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向日葵の少女

 綺麗な花だね――

 そう言って私の頭を撫でてくれたアナタは、もう戻っては来ない。




「封印?」

「そう。しかも厄介なコトに、神話時代の代物ときてる」

「解くことは?」

「ぶっちゃけ無理。てか、出来たとしても、やりたくないね」

「何故?」

「生贄が必要なんだぜ? それも、たくさん」

「何を、捧げれば?」

「…生きた、人間、だよ」

 彼はそう言いながら、私の前にある猪口に酌をする。私は窓際にもたれかかりながら、煙管を吸っていた。

 彼は当局非公式の『時計回収人』だった。幼馴染のよしみで、遊女となった私に定期的に会いに来てくれている。その彼が、ある日突然、パタリとやってこなくなった。周りの人たちはみんな、彼が単純に遊郭に遊びに来る金がなくなったのだと言っていたが、それは事実ではないという事は知っていた。客の一人がポツリと、例の封印の事を漏らしたのだ。その客に問い詰めたところ、封印を解くために隻眼の青年を一人犠牲にした、と言った。彼は『生贄はたくさん必要だ』と言っていたが、それについての疑問もこの客が解消してくれた。その客が言うには、彼の眼帯の下に隠されていた右目に、封印を解くために利用できる何らかの力があったらしい。言われてみれば、確かに彼の眼帯の下を見たことは無かったし、彼もまた、祖母に言いつけられてからは、ほとんど眼帯を外すことは無かったらしい。

「向日葵太夫、今宵はいかがお過ごしかな?」

 窓際にもたれかかりながら煙管を吸っていると、部屋の入口から声をかけられる。

 例の客だ。

 客はあれからだんだんと私に対する要求の段階を上げてきている。彼の事件以来、各段と地位が上がり収入が増えたらしく、まさに豪遊というにふさわしい遊びっぷりを見せている。もしかすると、私を身請けするつもりかもしれない。

 私はこの客が正直言うと嫌いである。始めはそうでもなかったが、彼が来なくなってからあからさまに私を束縛しようとする。隠していただけで、本当はとても醜い性格の男だ。

「太夫、この写真を見てくれないか」

 客はそう言って私に1枚の写真を見せつける。電子映像ではない、紙に印刷された本物の『写真』だ。こうして富の一部を見せつけるようにふるまう態度も、この客の嫌いな部分の一つでもある。

 そっぽを向く私に、困ったような笑顔を作りながら、客はさらに近づいてくる。

「あぁ、太夫。ご機嫌を損ねないでおくれ。紙に印刷された写真は珍しいだろう? 君にも一度見せたかったんだよ、コレを」

 そう言って再び、ずい、と突き出された写真に内心辟易としながらも、仕方なしに写真を覗き込む。

 客が得意気に見せつける写真は、その態度とは裏腹に、薄ぼけて見づらいことこの上なかった。強いて言うなら、本物でもこれより画質も品質も良いものは今までにも数度見たことがあるし、客が得意がる様子に半ば憐れみすらも覚えてしまう。

「よく、見てごらん?」

 目を凝らして写真を覗き込む事に飽きてしまった私に、さらに客が言う。仕方なしに、私はまた写真を覗き込む。

 どうやら人物が映っているらしい。白黒の画像からは、それしかわからない。

「こうすると、どうだい?」

 客が何か薄いプレートのようなモノを写真に宛がった。すると、白黒だった写真に色彩が写り、ピンぼけた画像が少しだけ鮮明になる。何枚か同じプレートを重ねられていくうちに、徐々に画像は鮮明になっていく。鮮明になるにつれ、それは見覚えのある姿になっていった。

「これは…」

 写真に写っていたのは、あの幼馴染。トレードマークの眼帯を外されていた為に判り辛かったが、紛れもなく彼だ。

「彼は現在、私の組織での実験に協力してくれていてね。まぁ、一般人では彼に会うことはできないが、私は彼と会うことが可能だ。…何か、伝えておくことは無いかね、向日葵太夫?」

 壁の拘束具に繋がれた彼の姿は血だらけで、客の言う「実験」などは虚言に過ぎないことはわかる。少なくとも、写真に見える彼の目には、昔のような輝きは見えない。

 そのまま沈黙を守る私に、客は言う。

「君をウチで引き取る事にしたんだ。嫌なら別に断ってくれても構わない。但しその場合、写真の彼は……わかるね?」

 簪に飾っていた向日葵をすい、と引き抜き、客は花に接吻する。

 良い返事を期待している、とだけ言い残し、客は下がっていった。


 残されたのは、「それは君に差し上げよう」と言われ握らされた、一枚の写真だけ。




 ――私の向日葵をアナタがほめてくれることは、きっともう、無い。




自サイト掲載2012.07.16

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