパイであったという線は消える。ではなぜだろうかと友則は考えた。
「何者かにつかまり、新型の情報を吐かされてる…か」
「失踪届は先程出しました」
「そうか…」
「では私は一昨日最後にどこで別府は見たか全員に確認して参ります」
「大事にはするなよ…」
中田は大きい体を揺らしながら去っていく。その背中に向けて忠告をしたが、聞こえたかどうかはわからない。中田は決めたことは必ず貫き通す頑固な性格なのでああいった以上は絶対に全研究員に聞くだろう。
「無事だといいんだがな」
友則は別府の事を心配したが、ひとまず今はキッチガイヤーのことを考えることにした。パイロットである咲の言っていた通り、試験結果は上々のものであった。今までの試験結果を考慮したならこれはかなり大きく前進したと言える。細かな実験を繰り返し、大きな問題が…いや問題自体発生しないようであれば咲の持ってきた海軍の要求通り、空母衣笠に引き渡せるだろう。
ただ一昨日出来なかった武装を筆頭にやるべき項目はまだまだ多い。
「そんな中で研究員一人行方不明はちょっとつらいな…」
また浮かんだ懸念を呟いた。以前友則は咲にもこの懸念を示しているが解析には出来るだけ多くの頭脳があったことに越したことはない。だが、初期からキッチガイヤーの制作に参加し中心メンバーの一人であった別府が姿をくらましたのは物凄い痛手である。
「ひとまずは警察に任せるしかないか…」
一旦そう結論付けると、今度こそキッチガイヤーに専念すべく、自分の席についた。数分としないうちに同じタイタン開発研究室のどこからか中田が脅すように問う質問と泣きわめくような声で答える研究員数名の声が聞こえた気がするが友則はそれはスルーした。というより関知したくなかった。
しかし彼らの行動、心配、被害全て虚しくこの数時間後、別府の遺体が発見されることとなる。
『試験終了、お疲れ様です大尉』
工廠の技術者が通信でそう言った。今日もまた無事にテストが終わったのだ。
更に二週間たった。残りわずかな時間で咲の属する空母衣笠が福原に入港する予定だった。
「テストはこれまた上々かな」
咲はもう慣れた手つきで操作し、ハッチを開ける。もうこの動作もこの二週間でもうそろそろ両手では数えるのに足りなくなってしまう程だった。故に体も慣れて最初のように体が疲れて動けなくなるなんてことはあれきりである。
「お疲れ様です大尉殿」
搭乗口に降り立つと中田が待っていた。手にはタオルがあった。
「いかがでした?」
中田はタオルを咲に渡しつつそう聞いた。
「夜間でもほかの機体以上に遠くを見つめられた気がします。しかしあれでは逆に敵からも見つけられてしまうのでは?」
咲は受け取ったタオルで汗を拭いつつ、一晩掛けて行われていた夜間でのテストの結果…というより感想を述べた。
「あれは赤外線によって得られた情報の筈です。問題ないかと」
「なら良いのですが…」
「大尉が違和感を感じられたなら念のために後程確認をしておきます。…今はお疲れでしょう、仮眠室を準備させましたので、しばらくそちらでお休みになって下さい」
「気遣いに感謝する。ありがたくそうさせて頂く」
咲はそういって間取りを段々覚えてきた工廠を進んで行った。
「主任が来る前に怪しい箇所は確認しておくか」
咲を見送った中田はそう呟いた。先程まで行われてきたテストは一晩掛けて行われたため、当直は中田が務めて、友則は家に一度返した。本来ならば友則もこの場にいるべきなのだが、もう数日も徹夜で作業していたために、中田が頑としてそれを許さなかったのだ。頑固は伊達ではない。
だがそれ以上に他の研究員や技術者が揃いも揃って、
『主任にいられると夜間の試験なんてあまりに恐ろしくて実行出来ません』
『元々昼間より危険が伴い、また非常時の対応も夜分の方が困難だ。それなのに危険よりの可能性は推奨出来ない』
等と言ったものだから、昨日言われた本人はいつも『偶然』と返すと言い返す所もそれすら行うことなく、暗い影を落としてかえって行った。
しかし、それらは全て別府の死があったからだろう。
(あれは間違いなく殺人だった)
別府の件は今も捜査がされているが、これといった進展がなかった。しかし、別府の手には拳銃、床には銃痕があった以上は誘拐と言った類ではなく、自ら乗り込んで結果殺された可能性が示唆していた。
そのことを思い出しつつ作業場に向かい、一致度別府の事を頭から払い、今度は足元からキッチガイヤーを見上げた。こんな真っ黒なデカブツが二足歩行するなんて、計画した時点では成功するとは思っていなかった。今でも彼はこうやって見上げた時はこれは夢ではないのだろうか、と疑ってしまう。数秒間そうやって眺めたら、少しだけ呟いて作業に入った。
「主任が来る前にこれは終わらせてしまおう。じゃないと何が起きるかわかったもんじゃないからな」
「だか、ら…全部、偶…然だ…て…」
「兄ちゃん寝言なんか言ってないで起きてよ…」
友則は弟の友成の言葉に思わずハッとして目を開ける。どうやら悪夢でも見ていたようだ。友則は最近目覚めが悪くなっていた。
「……」
「兄ちゃん?」
「ん、ああ。なんでもない」
弟の不安そうな顔を見て、あわてて笑って見せる。しかしそれは外面だけなのは仕方がなかった。友則に人の死に触れるのは十年ぶりだった。もちろん十年前の空襲で亡くしたのは両親と弟と言った身内であったが、よく知った同僚を失うのもかなり堪えるものがあった。
「ならいいんだけど…。あ、兄ちゃん仕事はいいの?」
友成の言葉に思わず時計を確認すると時刻は八時四十分を回ったところだった。普段は歩きで三十分掛けて研究所まで向かう友則にとって十分程度で研究所に辿りつける自信なんて存在しなかった。
「ヤベ…」
「……」
友成は兄の言葉に呆れつつ、慌てて身支度をする兄に声を掛ける。
「気を付けてよね…。今日は特にどんよりとした曇りでいつ雨が降り出すか分からないし…」
「分かった」
そこから数分で身支度を整えた友則は玄関に向かった。玄関まで付いて来た友成に振り向いて、
「じゃあ行ってくるよ」
と、声を掛けた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
友成がそう返してくると、玄関を出た。外に出ると、強い風が海の方から吹き抜けてきた。
「こりゃ海の方から嵐でも来そうだな」
そんなことを呟いて研究所まで急いだ。
外から吹き付ける強い風によって窓が強く叩きつけられている。その時に発生する音によって、咲は目を覚ました。部屋の壁にある時計は九時半を指していた。テストが終わったのが五時頃であった筈なので四時間は寝たことになる。
咲は体を起こし、窓の外を見る。外は強い風が吹いていると共に海には高い波が発生していた。それを見て何やら胸騒ぎを覚える。
この程度で衣笠が何かしらの影響を受けるとは到底思えない。ではこの胸騒ぎは何なのか。
咲は理由の分からぬ胸騒ぎに悩み始めた時、咲のいた仮眠室のドアがコンコンと叩かれた。
「どうぞ」
それが風でなくノックと直感で分かった咲はノックに対しそう返事をした。
「失礼するっす」
入ってきたのは魚津だった。
「魚津研究員か。如何した?」
「えっとっすね、大尉さんに衣笠から連絡が来てるっす。至急事務まで来てほしいとのことです」
「了解した。ところで魚津研究員」
部屋を出ようとした咲はドアの所で立ち止まったままだった魚津とすれ違った所で立ち止まった。
「なんっすか?」
「貴殿、顔色が悪いが疲れているのではないか?」
魚津からは真後ろにいる咲の顔は見えない。かといって顔を窺おうとしてもなぜか体が金縛りにあったかのように動いてくれない。
「そうっすかね? まあしばらく休んでいないからっすかね?
魚津は言葉を続けるが、すごい恐怖を感じた。
「そうか。無理はされないようにな」
そういうと咲は去っていた。足音が聞こえなくなってからようやく魚津は振り向いた。咲がなにか感づいたのか、はたまた単に自分の身を案じてくれただけなのは分からない。
「そろそろ引くべきっすかね?」
魚津はただそれだけ呟いた。
「悪い遅れた!!」
友則は研究室に入った瞬間、そう大声で室内にいるであろう研究員達に向かい叫んだ。が、その直後に友則が見たのは二人しか残っておらず、明かりもその二人のいる区画以外は消えている研究室の姿であった。
「あれ?」
思わずそんな声を上げる。
「主任、昨晩の結果を解析しなくていいのですか?」
友則に気付いた研究員がそう言った。
「あ…」
この時になって友則は夜間にテストがあったことを思い出した。
「ということはみんな工廠か…」
「そうですよ。まさか主任忘れていたのではないのでしょうね…」
「そ、そんなわけないじゃないか…」
自分のデスクに荷物を置きつつそう否定した。せっかくここまで来たのと、これでも結構急いで研究所まで来たので少し疲れていたので休憩しようと思ったのだ。
しかし、明かりが点いていない一角だったため、何かにぶつけてしまった。そのため、かなりの物が床に落ちる音がする。
「ああ、なにやってるのですか…」
それに気付いた研究員二人は電気をつけて、落ちたものを拾いにきた。しかし、肝心の友則は明かりの灯り、照らされたデスクや床を見て茫然としていた。
「どうしたんですか?」
「いや、こんなにものがたまっていたかって思ってな」
「ああ、主任はここしばらく工廠の方に行ってましたから、郵便物が貯まっただけですよ」
確かに床に散らばったものとかろうじてデスクに残っていたものの大半は封筒や葉書であった。
「そんなにここを空けていたか」
「まああれは忙しくなりますよね…」
そういった研究員は何やら寂しそうな顔をする。何を思ったのかを察するのは容易い。
「一体何故別府は殺されたのだろうか?」
その言葉に拾う作業をしていた二人は思わず手を止める。
「そりゃあ軍の機密をしていたからでしょう…?」
一人はそう返した。ただ、もう一人は神妙な顔つきで拾おうとしたものを見つめていた。
「どうした?」
友則はそんな姿を見てそう聞いた。
「いえ、ただ噂をすればなんとやら…って本当にあるんだなって思って…」
その言葉に友則は怪訝な顔をする。
「どういう事だ?」
「これなんですが…」
研究員はようやく手元の封筒を拾い上げて友則に手渡した。それを友則は確認してみて驚いた。別府船穂という署名があったのだ。
咲は工廠から軍港へ向かって歩いていた。福原に来てからは常に車で行動していたが、工廠と軍港が近い事、それからもう道を覚えてしまったというのもあった。
歩きながらさきほどの通信を思い出す。
『衣笠はまもなく福原に接舷する。福原軍港で待機し、到着次第キッチガイヤーの件を報告せよ』
というものだった。このことを工廠を出る前に中田に言ったら、
『主任が着き次第、総仕上げに掛からせて頂く』
と、返してきた。おそらくこのまま無事に終われば衣笠に引き渡してくれるだろう。そこはきっと安心していいだろう。しかし、起きた時から感じる胸騒ぎは一向に収まる気配を見せなかった。これは一体何なのだろうか?
今日何度目かもう分からない程繰り返した問答をまた自問自答しようとした。
だが、倉庫の前で厳しい顔で海を見つめる魚津の姿を見つけた。
「魚津研究員?」
その声に気付いたのか、魚津が咲の方を見た。
「こ、これは大尉殿。お出かけっすか?」
「少し軍港の方に。貴殿は?」
「あ、えっと…、ちょっと気分転換っすよ、さっきも言われたっすけど、やっぱり自分はちょっと疲れているみたいなんで。それに…」
「それに?」
「いえ、なんでもないっす」
「そうか。あんまり休憩中に思いつめないように」
「それは大丈夫っす。少し風に当たったらすぐに戻るつもりなんで。休憩中は思いつめないっすよ」
「それもまた違う気がするが、まあいい。それでは」
「お疲れ様っす」
魚津のその言葉を聞くと、再び歩き出した。やっぱり胸騒ぎのことを考えながら。
魚津は先程と違って振り向いて、しばらく咲を見送ったあと、再び海を眺めた。
「どうも嫌な天気っすね」
そう感想を漏らす。正直な所、彼はまもなく逃げ出すつもりだった。
彼はもう十年はこの国にいるが、実の所陽和の人間ではない。もう人生の三分の一は陽和で過ごしてきたとはいえ、人生の三分の二を過ごした故郷があった。それは今この陽和と事を構えている国、夏王である。と言っても生粋の夏王人というわけではないらしい。らしいというのは彼自身も母親から聞いた話でしか知らないからである。魚津は夏王の隣接していた国の生まれである。しかし彼が三つの時に国として成り立たなくなってしまい、そこを狙って進攻した夏王に併合され、最初の故郷を追われたという過去があった。
彼自身もまた戦争の被害者であると言える。しかし彼自身は決してそんなことは思っていなかった。故にこうやって戦争に協力していた。
十年前から研究所に潜入し、機体情報を流し続けてきた。しかし、殺したとはいえ別府に怪しまれた以上この身が危険だ。なので彼は引くことにしていた。潜入した時同様に、まもなく起こるであろう混乱の中で。
「魚津」
彼は突然話しかけられて驚いた。今の魚津には人と接近されるのがもっとも怖い。さして時間が残っているわけではないのだ。
彼は冷や汗が出てきたことを意識しつつ振り向いた。そこには工廠にいる筈の中田だった。
「中田先輩どうしたんっすか?」
緊張が走ったが、それを悟られぬように慎重に話す。
「いや、ただ主任がお前を呼んでいてな」
中田はいつものと変わらないように言う。
「分かりました。主任は今どこっすか?」
「いや、ここで待っていろ。主任もすぐにここに来るそうだ」
「は、はぁ。にしてもよくここが分かったすね」
「そこが私も不思議なんだが、倉庫の前にお前がいると聞かされて、言われてみたらここに本当にいた」
その言葉に魚津が厳しい顔をした。まさかあの今治にも感づかれていたというのか。
「なんなんっすかね? 監視でもされてたんっすかね?」
魚津が冗談めかしていうとそれに対して別の声がそれに回答した。
「概ねその通りだ。まあ俺がしてたわけではないけどな」
そこに現れたのは友則だった。
「主任? それはどういうことっすか?」
その言葉にちょっと困ったような顔をしてから言葉を続けた。
「実は俺自身今まで気付かなかったんだけどな、実は死んだ別府から俺宛に封筒が届いていた。なんとこれが死んだ日の消印だった。んで、内容は届いた時に生きていたら即刻返せっていう前提がされてて、なにやらあちこちに勝手に盗聴器を仕掛けてたという告白と、ある場所を教えてくれたんだ。それを集積したデータを集めた場所、いや集めてる場所だな」
魚津は一言一言を聞く度に顔を厳しくしていく。それでも構わず友則は続いた。
「一応聞いてみたらびっくりしたぜ。別府の推理と射殺される所。そしてお前がスパイを認めること言った時にはな」
中田は驚きで硬直したまま魚津を見つめていた。
「でもって試にその場所の現在の音声を拾ってみたらなんとお前と美旗大尉殿の声が聞こえてきたじゃないか」
魚津は驚いて後ろを振り向いた。
「そう、死体の発見されたあそこ何台か盗聴器があったんだな。しかも今もまだ生きてるときた」
そこでようやく思い出したように中田は魚津に駆け寄り羽交い絞めにした。
「貴様という奴は…」
「……」
「おとなしくしとけよ、とりあえず憲兵に…」
友則が話しかけていた時、背後から大きな音がした。
「…来たっすね」
突然凶暴な顔を見せた魚津はそう言った。
「あ、あれは潜水艦!?」
「夏王の潜水艦っす。今から福原を焼き尽くす予定っす」
そういうと突然中田の羽交い絞めからあっさり抜け出し、どこからともなく持ち出したナイフで中田を刺した。
「中田!?」
「じゃあ主任、お世話になったっす」
驚愕する友則を尻目に、魚津は海に潜っていた。しかし、友則は中田に駆け寄った。
「中田! 中田!」
「大丈夫です。それよりも指名手配と、あと潜水艦を…」
「あ、そうだ」
友則は通信気を取り出すと、さっき研究室にいた二人を呼び出した。
「おい、聞いてたな?」
その二人には念のため、盗聴させ続けていた。
『はい、今軍と警察に音声ファイルとして証拠を提出し、通報しました』
「わかった。お前らも早急に避難を」
『了解です。主任もお気をつけて』
そこでサイレンが聞こえてきた。市民を非難させるのだろう。
友則は通信を終えると中田に肩を貸した。
「とりあえず俺たちも避難するぞ」
しかし、中田はそれを拒んだ。
「ダメです。敵は研究所にスパイを送ってきていたことを考えると、目的はおそらく…」
「キッチガイヤー…か」
「そうです。主任、私達はあれを守る義務があります。まだ海軍に引き渡してはいないのですから…」
「……」
中田の言葉に友則は立ち止まった。
「主任、ご決断を」
数秒目を閉じた友則は目を開いて決断を下した。
「敵、潜水艦目視で三基」
「なんでこんな内地に、警備隊は何をしていた!」
「レーダーでは確認出来ず。ステルス機と断定」
「タイタン全機緊急発進!」
空母衣笠の艦長への報告を終えた咲に待っていたのは敵襲来というニュースだった。人が慌ただしく動く艦内で咲はいつも使っている機体へ向かっていた。
「胸騒ぎはこれだったのか。せっかくならキッチガイヤーに搭乗して出撃してみたかったな」
そんな冗談を誰にも聞かれないように呟く。そういえば、この機体もあの機体も設計した本人はもう避難したのだろうか、と心に思った。
そんなこともチラッと考えつつも準備を済ませ搭乗する。もうスクランブルは出ていて、丁度空母の滑走路が空いていたので、すぐに入ろうかと思ったが、不意に設計者の言葉が蘇った。
『ブルーラインのスクリューって飛行用のブースターに換装出来るんだよ』
つまり水中戦しか考慮していないブルーラインでもある程度は空中で戦闘が可能ということだ。
「下から沈めるよりもミサイルポッドを黙らせる方が先か…」
そう呟くと、スタンバイしていた甲板員にスクリューからブースターへの換装を指示する。甲板員は唖然とした顔を見せるが、
「早くしろ!」
という咲の一括であわてて作業を始めた。
しかし、早くしろという咲の言葉に連動したように潜水艦は福原にミサイルを射出したのである。
「あっ」
まさにあっという間であった。一度車で通った福原の街並みから真っ赤な火柱と黒煙が上がったのがコクピットから見えた。
「そんな…」
更に敵は一機の潜水艦からタイタンを五機出撃させ、こちらの汎用機である迅風と交戦を始める。
「あの潜水艦も空母ということか」
咲はそう判断する。ということはかなりの大きさということだ。
そう判断した直後、水中で何かが爆発した。おそらく友軍のブルーラインが落とされたのだろう。ということは水中に何か仕掛けられているか、水中でも発砲出来る武装もあるということだ。
また水中で爆発が発生し、空中では迅風と敵タイタンが爆発し、散っていく。
だが、空中での戦闘を考慮していなかった迅風はの残り一機。瞬く間に敵機に囲まれてしまった。
「まだなのか…」
咲は自機の状態を確認するが、まだ取り付けに時間を擁するのは目に見えていた。
しかし、見かねたように甲板にとりつけてある衣笠の主砲は迅風を援護するように、対空射撃を始める。
「反応の遅れた一機が被弾した…か」
そう呟いた直後、再び潜水艦からミサイルが発射された。今度の狙いは一瞬で読めた。工廠だ。
咲が思わず目を見開いた直後、足しげく通い、この数週間で慣れた工廠の大部分が爆発した。中には試験ようの爆弾がかなりあった。おそらくは誘爆をおこしたのであろう。
「そんな…」
咲はそう漏らした。だが、次の瞬間、燃えゆく工廠の中で巨大な影が動いたのに咲は気付いた。ここからでもわかるシルエット。それはもう一つしか思いつかなかった。
「キッチガイヤー…」
少し咲の目には涙が浮かんだ。この状況であれを動かそうとする人間はある意味問題だ。だが、そんな問題を起こす人間は一人しか思いつかない。
「大尉! オーライです!」
その言葉に咲は涙をぬぐい、もうほかにタイタンのいない滑走路を進み、本来は飛べない機体で大空に羽ばたいた。
「さすがに死ぬと思ったな」
『そんなヤワな設計だったのですか?』
冷や汗が止まらなくなった友則は、今日は友則が乗っても動いてくれたキッチガイヤーのコクピットの中で、そう呟いた。そして観測機日和に搭乗した中田が軽口のように返事をする。
「馬鹿言え。流石にあのミサイルが直撃していたらちょっと危なかったぞ」
『そうですか。主任、敵機接近してきました。如何なさいますか?』
「俺はもちろん応戦する。中田、お前は怪我してるんだから離脱してもいいんだぞ?」
『お言葉ですが、主任この日和が直掩しなければ、この戦闘データを取集するのですか?』
「だが…」
『それにこの日和にも武装は存在します。それに私はこれでも元空軍です』
「道理でいい体つきなわけだ」
『お褒めに預かり光栄です。では参りましょうか』
「だな。大尉殿が楽しみにしてた戦闘データの取集を始めよう」
お互いに敵機が近づき、もう無駄口を叩いている余裕がないことを分かったので、日和はかろうじてまだ燃えてないカタパルトを使い、キッチガイヤーはその場で飛翔出来るように作られているため、そのまま飛び立つ。
敵機は二機だった。まず、日和が唯一装備していたライフルで牽制を始めたと共に空戦が始まった。
鈍重なキッチガイヤーに、武装の少なく本来は観測用である日和。当然押され始めた。
「せっかくだ、新型の武装のお披露目といこうか!!」
友則はそう叫ぶと共にキッチガイヤーの手を前に出した。実は指が銃口となっているのだ。すかさず発砲。一機に命中し、機体に大きな穴をあけて、爆発を起こさせる。
その直後にもう一機がキッチガイヤーに特攻を仕掛けてきたが、日和がそれに対し、射撃し、寸前で撃墜させた。
『主任、しっかりして下さい』
「すまない。で、データは?」
『問題ありません』
「よし、次は対艦戦のデータはでも収集しようか」
「もらった!!」
咲は飛行するブルーラインに戸惑いつつも一対一に持ち込み、接近戦でタイタン用のサーベルで敵機を突き刺し、なんとか撃墜した。
友軍の迅風もなんとか撃墜したようだが、損傷が激しかったため、空母に戻っていった。
「残りは…」
すでにあれから数回ミサイルを飛ばし、福原を火の海にしている潜水艦を睨む。
その潜水艦の周りでは多くの爆発が水中で発生しており、もう残っている機体はわずかとなっているだろう。
「覚悟!!」
咲はサーベルをしまい、代わりに二丁のライフルを構え、一直線に潜水艦に向かう。
「あれはキッチガイヤー?」
その途中に同じように潜水艦に向かうキッチガイヤーときっと工廠のものであろう日和が飛んでくるのが見えた。
「無事だったのか」
そう言って少し安心したが、次の瞬間に潜水艦が対空戦を仕掛けてきために、避ける作業に集中した。
「お、あれはブルーラインか。大尉殿だな」
『主任、大尉殿を援護しますよ』
「分かってる。幸いミサイルの射程範囲だから、ここから狙う」
『ミサイルにはミサイルを、ですな』
「妙なこと言ってる暇はないだろう…」
友則は言葉を返しつつ背中に内蔵しているミサイルをスタンバイする。
『主任。私は大尉殿の援護に行きます。あのままでは狙われ続けますので』
「了解」
日和は先行していく。そして数秒後に先程からのブルーライン同様に敵の対空砲火の避ける作業に入った。
「二人とも今助けるからな」
友則はそういうと、スタンバイの完了したミサイルを狙いを定めた上で発射した。直後、キッチガイヤーの背中から出たミサイルは数秒間空を飛び、敵潜水艦に着弾し、火柱が発生させた。
「やった」
友則はそうつぶやくと、前進し、先行した日和と空飛ぶブルーラインに追い付こうとした。
しかし、残った空母潜水艦は潜水を始め、残った潜水艦はまたミサイルを撃った。
そのミサイルが着弾したのは、キッチガイヤーだった。
「今治主任! 今治主任!」
黒煙を上げつつ少しづつ高度を下げるキッチガイヤーを確認しつつ、咲は通信のチャンネルをめぐるめくように変えてキッチガイヤーとつなげようとした。
「今治主任…、今治主任…」
もう何度目になるか分からない。だが、ようやく。
『大尉殿か、その声は』
と、応答があった。
「今治主任、ご無事なのですか?」
『残念だが、もうダメだ』
『主任、ただちに脱出を』
中田と声も聞こえた。
『いや、もう制御が効かない。そこで二人に最後にこのキッチガイヤー最大の武器を見せよう』
『まだ何か手が?』
中田は怪訝な声を上げたが、咲は分かった。
「主任、ダメです! 今主任が死んだらこの研究はどうなるんですが!?」
この人は死ぬ気だ。
『なっ』
中田の驚きの声が聞こえる。だが、キッチガイヤーは止まらない。
『まだ死ぬとは決まったわけじゃない。それに死んでもこの研究の成果はもう出てる。そして最後は大尉殿、あんたに任せるこのキッチガイヤーの意味するまがいものの大地、つまり荒れ過ぎた世界に終止符を打ってくれ』
その声はくやしそうだった。きっと泣いているのだろう。
「主任…」
気づけば咲の目にも再び涙が浮かんでいた。
『じゃあいくぜ、このキッチガイヤー最大の武器、つまり、重さだ』
それだけいうと黒煙を上げるキッチガイヤーは敵潜水艦めがけて落下していった。もう特攻としかいいようがなかった。潜水艦は対空砲火をしつつけていたが、もとより防御はかなり出来るキッチガイヤーには意味をなさなかった。
そして、キッチガイヤーと潜水艦がぶつかり爆発が発生し、いくつも火柱が生まれ、その度に黒煙で空を焦がしていく。
やがて上空からブルーラインと日和が見守る中、共に静かに沈んでいった。
「撤収しましょう」
水面に消えたキッチガイヤーを水中からモニター越しに見送った魚津は潜水空母の艦長にそう進言した。
「目標であった敵新型も沈み、またこちらにはもう味方はなし、一方敵機は僅かながらあります。そして、目標のデータもこちらに」
そういってキッチガイヤーのデータが入ったものを艦長に見せると、少し考えてから高らかに、
「目標は達成した。当艦は全速離脱する」
と、宣言した。
「まさか出てくるとは思わなかったっすけど、いいものも見れたっす。主任さらばっす」
魚津は静かに今は水中であろう前の上司に静かに別れを告げた。
「敬礼!」
数日後焼野原となった福原の工廠に、水中からキッチガイヤーが引き上げられた。街も焼野原で死傷者も大勢出た。
一方で、街を特攻してまで守ったキッチガイヤーの話は瞬く間に広がり、引上げられた今日は引き上げに来た軍人や研究員のほかに多くの人が見に来ていた。
「結局戦死されてました」
中田はあちこちに包帯を巻いた姿で、くやしそうにそう咲に報告した。
「そうですか。でも主任の意思はなくなってませんよね?」
咲はキッチガイヤーを見上げながらそういった。
「というと?」
「別府研究員の盗聴器がそうだったように、今治主任の最期の言葉はまだ生きてます。少なくとも私の中には」
もう別府の盗聴器はさすがに全て燃え尽きただろう。だが、友則が残した言葉は咲の中で鮮明に生きていた。
「……。そうですね」
「というわけで中田研究員、次に私が来る前にキッチガイヤーを直しておいて下さいね」
咲はそういって微笑んだ。
「分かりました」
その笑みを見て中田は頷いた。
「では、またいずれ」
咲はそういって歩き出した。これは新たな一歩であると彼女は思っている。そして夢見た。また再びキッチガイヤーに乗れる日の事を。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
この作品はあまりにも暇であった時に私とサイコザウルス様、ぜんでんさん様とお話をしていた時に偶々持ち上がりました。
ロボット物をしようと持ち掛けて頂いたのです。しかし、これまで私は日常的やことを書いており、実際そちらの方が得意でした。
ちょっと困った私にぜんでんさん様が機体名やキャラの名前等をその場で考えて下さり、こうして何とか形に漕ぎ着けました。
また、途中で出てきた雛菊という名前は実は小説家になろうで、書かれているるーぶる様に考えて頂きました。
総勢四人で作り上げたものです。
ですが、戦闘シーンがあまりにも雑なのは全て私の責任であります。申し訳ありません…。
内容についても申し上げておきますと、当初主人公は今治友則でした。しかし、どうしても美旗咲の出番が多くなり、結果的に主人公に。そして、意外と魚津の出番も多くなっていました。
それから空母衣笠ですが、これは戦艦ではなく特型水上母艦の方を私の中ではイメージ致しております。
かなり長くなってしまいましたが、評価や感想を頂けたら光栄です。
ありがとうございました。