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018  自暴自棄


 人間の思考能力などたかが知れていると新井幸造は考えていた。ようは人間には限界があるから無理難題を突きつけられても答える義理は無いという事だ。人気漫画になるとその作品をオマージュさせた漫画が出版社から刷られる。たとえば学園物の漫画などは有名所だろう。普段は戦闘特化したり世界系のギャグ漫画ならば登場人物は学校になど通っていない。その登場人物達を教員や生徒にして学園ギャグ漫画にするのだ。昔からの手法ではあるが売れるのは目に見えている。一応作者自身も一目見てからゴーサインを出しているので悪意の見られるキャラ崩壊はしていないとファンも判断するのだ。新井の漫画でも、それなりのオマージュ作品は多々出版されていた。先程述べた学園物を始めとした作品は全て別の作者が新井の代わりに描いている。学園ギャグ物は極端な絵柄の変わりも作風的にもありだが本書の過去編などの重要な話しならばそうもいかない。明らかに作風が変わり過ぎてファンの人達から苦情がくる可能性だって否定出来ないのだ。タイムリーな話しにはなるが新井が契約している大手出版社にはクレームが殺到していた。それは新井幸造氏の漫画をオマージュさせた漫画に対する苦情と言えばいいだろうか。やはり作風があまりにも違い過ぎてファンの間から「これは酷いぞ!」との電話苦情が凄まじいそうだ。新井自身は漫画の設定と世界観を出しただけなので今回のクレームとはほぼ無関係ではあるが、自分の漫画をケチつけられた感覚を抱くのはどうしてだろうかと疑問を感じていた。今は辛うじて休憩時間とは無縁のコーヒーブレイクタイムに差し掛かっていたので執筆の手を止めて、クレームについて考える事が出来た。新井は昔ながらにGペンを鼻の上に置いて椅子にもたれかかったまま天井を見上げていた。男子に特徴する考え方なのだが、男子は困った時に天井を見る癖があったりする。なぜかは分からないが天井を見ていると心がホッとするのだ。新井幸造も例外では無かった。天井を見上げて遠くを見ている様には他のアシスタントも心配した様子を見せていた。普段やらない事をされると心配になるのは人間あるあるだ。アシスタントが驚くのは無理も無い。日頃から自信満々で常に漫画の事を第一に考えている新井が無表情で天井を見上げて作業を中断しているのだから。心配になったのかどうかは不明だが、同年齢のチーフアシスタントがコーヒーを持ってきた。


「新井先生、どうかしたのですか?」


 彼とはもう10年以上の付き合いとなる小学生時代からの親友だが、仕事場では先生とチーフアシスタントの関係性に変わらない。お互いにプロフェッショナルを目指している身分だけあって、仕事場で慣れ合いをしようとは考えれない。よってチーフアシスタントの立場から物を言う事になっている。結局人間は仕事と日常生活を分けて考えないと大変な目に遭うのだと両者は肝に銘じていた。かつての二人もプロの漫画家を目指して上京してきた純粋な子供だった。家賃4万3000円のアパートに二人暮らしをしていたが、二人共金が無いのでバイトをしていた。その時に思ったのが仕事上の関係性は後の発展に繋がる事だ。給料が発生しているからにはプロ意識を持って仕事に臨む必要がある。たとえそれがバイトだろうが正社員だろうが漫画家だろうが関係ない。その時から二人体制で漫画を描くビジョンは出来上がっていた。当時からしてみれば途方もない目標ではあったが、今は一応目標が叶っている。チーフアシスタントは考えられない莫大な財産を築いているのも彼には原作者としての一面を持っているからだ。それにしても彼は富と名声を得ても自分の芯を全く変える素振りを見せない。自分よりもよっぽどプロ意識が高いんだなと、新井は笑顔で感謝の言葉を言いながらコーヒーを受け取っていた。


「こういう精神が弱っている時にはコーヒーが一番だな。ありがとう」


 無論、ブラックコーヒーだ。若者は苦いからブラックコーヒーを嫌っている節が見られるが精神的に狂いかねない仕事を続けていれば砂糖無しのブラックこそが至高なのだと気が付ける。恐らく新井が漫画家にならずにフリーターの人生を続けていればブラックの真意には気が付かなかった可能性がある。人生に挫折を感じている者こそがコーヒーの有難味が分かるのだと新井はコップに口をつける。口内に広がるモカの味わいが全身に広がるのを感じている。いわばコーヒーは宇宙なのだ。コーヒーを飲むことによって身体の芯が温かくなるのを感じて尚且つ、無限の宇宙が広がる。俺に出来ない事は無いと最上級の自信に芽生えるのはいつだってコーヒーのおかげだ。新井はコップに向かって感謝の気持ちを抱きながら、愚かな自分を反省していた。コーヒーに頼らないと生きていけない自分は最低の人間だと罵るのだ。新井が今まで屈せずに漫画を描き続けていられたのは弱者だと知っているからだ。弱いからこそ最終的には「やけくそじゃあ!」と鼻息を荒くして叫びながら漫画が描ける。下手に強がりを見せると自暴自棄にさえなれないのだから、困った時は自分を過小評価すればいいと新井は確信を得ていた。過大評価して下手に動けない状態よりも、自分をとことん過小評価して「もうどうでもええわ!」と描き殴った方がよっぽどマシに決まっている。結局締め切りに間に合わない連中は自分を過大評価している人間ばかりなのだ。それだけは間違いない。




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