その五
夢の月二投稿。
小さな見た目とは裏腹に、腕にくる重さの木箱を所定の位置に積み上げる。中身は確か芋だったか? 他にも飲める水や塩、米の粉、建材が籠城でもするのかと疑う程運びこまれてきている。
「おーい、この木材どうする?」
「こっちだこっち。そこに寝かせておいてくれ」
あちこちから物資の受け入れ作業を行っている声が聞こえてくる。普段訓練している兵舎の庭を馬車が埋め、私と同じ一般騎士の面々がその荷台から品を下ろしていく。外の街と兵舎を区切る簡素な木の柵には、街の大工が張りつき、弟子であろう若者に怒声を飛ばしていた。
積んだ木箱に腰掛け、後ろが一段高いのを良いことにもたれかかる。空を見上げると太陽はまだ昇りきっていなかった。
くぅ、と小さく腹が鳴る。そういえば、まだ朝を食べていなかった。担当分は終わったから何か食べようか。給金が少ないから何か露店で買って済ますが、晩まで飯抜きは堪える。
腰の剣をひっかけないよう注意して立ち上がる。どこに行こうかと悩んでいると、一人の同僚がこっちに手を振りながら走ってくる。
私の胸にも満たない子どものような風体だが、階級は私と同じ。幼顔なのと純粋な瞳で毎回年が分からなくなるが、私と同じ二十歳淑女。美しい金髪は短く揃えられ、重心のブレに合わせて左右に揺れている。
「シルヴァさ~ん!」
彼女は私の前で止まると、全力疾走で乱れた息を膝に手をつき調える。
「なんだ、ノエル。サボりでも見つけたか?」
「違います! 巡回の時間なので呼びに来たんです!」
「もうそんなか?」
「そんなです」
もう一度空を見上げる。お天道様は相変わらず。門に向けば前任の組が帰ってきていた。
…………
「行くか。ついでにどっかで何か食おう」
「はい!」
リーネの朝市は国の繁栄を象徴する最も分かりやすいものだ。日の出と共に人が集まり、活気が満ちる。客引きのけたましい声、時折起こる喧嘩騒ぎ、私の子どもの頃……先王の統治時にはなかった光景だ。
そんな感傷に浸りながらも、ノエルが見つけた露店で少し高めのパンと干した魚を買い、かじりながら巡回をしているのだが……
「魚が安く売ってるなんて、いい店を見つけましたね!」
「そうだな。しかし、前まであそこは毛皮売りだったのだが……獲れなくなったのか?」
「良いじゃないですか、それよりも幸運に感謝です」
頬を緩めパンにかじりつくノエル。幸せそうに食べる姿は微笑ましく、普段なら薄い財布を絞って何か奢ってやりたい衝動に駆られるのだが、今回は違った。
「おいしくない……」
勘違いだと思ってもう一回パンに口をつける。干された魚は安いこともあってか鱗処理がされておらず、口の中でボロボロ剥がれ、不快な痛みを歯に残す。更に、岩のように硬いパンは噛み千切るのが容易ではなく、咀嚼時に砂のような食感が舌を蹂躙した。
はっきり言おう。不味い。
いうまでもなく、原因は裏路地の天竜という奇妙な食堂だろう。ここ数日通いつめ、摩訶不思議な美味さに慣れた舌はもう元の食事を粘土か何かとしか認識しないだろう。
「ノエル、私のも食うか? 存外腹が減ってなかったようだ」
「いいんですか!? いただきます!」
両手に花……ならぬ両手に魚状態で通りを歩く彼女は市民どういう目で見られるのだろうか? いや、私が気にすることではないか。
「にしても、上は何を考えてるんだろうな?」
私はここ数日疑問に思っていたことを口にした。
「何がです?」
「庭に届いた大量の物資だ。お前も運んだだろう」
「邪魔だって隊長に追い出されました」
おっと、虎ばさみだったようだ。暗くなりつつもノエルは続ける。
「でも、確かに多いですよ。まるで戦争でも始まるみたい」
「もしくは、臆病風に吹かれた大隊長が恐竜に壁を越えられるなんて考えたんじゃないか?」
「それこそあり得ないですよ。当日は城壁の上に上級騎士の皆さんが待機してるんですよ。門も鉄の蓋がされますし、入るなんて不可能ですよ」
ノエルがカラカラと笑う。私も自分で言ってておかしくなり、噛み殺すように笑った。
全く、自分の領分でないものを考えるとおかしな事を言ってしまう。こういうのは隊長に任せて私は動けばいいのだ。
視線を上げて壁に目を遠見する。人の背丈の十倍はあろうかという壁は、いつも通り街を守るようそそり立っている。あれを破るには首長竜の突進か、大量の爆薬を使うしかないだろう。さらに今、あの壁は補強工事として上から黒い粘土のようなモノを塗っている。既に半分が終わっていて、明後日には作業が完全に終了。何人たりとも入ることは不可能になるだろう。
再び私の腹が小さく鳴る。
「ノエル、仕事が終わったら食事に行かないか? 最高の料理を出す店を見つけてな」
「新しい店見つけたんですか?」
「ああ、ちょっとギルドに睨まれるが……行って損はない」
「なら、着替えて宿舎前集合ですね」
米の粉__リーネのほぼ全域で採れる作物を臼で挽き、粉上にしたもの。水と練って焼かれたり、粗く挽いて粥にされる。リーネでは自生する種は確認されていないが……
首長竜__小さいものでも人の四倍はある草食の竜。名の通り首が異様に長い。性格は温厚、行動は愚鈍。人に敵対しないが、共に生きてくれるわけではない




