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008  叶わぬ夢


 漫画を描く時に最も使いやすいと言われているのはゼブラペンだ。しかい新井はゼブラペンよりもGペンを愛用していた。それを見て、他のアシスタント達も驚きを隠せない。新井の描く漫画はどう考えてもゼブラペンを愛用した方が描きやすいに決まっているからだ。しかし、新井は頑なにゼブラペンを使おうとはしない。そこには新井独自の考え方があった。描きにくいとされるGペンを使う理由は、Gペンと自分の置かれている立場が酷似しているからだった。漫画を描く行為は逆境としか言いようがない。前にも述べたが、漫画家なんて全然華やかじゃないし、ストレスしか溜まらない。毎晩毎晩悪夢に魘されて、プレッシャーと不安で眠った気がしない。漫画家になるなんて不健康になるのと同じなので、よっぽどじゃない限り漫画を描くのは趣味の範囲内にした方が良いと新井は強く進めていた。新井自身も趣味で漫画を描いていた方が好きだったし、ネットユーザーに絵を褒められていた時が何より嬉しかった。それぐらいプロと素人の差は歴然だ。漫画を描くのが好きな人間は素人を極め、漫画を描くのが苦手なのはプロを極める。そうすれば何の弊害も無く漫画を描ける筈だ。新井は漫画を描くのは好きだったから故に、今の現状に逆境を感じてしまっていた。ある日、そんな自分とGペンを重ね合わせてしまった。素人時代は描きやすいゼブラペンを使っていた。だが、プロになって漫画を描く内に虐げられる存在に愛着を持つようになった。以来、新井は漫画のみならず全てにぴて弱者に感情移入してしまう癖がついた。たとえば漫画のネタ作りに映画を見ていたとしよう。ご存じの通り、漫画家にとって自由な時間は貴重だ。それ故にDVDやブルーレイで映画を見る時間も限りなく無いに等しい。しかしそれでも、たまたま時間が空いた日に映画が見れる瞬間が訪れる。新井は喜々として映画を見るのだが、そこでも主人公には一切感情移入をしない。それよりも、明らかに道化ポジションの登場人物や引き立て役に着目してしまう。それは漫画家になった事で自分は弱者だと気が付いたからに他ならない。素人時代はネットでも無名に近く、ほとんど誰も新井の漫画は読まれていなかった。漫画を描く事自体が大好きでひたすら漫画を描き続けていた。そこは決して強弱の問題では無い。好きだからの一心だけだ。ところがプロ漫画家になって初版200万部を突破してから、新井の心境は変わった。誰もが羨む人気雑誌の看板漫画を任される。その事実に喜べない自分がいる。そんな自分を弱者だと例えるのはあながち間違いでは無かった。少なくとも新井はそう思って、チーフアシスタントと話し込んでいた。彼とは仕事仲間だが、それ以上に親友の関係性を築いている。心の中の叫びを素直に伝えられる数少ない人物だった。


「俺達って一応は成功者のポジションにいるらしいけど、成功なんて言葉はクソ喰らえだよ。これから待ち受けているのは精神的苦痛しかない訳だし。心休まる瞬間なんてありえない。作品が世に出て、たくさんの人に見て貰えるのはありがたいよ。でも漫画を描くのが純粋に大好きな俺にとっては素人の方が断然羨ましい。お金なんていらないから好き勝手に漫画を描きたい。今はね……担当が口を挟むから自由に漫画を描けないよ。毎日毎日、ストレスで吐きそうだわ」


「新井の言ってる事は良く分かる。せっかく一生懸命考えたストーリーでも、担当の鶴の一声で変えさせられる。僕達前線で闘っている人間にしか分からない感覚かもしれないけど、魂の原稿を手直しされるのは屈辱でしかない。昔が良かったと思うのは新井だけじゃないから安心して。僕も出来る事なら、笑顔が飛び交っていた素人時代に戻りたいよ。いっそ、今までに貰ったお金全部返してもいいから過去に戻りたいな」


 新井とチーフアシスタントは叶わぬ夢に浸っていた。所謂、現実逃避だ。何弱気になってんだと思われがちだが、こうでもしないとやってられない悲痛の現場だった。肩こりは当たり前、腰も痛い、寝不足でネガティブ思考になる。顔のニキビが増えるのも当然だった。



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