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004  アイディアの発想


 新井は漫画家を夢見て努力してきた。しかし、夢を叶えてからが本当のスタート地点だと気が付いたのは最近だった。中学や高校時代に趣味で漫画を描くのと、プロの世界で漫画を描くのでは全く違う、まず、自分の好きなように漫画を描けない。担当に駄目出しを喰らい、方向性の違いもある。それに大人の汚い部分を編集部で何度も見てきた。とてもじゃないが子供に夢を与えるのとは程遠い内容だ。新井はその中で、自分の物語を完成させなくてはいけない。自分の作品を編集には変更しろと言われ、ファンは考察と言って自分の作品を舐めるように観察する。本当の黒幕は誰なのだとネットで議論を交わしているのだ。新井から言わせてみれば、黒幕など偉い人の言葉で変わる。なので、どんなに考察しても黒幕は見つけられない。自分の作品なのに、自分の思うように描けないのは相当なストレスだ。主要人物でさえも鶴の一声で、捨てられる。出版社とはそういう世界観で斬り込んでくるのだ。作者には何の自由も無い。だから新井は、自由を求めて発言をしていた。担当の厳しい態度にも動じずに、自分の意見を述べる。その点が評価されているのか、新井の作品はまだ新井が操作していた。担当がコマを大きくしろと命令してきても、それを否定するだけの発言力はある。結果を残しているからだ。初版は200万部を超えて、現在は看板漫画として四色カラーも経験した。その実績があるから、担当の言いなりにはなっていない。しかし、ほとんどの新人漫画家は担当に作品を全否定されてしまう。徹夜で描いた原稿をシュレッダーにかけられるのは当たり前で、担当に売れないと判断されればお終いだ。とは言っても、人間の見る目などたかがしれている。実際に新井の作品も他の出版社からは没を喰らっている。しかしそれでも自分流のアレンジを加えて、看板漫画にまで成長した。ようは自分の努力次第で、面白くない作品を人に見せられる状態に変化させられる。


 そんな新井が具体的にとった方法は、有名漫画から発想を得る方法だ。ある程度売れている漫画には共通点がる。その共通点を強く意識しながら、新井は物語を作り直した。そこに漫画を描く技術は含まれていない。技術などたかが知れている。どんなに上手に漫画を描けても、内容が悪ければ誰にも相手にされない。非常な世の中にいるので、当たり障りのない漫画は描けないのだ。それで自分にしか出来ない作風で描く必要があった。


 売れている有名漫画の特徴は、人類と人類を滅亡させようとする勢力が戦っている構図だ。日常だけで売れている漫画など、一握りだけだ。サザエさんやこぼちゃんなどを真似してはいけない。あの漫画は一握りの天才にしか描けないので、凡人は戦いの構図で勝負する必要がある。戦いの中で主人公が成長して、ヒロインとの距離を埋め、そこにファンは感情移入をする。ありきたりだが、売れる漫画に共通している点だ。新井はその点に注目して、よりシリアスでドキュメンタリータッチを加えていた。他の漫画の多くの登場人物は、個性を出すために特徴的な口癖や言葉を使う。しかし、新井の作品はそれが無い。ありきたりな言葉でしか登場人物は喋らないだけに、そこにリアリティが生まれていた。漫画の世界だが実際に起こった歴史のように描こうと新井は決意をしていた。



 ***********



 新井は仕事場に戻ると、自分の机に座った。原稿を描き終えても漫画家には自由の時間など無い。すぐさま来月の原稿に着目しなければいけない。ホッとした表情を浮かべるのは一瞬だ。最大のライバルは自分だと言い聞かせて、決して手を抜かない。好きな事を職業にしているから手抜きは許されないのだ。新井はホワイトボードに紙を貼りながら、物語の構成を進めていた。バラバラになった物語を紡ぎ合わせていく作業は孤独で満ち溢れている。アシスタントを集めて、ああでもない、こうでもないと言いながらホワイトボードにアイディアを描いていく。独りよがりの発想ではプロで通用しない。凡人が勝利するためには数の発想が必要なのだと、新井は確信していた。


「主人公が肉体的に強くなるのってさ、ほどんどの漫画では才能が爆発してるよね。努力というよりも自分の中に住んでる悪魔が表に出てきて、急激に強くなるって感じ。覚醒っていうのかな? 僕あの展開が好きになれなくて、ストレスが溜まってます。胃もたれなうですよ。漫画だから努力だけで強くなるのはダメでしょう。それを分かってるから、どうしようかと悩んでてね……」


 新井の漫画は絶妙なリアリティが受けてファンの間からも支持がある。その漫画が他の漫画と同じようにご都合主義の覚醒シーンを差し込んでしまえば、読者の期待を裏切る可能性がある。新井はそう考えていた。しかし、地味な努力で主人公を成長させるのは漫画としてタブーだ。非現実的な表現も少なからず必要なのだ。地味な努力で強くなれるのは現実だけでいい。だから新井は,狭間の中で揺れ動いていた。



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