その一
この作品の世界は「恐竜が絶滅せずに残った」という設定を十世紀ごろのヨーロッパに当てはめたものです。作者はコミカルが好きなので出来るだけ明るくいきますが、どうしても現代の感性では狂ってるとしか思えないシーンも入ってきます。ご了承ください。
まだ朝露が道端の草を濡らしているような早い時間から、シルヴァーナは街に繰り出していた。
本日は非番であり、普段なら太陽が天高く昇る時間まで自分の部屋で寝ているのだが、昨日行った(連れこまrた)店の店主との約束に心が踊り、まだ城壁に太陽が隠れるこの時間から何時もの鎧を脱ぎ、代わりに若草色のワンピースで着飾って「日本」に続く市場を早足で歩いていた。
「~~♪」
心の内を表現するようにお気に入りの詠が鼻歌となって口から漏れる。
市場は既に活気だっており、そこかしこで物を売り買いする声が上がっている。シルヴァーナの雰囲気もそれに触発されるように穏やかなモノへと変わっていく。
(警らの時には睨まれるからそういう場所かと思っていたが……皆イキイキとしてていい場所じゃあないか。これが私たちが守っているものか、なんだか感慨深いな)
これからは早起きして見に来るか、と心の中で次の非番の予定を決める。
彼女は笑顔を浮かべた。なんて良い日だろうか。活気ある街の姿を図らずも垣間見ることが出来、朝飯に普段行く作りおきの硬いパンと具の入っていないほぼお湯のスープを出す軍の食堂ではなく、暖かい粥とサラダ、もしかしたら肉まで入っているかもしれないスープを安価で提供してくれる店で食べられる。
「お願いです! 赤ん坊が待ってるんです!」
しかし、その興奮も曲がり角の影から聞こえてきたすがるような女の声で一気に冷えた。
石の壁に服が汚れるのも構わずに背を付け、首だけ伸ばして声のした先を窺う。シルヴァーナの目的地である食堂日本の前に命の恩人たる店主と酷く痩せこけた女性が何やら言い争っている。
正確には、店主の腰に抱きつき、泣きながら物乞いをする女性を酷く冷たい声で店主が拒絶している。よくわからない罪悪感に壁に隠れたが、女の持っている野次馬根性がシルヴァーナの頭を半分だけ壁の外に出す。 店主は女を振りほどくと道端の石のでも見るような目で女を一瞥すると、踵を返して扉の奥へと去る。地面に倒れ付した女は、全身の力を振り絞って店主の腰にしがみついた。
「離せ! お前なんぞにくれてやる飯なぞ無い!」
「嫌です!」
ここで普通に生きるリーネ人なら、見ず知らずの汚ならしい物乞いが無情に捨てられる様を見ても何の反応も起こさない。心の中で「かわいそう」程度に同情する人間も居るが、手を差し伸べる者は居ない。
しかし、シルヴァーナは違った。騎士になる前から世のために働くことを望んでいた彼女は困っている人を見捨てない。己が正義の番人と信じる彼女は、その行動がどういう結果をもたらすかも考えずに困っている人間を助けている。
そしてそれは、身なりの汚い浮浪者とて例外では無かった。帰りに果物でも買っていこうかと少しだけ持ってきていた小銭を財布の中から荒々しく取り出すと、己を助けてくれた店主の小物さにイライラしているのも隠そうとせずに店主の元に飛び出した。
「なら、私がその分の食料を買おう! 金のある客だ、文句るまい?」
すると女はひどく狼狽した。店主は僅かに眉を動かしただけだったが、やがて奥に引っ込み腕に抱えるだけの食料を持ってきた。
女に食料を恵むと、女騎士に引け目を感じたのか足早に何処かへ消えていった。あんな奴でも助けられて嬉しいのか、女騎士はニコニコとサンドイッチとサラダを頬張っている。
別にこいつの行動に文句をつける部分は一つも無い。やってることは人間として正しいし、あの人種でなければ俺もきっと手を差し伸べていただろう。彼女は悪くない。悪いのはああいう人の優しさに漬け込んで蜜を吸う輩と、無駄に効きすぎる俺の鼻なのだ。しかし……
「バカだねぇ」
どうしてもバカにしか見えん。仮にもこの国の警察機関に属する人間が嘘も見抜けないようじゃ治安なんぞ立ち居かんぞ。
「バ、バカとはなんだ!?」
「バカじゃないさ。浮浪者の嘘に引っ掛かって飯をやるなんざ聞いたことないぞ」
「これが私の性分だ!」
いや、貶してる訳じゃあないぞ。ただ、バカだと思っただけだ。
「第一、お前を含め、この国の人間は疑り深いのだ。もっと人を信じて助け合わねばならないのに」
卵サンドを乱暴に咀嚼しながら愚痴をこぼし出す。どうやらずっと昔から感じてたらしく、卵サンドを食い終わり、ハムカツサンドに手が伸びても口が止まる様子はない。こういう場合、無理に口を挟むと痛い目を見るのは経験から分かっていたのでひたすら相槌を打つ。
「つまりだ。この国は今病んでいる。それを治すのは神でも、王でもない。私達が自分で変わらなければならないんだ」
「お、おう。そうか……」
随分と壮大な結論が出たもんだ。敬虔な信者じゃあ無いことには好感が持てるが、それを俺に話してどうする? 俺は人類代表でも、カリスマを持った指導者でもない。異世界から来た小さな飯屋の店主だぞ。
「なんだ、その反応は? 何かおかしいところがあったのか?」
心の底から不思議そうな顔をして首を傾げるな。話す相手が違うことに気付け。
「いや、いいんじゃない? 俺は頭良くないから分からんが」
無難な返事を返すとこの騎士さんの表情が花が咲いたように明るくなる。カウンターに乗りだし、皿洗い途中の俺の手をガシリと掴むと犬の尻尾の如くブンブンと振りだした。
「そうかそうか! 分かってくれるか! 今まで誰に話しても与太話としか扱われなかったが、やっとわかるやつが表れた!」
分かったから腕を離せ。肩から千切れる。
そんな俺の内情を察したのか、騎士は手を離してくれた。軽く肩を上下させると間接部に痛みが走る。
「良し! そうと分かれば行動有るのみだ。店主よ、お前に人の信じかたを教えてやる。そしていつか、この店に来る客にも、人を信じることを教えてやろう!」
「はぁっ!?」
思わずすっとんきょうな声が出る。全力で首を振って拒否するも騎手には届かず、自分の世界に入った騎士は、指を折って脳内段取りを確認しているようだ。
拒否りたい……全力で遠慮申し上げたい。そんな願いは彼女には届かない。
「これから毎日ここに来る! お前が人を信じるようになるまで毎日だ。覚悟しておけ!」
「せめて……営業時間は止めてくれ……」
なお、文明の利器は、自然環境の影響と学問が発達しても他所に出ていかないため、その殆どが存在しない。それでも人類は確実に生存率を上げているそうな。




