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014  素人とプロの違い


 十分にバッティングセンターでのストレス解消を終えた後、新井幸造は仕事場に帰投していた。まだ原稿を終わらせていないので必死になって完成させないとならない。バッティングセンターで費やした時間は3時間以上。逆に言えば、それだけのストレスを溜めこんでいたという訳だ。漫画家としての生活は苦労の連続でしかなく、若くして急死した漫画家を何人も知っている。文字通り血反吐を吐いて週刊連載なり月間連載をこなしていく。人気漫画家となれば収入も莫大だが、金以上に時間の浪費が凄まじい。本当に過酷な漫画家人生を、楽しんでいる者ならば問題無い。しかし、新井のように金なんかよりも趣味の時間を大切にしている人間はいる筈だ。そういう人間は休みなく作業する毎日にストレスが溜まり、病弱になったり精神病にかかったり、挙句の果てには過労死する。何もオーバーな話しでは無い。漫画家にとってはあるあるの話しなのだ。新井も漫画家同士の集まりでは日頃言えない不平不満を言い合ってスッキリしようとするぐらいだ。それぐらい、漫画家としての日々には不満を持たざる終えない。漫画家には締め切りがあると言われるが、そんなものまだマシな方だ。ほとんどの漫画家は締め切りがあるからこそ、連載を続けられると言っている。だから締め切り地獄と言っているような人間は新米で何も分かっていない内だけだ。連載を2年、3年と続けて漸く締め切りのありがたみを知る事が出来る。漫画家にとって本当の大敵とは、ずばり睡眠時間だ。毎日が多忙を極めているだけあって、彼等の平均睡眠時間は5時間を切っている。22時には絶対に仕事を終わらせる新井であっても、6時間寝られれば有頂天になるぐらいだ。なので普段は4時間だったり5時間ぐらいしか寝られない。22時に仕事場を出たとしても家に帰れば23時。風呂に入ったり部屋の掃除をしたり、夜食を頂くとしても寝る時間は0時00分を超えてしまう。そして新井は朝の5時に起きて漫画を描くための準備をするので、睡眠時間は4時間から6時間の間に収まってしまう。平気で8時、9時に起きる方法もあるのだが、それをしてしまえば自分の納得する漫画が描けなくなってしまうのだ。新井は睡眠不足感と疲労感に耐えながら、何とか自分の仕事机に辿り着いて、愛用するGペンを手にした。万能タイプのゼブラペンでは決して得られない昂揚感をGペンが引き出してくれる。結局、どんな仕事でも自分の気持ち次第なのだ。気持ちが高ぶっていると結果が良くなり、気持ちが萎えていると結果は悪くなる。感覚を研ぎ澄ますための方法は人それぞれだが、新井にとっては愛用するGペンを手にして作業に取り掛かるのがベストな方法だったのだ。


「さて、やるとするか」


 いざやる気を漲らせて原稿に向かう新井だ。しかし、現実は上手くいかない事が当たり前の非情な世界。あれだけストレス解消にバットを振ったにも関わらず、頭の中が空っぽになって前に進まない。素人時代では頭で考えるよりも先に手を動かして、雑な漫画を描いていた。しかしそれは素人だけに許される特権だ。プロの世界に入っても尚、何も考えずに漫画を描くのは言語道断。常に原稿と睨みあって自分の想像する世界を吟味しなければいけない。漫画とは想像の産物だと言われがちだが、ただ想像するだけでは原稿に魂を吹き込めない。ネームと呼ばれる物が必要となってくるのだ。ようするに下書きである。素人時代はいきなり清書して、出来る限り時間の削減をして多数の漫画を描こうとしていた。しかし、プロの世界では連載一本が当たり前。その分、連載一本分に集中しないといけないのだ。素人の時は面倒くさがって省いていたネーム作業も、必死になってやっている。漫画家によってネームは極端に違うのが結構面白かったりする。ある人は原稿なみにビッシリと書き込み、またある人はキャラクターを棒人間に済ませる。終いには絵も描かず文字だけ書いてプロットのように終わらせる漫画家もいるぐらいだ。それぐら人によってネーム作業は違ってくるのだが、新井はビッシリと書き込むタイプである。他のアシスタントが見ても分かるようにと細かい説明も全部書き込んでいるのだ。たとえば登場人物がどういう意志を抱いて会話をしているのかとか、背景には崩れ落ちているビルを採用してくれなどの指示もあるのだ。原稿に向かってもペンが走らない時は、決まって新井はネームを読み直す。ほとんど完成されていると言っても、ネームを見れば描き直したくなるのが漫画家の性分だ。この描き直す衝動こそが新井の行動力増加に導いてくれたのだ。ネームを見る事で新しい発見を得た新井は再びGペンを手に取っていた。アシスタント達が他のページを担当している中で、新井は重要なページに着手していた。それは主人公と相棒が喧嘩してしまうシーンである。吹き出しの中に写植が収まらないのではないかと言うぐらい、長い台詞を吐きながら主人公と相棒が喧嘩をするのだ。当然、言葉選びを十分に吟味する必要があった。



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