016 決意
疲れが全身に溜まっていた。常に漫画を描き続ける事で自分を正当化しようとしてきた報いだろうか。漫画を仕事だと思えなくなった時点で現実逃避確定なのだから、そうすべきでな無かった。現実を受け入れてひたすら前に進む努力をすべきだったのだ。趣味を仕事にしてしまった以上、漫画を仕事だと受け入れるの当たり前で尚且つ漫画哲学を極めるぐらいの気力が必要不可欠だ。漫画哲学とは無論、自分自身を高めるために使用する思想だ。自分だけの哲学を自分流に使って成果を得ようとする。そうすれば、苦難な道のりも平坦だと思えるかもしれない。いわば、現実を受け入れる作業こそが漫画哲学なのだと考えるべきか。それは定かでは無いが、とにかく今の新井幸造は抜け殻状態と化していた。アイディアなど皆無に等しく、頭から白い靄が出てきそうな状態になっている。それもその筈だ。なんだかんだ言って、連載二年目に突入したのだからスランプの兆しが見えるのもプロとして至極当然だ。一年目は気力とエナジーに満ち溢れていたが、二年目になるとどうしても気力は消え失せて怠惰が現れるようになる。こんなに頑張ったところで何も変わりはしないと、努力を放棄してしまう傾向が多々見受けられる。新井自身もそれを知っていた。二年目のジンクスはどの組織に属していようが平等に現れる症状だと。知ってはいたが、事前に止められなかったのは新井幸造自身の失敗だ。漫画家はアイディアの発想が全てを占めている。その源が枯渇してしまえば看板漫画から外されて掲載順位が下がる可能性だってある。単行本は出せば売れる状態なので問題は無いが、読者から不人気になればそれだけ打ち切りのパーセンテージが上昇してしまう。もはや一刻の猶予も無かった。自分自身を高めるためにも野球求道者の知り合いに電話をかけていた。その人物は昔から野球こそが我が人生だと言って、全てを野球に置き換えて話しをしていた人物だ。昔は「野球脳で飯が食えるか」と馬鹿にしていた新井だったが、その人物は18歳にして1億円プレイヤーに登りつめていた。だからこそ今は聞く必要があった。プロとして必要な思想とは何なのかを。その思想を探るためにも新井幸造はAKIRAと共に秘密の密会を行っていた。AKIRAと新井幸造は日本を誇る二大スターである。共に甲子園優勝を経験し、その後はそれぞれの道に歩んだ。その道においてエキスパートになって知名度を爆上げさせた。今では二人の名を知らぬ者は日本にはいないとまで言われている。そんな二人が公共の場で会話をしていれば、たちまち混雑が起きて治安維持のために警察が出頭する可能性だってあるのだ。両者共に自分が置かれている現状は知っているので、実際に会うのは細心の注意が必要だった。そして二人は会談を終えて自分の家に戻っていた。時刻は既に深夜の0時を周っている。両者共に22時には仕事を終えるタイプなので、この密会がどれだけ異例なのかを物語っている。両者は多少スケジュールに無理を通してでも合わないといけないと察したのだ。だからこそ、奇跡のタイミングで白紙の心を埋める事に成功していた。漫画家とプロ野球選手。どちらも高校時代に続けていた趣味が仕事になっている。話すべきタイミングでお互いの生活感を伝えるのは将来の役にも立ちそうだ。実際、有意義な時間を過ごせたと新井は満足感を得ていた。なんせ、あんなに白熱とした会話は久しぶりだったのだ。いつも力尽きた燃えカスの様な漫画人生を過ごしてきた自分にとって、プロ野球界の裏話は燃料切れのガソリンを満たしてくれたのだ。無論、新井も漫画界の裏話を披露してWIN-WINの関係性となっていた。力尽きたエナジーも再点火されて、久しぶりに前向きな意味で眠れなかった。いつもは不安や重圧を感じて不眠症の類を引き起こしていたが、今回ばかりは違う。漫画人生を彩るための好感触を得て興奮して眠れないのだ。こんな気持ちはいつぶりだろうか。全てを純粋に感じて多方面にセンサーを飛ばしていた小学時代以来かもしれない。今回の対談では「小学時代の教えは社会人になっても通用する」という両者の点が一致していた。小学校では挨拶、読書、人を思いやる気持ち、運動の大切さ、音楽、生き物の尊さ、明日の準備などを学んだ。そのほとんどを社会人は出来ていない。ようするに社会人は小学生のレベルにも達していない幼稚な集団である。新井自身もそうだった。以前は仕事に追われて運動もロクに出来ず、読書などする暇も無かった。だが、小学生時代に当たり前にしていた事を社会人になって出来ないのは恥ずかしい事だと確信を得ていた。実際に運動もしない、読書をしない、明日の準備をしない社会人は評価が低いに決まっている。それでいて身の回りの整理整頓も出来ないときた。どう考えても小学生の方が社会に出て真っ当に暮らせるだろう。それぐらい、今の大人達は汚い考え方と行動に縛れている。政治家なんかが典型的な例だ。彼等も昔は純粋な気持ちで「日本を変えてやる!」という気持ちがあった筈だ。ところが、いざ政治界に張り込むと政治家同士の足の引っ張り合い、金儲けしか考えていない官僚達の態度、与党を転覆させるための法案などが目まぐるしく展開されている。それでいて、真っ当な総理大臣はマスコミに潰されてきたのだから今の日本はイカれているとしか言えない。真の愛国者が罵倒され、売国奴が信用される世の中なのだ。ハッキリ言って小学生からやり直した方が良いに決まっている。それぐらい、汚い大人達は世の中に蔓延って手におえない状況になっていた。




