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003  夢と現実は違う


 議論はあったが、お互いの意見を認めて原稿は仕上がった。しかし、新井の仕事はまだ終わっていない。担当が原稿を収めた後、大量のダンボールを持って来たのだ。中には山のようにハガキが入っており、新井は一目見てキャラクター投票だと悟った。段ボール箱いっぱいに入ったハガキには応援メッセージも書かれている。新井は客観的な評価を何よりも恐れているので、目を通したく無かった。ダンボールを見た瞬間に感謝の気持ちは受け取ったので、新井は帰ろうとした。だが、担当が許す筈も無く、新井は強制的に座らされた。自分でも苦虫を潰した表情になっていると気が付く程、新井は評価されるのを恐れていた。そんな新井に向かって担当編集者は首を傾げる。


「まだ慣れませんか。人気投票の数には」

「それはそうですよ。人間って自分のやっている事を褒められるのが一番弱いですから。勿論評価されるのは嬉しいですけど、嬉しいのは一瞬だと考えれば分かる。その後は評価された事によるプレッシャーと闘っていかないといけない。褒められて天狗になるのはスランプを生み出すだけです……」


 新井は心底落ち込んだ様子だった。ダンボールに山積みされたハガキを見るだけで自分の作品はここまで見られているのだと絶望してしまう。新井は精神的にうたれ弱いので、当然プレッシャーにも屈する。そして新井は天井を見上げながら背伸びをした後、気持ちを切り替えていた。見てしまったのだから取り返しはつかない。だが、暗い気持ちを引きずっていては前に進めないと確信したので、新井の心に火が付いた。こうなってしまえばヤケだと、開き直っていた。


「私の口から言うのはなんですが……主人公の順位はトップ5入りしています。しかし、1位ではありません。惜しくも3位の位置に停滞しています。ちなみに1位は主人公のライバルですね。2位と7000票でぶっちぎりでした」


 担当の言葉を新井は素直に受け止めていた。人間が悪役に惹かれるのは歴史の中でも証明されている。歴代総理大臣よりもクーデターを起こした人間の方が歴史的知名度も高い。なので、主人公がトップの位置に君臨するのは珍しい。よっぽど男気に溢れた兄貴タイプじゃないと1位は不可能である。ちなみに、新井の漫画は中性的なヘタレを主人公に設定している。どう考えても人気投票に勝てる設定では無い。となると、主人公の次に出演しているライバルキャラが1位を獲得するのは予定調和と言うべきか。新井は素直な感想を口走る。


「彼にはおめでとうの言葉を言いたいです。僕にとってはかけがえのない仕事仲間なので」


 漫画家にとって、自分のキャラクターは子供だと言われがちだ。しかし、新井はそうは思っていない。むしろビジネスパートナーに似た感情を抱いていた。自分の考えたキャラクターには違いないが子供だとは思えない。子供ぐらい大切に思っていれば年齢も把握していれば誕生日も知っている。だが、新井はライバルキャラは愚か主人公の誕生日すら理解していない。ツイッターでファンの人から教えてもらう程、キャラクターには無頓着だ。しかし、興味が無い訳ではない。漫画を完成させるためには必要不可欠な存在なので、子供というよりも仕事仲間だと認識していた。だからホッとした表情は浮かべている。そんな新井に向かって、担当は話しかけていた。



「新井さんの考え方は、何年も漫画を描いているようなベテラン作者のようですね。とても新人には思えません。これは褒め言葉として言っていますので、間違いのないように」



 担当はそう言っているが、漫画を描くのに年数は関係ないと思っていた。まったく価値観が違い、年齢も違う人間が描いているから漫画は面白いのだと新井は信じている。なのでベテランの描く漫画が必ずしも面白いとは限らない。担当の褒め言葉にも嬉しさを覚えないのはそれが関係していた。長く漫画を描くのが偉いなんて思っていない。むしろ短い期間の間にどれだけ質の高い漫画を描けるか、新井はそこに注目していた。ただ長く描くだけでは読者が離れる可能性だってある。完結するかどうかは全て出版社の意志次第だが、出来る限り1つの作品を長く描くのはオススメ出来ない。そこには必ず慢性の落とし穴が設置されているからだ。



「煽てても無駄ですよ。漫画なんて描いても楽しくないんですから、煽てて調子に乗らそうとしてるんでしょ。少しでも執筆欲を増やそうと考えてるようですが、僕は途中で放棄なんてしないんで大丈夫ですよ。一度始めた事は最後まで責任を持ってやります」



 プロとして漫画を描くのは苦痛だ。新井はそう感じていた。しかし、読者のためにも途中棄権は許されない。そこは仕事だと思ってやり遂げるのが新井の流儀でもあった。外から見れば漫画家は憧れの職業かもしれない。いざなってみるとストレスが多いのは人気職業の運命でもある。夢と現実とのギャップに混乱して、精神的病気を発生させる漫画家も珍しくはないのだ。なので新井も病には気を付けて、規則正しい生活を送ろうとしている。漫画家が短命なのも有名な話しである。




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