エンドスケルトン
今回の調査対象――。それは細菌やウィルスなどの病原体ではない。
だが万全を期して、BSL4の厳重な施設的措置が取られていた。万が一にも緊急事態が起こった場合、物理的封じ込めの効果を得るためである。
同時に危険な科学物質や高濃度放射線などの隔離処置にも通じており、万が一の場面に対してはそれ相応の対策が備わっていた。
ドアを閉めると完全に密閉化される研究実験室。照明は行き渡っている。研究実験室の中はいつも非常に明るい。
白を基調とした部屋の中央にあるのは、被験者用の拘束具付き座席。多数の機器と、最新の白い防護スーツを着た少数精鋭の助手達。囲まれる形で、座席には人型の骸骨が静かに鎮座していた。
基地に収容され調査の対象となっている謎の物体。コードネーム『エンドスケルトン』と名付けられたその骸骨は、一見するとただの作り物――模型――のようにも見える。
理科室から取ってきたような骸骨、ジョンは一見してそう思ったものだ。
そんな風な物体が椅子に縛られ真面目に調査されているのだから、異様な光景ではあるが、同時に滑稽でもある。
「ただの模型、……ではないのよね」
国防総省から査察のために派遣されたローズが、夫であるジョンに聞いた。再確認でもするかの如くだ。案の定の質問、というより感想だった。
「CTスキャンを始めとして、当然様々な検査はしてみたよ。そして解った事実と言えば、このエンドスケルトンが石英に似た未知の物質で構成されているということだった」
「石英って、あのクリスタル?」
「ああ。見た目では全くそうとは解らないがね。ご覧の通り、普通の白骨に見える」
「そうね……。まるでSF映画ね。他には何かわかっていないの?」
「現時点ではこの特殊な未知の物質に対して、地球上での物理的な破壊はほぼ不可能と思われる。色々と試した結果なんだがね」
これは実に驚くべき事実だった。恐怖と感嘆にも値する。
だが更に驚くべきもう一つの事実をローズへと告げる。
「そして、驚くなよ。この骸骨は……なんと生きてる」
自分でも馬鹿みたいなことを口走ってるもんだ、ジョンは内心で自嘲した。
「生きてる? どういうことなの?」
ローズが目を丸くして聞いてくる。これも予想通りの反応だった。
きょとんとした不思議そうな顔は、普段の凛々しい美貌と違って可愛らしさが垣間見える。
だがマスクを着けているので、チャームポイントの一つであるブロンドの髪はよくは見えない。
「文字通り、なぜか生体反応があるんだ。生化学的にも到底有り得ない現象だが……。だけど機器の故障でもない。機器を変えて何度も試してみたからね」
据え付けられた座席の周囲に設置されたモニタリング機器。機器から延びている幾つものコード。
「こいつは骨だけなのに、そう、まるで人間が生きてるのと同じ状態の反応があるんだ。悪い冗談みたいで笑えるよ」
コードを付けられた、白みがかっている淡黄色の骸骨。更に白みがかった腕部と足部には、拘束具が装着されている。
現在骸骨を拘束中……。こいつはテレビの子供番組に出て来るキャラクターみたいに、今にも騒ぎ出すのだろうか? 顎をカタカタと鳴らせて。子供が好みそうな趣向だ。
ジョンは問題のエンドスケルトンを眺めながら、呆れたように軽く息を吐いて笑った。
「私が触ってみても平気かしら?」
ジョンは返事の代わりに頷いて見せた。今更ローズが直接何を確認してみたところで、別段どうというわけでもなかったからだ。どうせ大した危険もないだろうという判断だった。
ならば好きなだけ触らせてやろう。実地で充分満足させてから巣へ帰せばいいのだ。そうすれば、彼女の報告を受けた国防総省の呑気なお偉いさん方にも、少しは事の異例さが伝わるかもしれない。ジョンはそう考えていた。
ローズはエンドスケルトンへと手を伸ばす。防護スーツ越しで骸骨の表面に触れようとしていた。
「……触った感じ、表面は滑らかね。すべすべしてる。スーツ越しの感触だけれど……。まるで動物の骨みたい」
声の調子でローズが少し興奮気味なのが分かった。この程度ならすぐに察することが出来る。一時期は寝食を共にしていたのだ、共同生活も伊達ではなかった。
「いえ、それよりも綺麗過ぎるわ。関節はどうなってるのかしら」
ジョンは彼女の興奮を煽ってやるつもりで、懇切丁寧なコメントを入れてみる。
「繋ぎ目は発見時からわずかな面積だけで接合されていた。多分、分離を防ぐためだな」
ローズは骸骨の関節部分を興味深げに観察しながら、ジョンの解説を黙って聞いていた。
「神経や筋繊維は全くないんだから、そんな風に骨だけで繋がってるなんておかしなもんさ。普通なら有り得ない話だが、そいつは初めからそうだったのか、それとも骨になってからそうなったのか……」
全くもって常識外れであった。こんな話、馬鹿馬鹿しくなってくるではないか。
「――もしかしたら、宇宙から来た人類のご先祖様なのかもな」
ジョンが少々皮肉混じりで述べた。
その間もローズは、骸骨の頭部真正面、目玉のない眼孔を食い入るようにじっと見つめている。
頭蓋骨の深く暗い窪みのその奥は、果たして人間の心をも引き込むのだろうか。
「まるで眠っているみたい……」
ローズがエンドスケルトンに向かって何気なく呟いた次の瞬間、異変は起こった。