022 喜怒哀楽
重圧がのしかかる職場を後にして新井が休まるのは家に帰った時である。家に帰る途中にあるコンビニで弁当を買った後、台所の電子レンジを使って温めるのが何よりの至福だった。コンビニで温めてもらうのも悪くは無いが、それだと電子レンジを持っている意味が何処にあるのかと自分でも疑ってしまうので電子レンジに仕事を与える意味でもコンビニでは温めてもらわない。そこは新井の流儀とも言える。いかに家電製品と言えど積極的に使わないと寂しい筈だ。弁当ぐらいしか温める機会は見当たらないので、コンビニやスーパーで買った弁当はせめて家に帰って温めようと心に誓っていた。そんなこんなで新井はレンジでチンした弁当をテーブルの上に置いた。温めただけで夜ご飯に最適なエネルギー源になるのだからコンビニ弁当は侮れない。ちなみに新井がいつも買って食べているのは税込420円のデミグラスハンバーグ弁当だ。やはりコンビニ弁当だけあってかおかずのボリュームも少なくて高価な値段ではあるが、コンビニ弁当を食べる事によって満足感も生まれているのでそれを含めるとプラスマイナスが0になる。一人暮らしだからこそコンビニ弁当を食べて多少の寂しい気持ちになるのもありかと思っているのだ。夜中に一人ぼっちになっていると寒しさと孤独で押し潰れそうになる。だが、その感覚が反骨心を生んで何としてでも漫画家として生きていこうと決意する材料となっている。もしもこれがスーパーに売っているようなおかずの多い弁当だと駄目なのだ。愛情など一切こもっていない工場で造られたコンビニ弁当だからこそ、食べ終わった後に虚しさと自分は世の中から求められていないんじゃないかという気持ちが芽生えてくる。この気持ちは喜怒哀楽を形成する上で重要な哀を生み出すので、コンビニ弁当もあながち批判してはいけない代物だ。コンビニ弁当を食べるメリットは精神面が圧倒的に占めているのもあるので、早くパートナーを見つけようとする意志も生まれる。このコンビニ弁当地獄から抜け出そうと決意の地鳴りを世界に轟かせようとするのだ。とはいっても決意だけでパートナーが見つかるとは限らないのが人生である。18歳や20歳の若さで早く結婚すると8割の人間が「もっと考えてから結婚すれば良かった」と後悔してしまうので、パートナーを見つけて一発決め込むのも考えものだ。そこは必ず避妊の道具を駆使してパートナーとの絆を深め続ける必要がある。だからベッドファイトに持ち込む際は細心の注意が必要なのだ。近頃は病気を移される可能性もあるので本当に家族を増やしたい意志を持たないと性行為に及ぶのはあまりにも危険だ。わざわざ夜中に生肌を絡めなくてもそれ以外に愛を感じる瞬間はある筈だからだ。
「はあ……今日も不安で心がいっぱいだ」
新井はコンビニ弁当を食べながら深い溜め息をついた。これこそが新井の求めている瞬間なのは言うまでもないが。人間は喜怒哀楽を表現しないと一人前の人間とは言えないので、哀しみを背負っているのはあながち間違いとは言えない。むしろ寂しいと思える気持ちは一人前の人間である証拠だ。いつもいつも元気一杯で飯を食べている人間など信用出来る筈も無かろう。やはり信用出来る人間は喜怒哀楽を身体で表現している者ばかりだと新井は考えていた。だからこそ漫画の登場人物にも出来るだけ喜怒哀楽を表現するようにと心がけていた。キャラクターに命を吹き込むためにも、まずは作者自身が現実世界で表現を見せる必要があった。そのためにもコンビニ弁当を食べて哀愁を漂わせるのも一つの方法なのだと信じながら、新井は今日も割り箸を動かす。さみしいと感じるのもたまには息抜きになると信じながら。




