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017  仕事に夢中になる


 仕事を潤滑に進めるためのモチベーションを保つために必要な最低限事項は誰にだってあるだろうが、新井幸造にとっては虐げられた感を出すのがモチベーションを維持する一つの手法だった。自分は弱者なのだと言い聞かせる事によって飽きを失くす。仕事をしている時に何が一番辛いかと言えば仕事に飽きてしまった時だ。どんなに辛い作業だろうが体が活性化していれば仕事終わりに達成感を覚える。達成感を感じるからこそ次の仕事にも挑戦しようとする前向きな意志が生まれるのだ。しかし、達成感では無く開放感を覚えてしまっては順調に仕事が回っているとはお世辞にも言えない。仕事から解放されたと瞬間的に感じてしまうと明日の仕事に間違いなく支障が出てしまう。働いて金貨を稼ぐのは何世紀も前から全人類に共通している決定事項だ。決して仕事から解放されるなどと思ってはいけない。仕事と人生は密着な関係性を抱いているので何をしようが解放される事は無いと新井は確信を得ていた。某大手出版社から新連載が始まりコミックも初版200万部を突破して莫大な富はある。あるが、仕事を辞めようとは断じて思っていない。今辞めるとファンの人達に失望されるのは勿論だとしても、それ以上に職業漫画家の誇りが消え去ってしまう。漫画家など暗い部屋に閉じこもってペンを持って作業するだけの苦痛発生装置に過ぎないが、それでもファンの人を想像するとペンを置く事は許されない。漫画家を目指している子供達の願いさえも踏みにじる事に繋がるのだ。故に新井は無理矢理にでも誇りを持って漫画を描こうと決意していた。新井は終わりの見えない原稿に追われながら自慢のGペンを持って作業を続けている。職場ではカリカリカリという作業音だけが響いているように思われがちだが、新井の仕事場では違う。声を発生すると気分転換になるのを知っているので積極的に掛け声を出しながら漫画を描いていた。それと小休憩を挟んで軽い運動なり食事を摂取するのを義務化している。ずっと同じ姿勢で休みなく作業をするのはプロフェッショナルとは言えない。真の漫画家ならば水分補給をして腹を満たし、最高のコンディションで漫画を描く行為に挑むのが妥当ではないだろうか。少なくとも新井幸造はそう思っていたので、一度ペンを置いてコンビニで買ったおにぎりを食べ始めた。一人で食べるのは寂しい。孤独食など断じては有り得ないとばかりにチーフアシスタントを誘って一緒におにぎりを食べるのだ。それが伝染して皆もペンを置いて休憩を始めたのは言うまでもない。人間にはミラーニュートロンと呼ばれる神経伝達物質が存在しているので、幸せそうな新井を見てアシスタント達も晴れやかな気持ちになったのだろう。そして新井はチーフアシスタントと次の構想をどうするか、世間話風に会話するのだった。


「俺達がビジョンを描いているのはマシンと人間の闘いっていう純粋なテーマじゃなくてさ、マシンにも意志があり哲学があり思想があるって世間に訴える意味合いでの連載だと個人的には思っている。この先の未来はどうなるか分からないけど人が造りだしたマシンには魂が生まれると俺は信じてるよ。そりゃさ、未来なんて自分達が思っている以上の進展は無いでしょうよ。有名な某タイムマシン映画でもそうだったように、今の時代には空飛ぶ車など存在しない。きっと空飛ぶ車なんて100年経っても生まれないとは知ってるよ。知ってるけど、未来は確定していないからロマンに溢れている。このロマンは読者にも必ずあると思うから上手にカタルシスを刺激しないといけない。人類のマシンの対抗なんて絶対無いけど、あるように見せるのが俺達表現者の役割なんだよな……せっかく自分の意志を伝えられるコンテンツを造ってるんだから、その点は未熟な事なんて出来ない。大人には大人なりの伝え方をしていこう」


 新井は梅のおにぎりを頬張りながら言うのだった。漫画家には世間を動かすパワーがあるのだと。自分自身は中々気が付かないが漫画家など世間にとってはカリスマとして認知されている。新井にとっては夜中まで企画を考えているサラリーマンの方がよっぽどカリスマに思えるが世間的にはそうじゃない。漫画家は人に見られている職業だと気が付くのは大抵描くのを辞めた後だ。それを漫画家時代に気が付いたのは奇跡的に近いのだ。どんな人間にもやり直しがきかないように仕事を辞めた後に大切な事に気が付くのはあまりにも遅い。そうじゃなくて漫画家の内に大切な何かに気が付きたいと新井は決意していた。その考え方はチーフアシスタントも一緒のようで仕切りに首を縦に振って決意の嵐を吹かしていた。


「僕も同じ意見だよ。漫画を描いているからには何等かのメッセージが必要だもんね」


 そうなのだ。メッセージ性があれば漫画を描くのも辛い作業から毎日の淡々とした作業に昇格可能である。どちらにしても達成感を得るために楽しい感覚を抱く必要だった。仕事をしながら「一日が長いな」と思うようになればプロフェッショナルとは言えないかもしれない。むしろ仕事を楽しむぐらいの余裕が無いと精神状態が悪くなって災難続きになってしまう。ようは夢中になって仕事をすればいいだけの話しだ。



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