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異世界食堂『天竜』  作者: 杉乃悠一
裏路地の食堂と恐竜の世界
1/8

行き倒れ騎士と食堂店主

この作品では『食事』をテーマに、泥臭い人間を書いていくつもりです。たまに食から離れ、戦ったり、愛憎劇を繰り広げたりします。そして、無双担当やイケメン担当は出てきません。魔法も近代兵器もありません。皆を率いて戦えるカリスマも主人公にはありません。不思議な事は起こりません。あるのは異世界と繋がる扉だけです。

上記の内容を受け入れられる方のみ、本編にお進みください。

俺がこっちの世界に来たのは、なんてことない普通の日だった__

 車にひかれたわけでも、海に飛び込んだわけでもない。ただ地元に帰省した、二年前の冬だった。

 違う点があるとするならば__

 俺の実家は、代々村の秘密を管理する家系で__

 俺が人を信用しなくなったことだろう__








 人で賑わう市場の片隅、意匠の凝った鈍い輝きを放つ鎧を身につけた人物がふらつきながら裏路地に入っていった。

 齢は二十歳くらいだろうか、背の小さな女性だ。肩までありそうな銀髪を後ろで束ね、胸当ての下には洒落っ気の欠片も無い木綿の服を着こんでいる。体に見合った小さな顔は堀が深い。薄目な唇や、猫を思わせる目つき、整った鼻筋、多くの人が美人と評するであろう顔は疲労と空腹に染まっていた。

 彼女の名はシルヴァーナ。この国『ヘルプスト』の騎士である。

「お腹すいた……」

 おぼつかない足つきで裏路地の更に奥に向かうシルヴァーナ。この市場の警邏はシルヴァーナの担当では無い。なのにこんな危険地帯に来たのは訳があった。

 匂いだ。それも、空きっ腹を刺激してやまない、美味い食べ物の匂い__

 非番の日に偶然嗅いだ匂い。その時は少し気にする程度だったが、なんの因果か彼女の脳がその匂いをしっかりと記憶、火に集まる虫の如くその匂いに釣られて、こんな場所まで来てしまった。

「どこ……どっからなの?」

 鼻をひくつかせ匂いをたどる。数日前、貧しい家族に給金を施して以来、今日まで水と数個のジャガイモだけで生活してきた。激務をこなし、やっと払われた今月分の給金。最初に食べるのは最高に美味いものが良い。その思いが彼女をここまで連れてきた。

 __しかしもう限界だ

 足はふらつき、視界は朦朧としている。体に力が入らず、前のめりに倒れる。地面に激突した鈍い痛みが全身を襲うが、反応などできる状態では無かった。

(ああ、せめてお腹一杯魚を食べたかった……)

 そこで彼女は意識を失った。




「なんだこいつ、生き倒れか?」




 


(ん……ここは……?)

 香辛料の強い香りでシルヴァーナの意識は浮上する。

 硬い地面の上では無く、柔らかい布の上、頭の下に綿をつめた袋が敷いてあり、シルヴァーナは誰かに助けられたことを悟った。

 周囲を見渡す。煉瓦でできた壁に、狭くない部屋を照らす強い灯り、ツルツルとした不思議な材質の丸椅子が並んだカウンター、どれもシルヴァーナが目にしたことのない物ばかりだ。よく見れば彼女が踏んでいる布も、触り心地がよく、庶民のシルヴァーナには縁の無い代物だ。

(もしかして……貴族の館!? 人攫いに売られた?)

 最悪の結末が脳裏に浮かび、飛び起きて腰の剣を確認する。今まで責務を共にこなし、悪人を切り捨ててきた往年の相棒はあるべき場所に存在しなかった。それどころか、身を守る鎧や給金の入った袋すら無い。

 身を守る術を失い、シルヴァーナは青ざめる。せめて武器になるものはないかと辺りを見渡すが何も無い。

服は着ているため、純潔は散らされていないようだが、それも時間の問題に感じた。

「起きたみたいだな」

 不意に声が聞こえた。カウンターの奥にある扉がゆっくりと開く。

 現れたのはガタイの良い大男だった。シルヴァーナの知っている誰よりも背が高く、肩幅は顔が三つ分はある。捲られた袖から生える腕は、今までの人間の腕が枯れ枝に見えるほど太い。顔の堀は浅く、目の色は夜空の色をしている。短めに切り揃えられた黒髪は清潔感に溢れ、もう少し細ければ『好青年』という印象を受けただろう。しかし、身長と肩幅のせいでシルヴァーナには熊のように見えていた。

「飯食うけ?」

 耳触りの良い低めの声で訛った喋り方をする男。普段なら、安心するような声色だが、絶望的な状況に瀕しているシルヴァーナは、逆に怯え、顔色を更に青くする。

 それを見た男は「顔色悪いぞ?」と言って近づいてくる。シルヴァーナは反射的に飛び掛かり、男の自由を奪おうとした。

 女とは言え騎士の端くれ、並みの男はおろか大工にだって負けない力を持っていると自負するシルヴァーナは、そのまま押し倒そうとした。

 しかし、男は微動だにしなかった__

 まるで大木。風雨に晒されてなお、堂々とそびえる森の大樹を男に見る。空腹で力が出ないとか、そういう次元じゃあ無い。圧倒的な差をシルヴァーナは感じ取った。

 大きな音が鳴った。獣の唸り声と言っても差し支えない音がシルヴァーナの腹から聞こえてきた。

 シルヴァーナは恥ずかしさに貞操の危機も忘れて赤面する。男は気まずそうに頬をかいた。

「あ~……飯食うけ?」

 彼女は静かに頷いた。

捕捉説明

女性騎士は試験と力量があれば誰でもなれる。しかし、男に負けない根性と腕力が必要。また女騎士は頑張っても分隊長までしかなれない。男ばかりの騎士団で性欲の対象に見られることも珍しくない。しかし、相手の意思に反して手を出した場合厳しい罰則がある。

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