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005  読者が無意識に求めている展開とは


 新井はアシスタントと一緒に意見を出し合っていた。独りよがりの作品にはしてはならない。その一心で、仕事仲間にもアイディアを出して貰うのが新井の流儀だった。決して自分のアイディアだけで物語を進めようとはしない。アシスタント達にも手伝って頂いて、その中で吟味を重ねる。それが重要なのだと新井は思っていた。なので原稿が仕上がってもホッと溜め息などつけない。むしろ、闘いがまた始まると絶望感に溢れていた。素人としてネットに作品を投稿する訳でも無いので、本気でアイディアを出さなければいけない。それも読者が納得するような形で物語を進める必要がある。そこにストレスを感じないのはよっぽどの人間だ。ただでさえ自分の作品が誰かに見られているのに、後世に残る結果も出さなければいけない。それは漫画家の宿命であると同時に、ストレス発生装置でもあった。そして新井は眠たい目を擦りながら、ホワイトボードを見つめていた。ホワイトボードは黒や赤の文字で書き殴られていて、ネタの宝庫と化している。だがここから使えるネタを見つけ出すのは一苦労だ。なぜなら、頭の中で必死に考えたネタほど、使い物にならないネタは無い。新井は経験上それを知っているので、ネタがあるかと言って満足はしない。むしろオリジナル性に惑わされて、結局同じ轍を踏むのが一番の恐怖だった。オリジナルだと思ってドヤ顔で作品の続きを書いたが、既に誰かが同じネタを使っていた。これが漫画家にとっては死ぬほど恥ずかしい。顔から火が出て布団の中でバタバタするのは目に見えている。なので、必死に考えたネタはあてにならなかったりする。


 とは言っても、時間は着実に進んでいる。まだ締切の日まで時間はあるかもしれないが早く完成させるにこした事は無い。ギリギリの状態で原稿を上げるのは素人の考え方だ。プロならばそれをやってはいけない。締切を守れずに雑誌に載れなくなってしまうのは最上級の恥である。それに他の作者に代原してもらうのは屈辱でしかない。新井はそう思っていたので、方向性だけは早く決めておきたいと考えていた。そのため眠たい目を擦ってアイディアをまとめるのも仕方が無かった。


「さっきも言ったけど、主人公の覚醒シーンって漫画の醍醐味だったりするじゃない? 特に世間的に売れてる漫画って覚醒のオンパレードって感じで、今までのシーンを忘れるぐらいの迫力があったりしてさ。僕自身も引きこまれる体感をしてきたわけよ。でも僕は地道な努力で強くなっていくのもありとは思ってる。派手な漫画なんていつでも書けるんだから、他の漫画には無いリアリティを追及していきたいじゃん。皆はそれについてどう思ってるの?」


 新井は問いかけていた。覚醒シーンを敢えて盛り込まず、主人公は地道な努力を積み重ねて成長させていきたいと。しかしこれは新井の考えに過ぎない。ワンマンな考え方は組織を崩壊させる切っ掛けに過ぎないと新井は思っていた。それだけに、皆の意見を仰ぐ必要があった。するとしばらく沈黙の時間が流れたのだが、チーフアシスタントが口を開いていた。彼は昔からの友人で、何度も彼の言葉には助けられた。この漫画でも救世主的立場であるのは言うまでもない。決して表舞台では評価されていないが、作者である新井は彼の言動には注目してきた。


「それは先生の言う通りだと思いますよ。僕達は他の漫画には無い現実感を追及した結果、ここまでの漫画に成長したのですからね。当然、覚醒シーンは読者の期待を裏切る可能性も出てきます。しかし……現実感ばかりでは漫画としての面白さは無くなりますよ。適度に漫画らしい展開をしないと読者はついてきません」


 チーフアシスタントの言葉に、新井は思わず息を飲んだ。漫画にはテンプレシーンが存在していて、読者は気づいていないかもしれないが物語の展開はほとんどの漫画が一緒だ。特にバトル漫画では悪を倒す過程でヒロインと距離を近づけて、最終的に悪を倒した後にヒロインとゴールインするのが御約束だ。その過程は作者によって違うが、始まりと終わりは一緒だ。主人公もヒロインも死んで、悪が勝利する漫画など読者は求めない。読者はヘビーな過程を期待するが、始まりと終わりはライトな展開を期待している。とにかく入口と出口が狭いのは漫画にはあってはならない。そんなのはB級映画だけで間に合っているのだ。B級映画はそういうカテゴリーがあるので成り立っているが、漫画でそれをしてしまうと待っているのは打ち切りの運命だ。チーフが言いたいのは、現実感とテンプレ展開をサンドイッチしないと読者に飽きられる点だろう。新井はそう感じていた。


「なら方向性は決まったな。地道な努力をしていると、突然結果が生まれて爆発的な力を得る。これで地道な努力と覚醒シーンの両方が表現出来るぞ。後はこの地道な努力とは何なのか、覚醒シーンとは何なのかを追求するだけだ」


 新井はそうだと言うのだった。




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