第九話 出撃サキュバス その2
謁見の間とでもいうのだろうか、扉を開け中に入ると、広く煌びやかな一室にいきついた。
床にはふわふわした赤い絨毯が、真っすぐに玉座の方まで伸びている。
そしてその玉座には、年老いた男が腰かけていた。
「カラナフィよ。戻ったか」
「はっ! ただいま帰還いたしました!」
カラナフィが老人に跪き、頭を垂れる。
とすると、あの萎びたジジイが魔王なのだろうか?
見た目は人に近いが、頭の両サイドからねじれた角が生え、額にもうひとつ目があることで、その存在が人外であることを雄弁に語っている。
全身を覆う漆黒のローブを纏い、手には怪しく光る杖を持っている。いい歳して中二病かっての。
「お、おいガイアなにしてんだい!? お前さんも跪くんだよ! 早く!」
悠然と腕を組みながらジジイを観察していたことに驚いたのか、カラナフィが大きな声をだした。
『チッ』
俺は一度舌打ちをしてから、渋々と片膝をつく。
それを見て、隣のカラナフィが胸を撫で下ろしていた。
だがそんなことよりも、ひとつ気になることがある。
さっきから〈鑑定〉の能力を使っているのだが、あのジジイのステータスが確認できないのだ。こんなことは初めてだ。ひょっとしたら、実力差がありすぎる相手には、〈鑑定〉が行使できないのかも知れないな。
しなびてても魔王、ということか。
「ほう……カラナフィよ、お主がオークを従えるところを、余ははじめて見たぞ」
「は、はいっ! えと、そのっ、あ、ち、力仕事をっ、その、する時とかに便利で、だからっ、えと……」
ジジイの質問を想定していなかったのか、カラナフィが焦りだす。
そんなカラナフィに向かって、ジジイは片手をあげて落ちつかせる。
「よいよい。お主がオークを連れている理由、深くは聞くまい。お主も夢魔族のひとり。込み入った事情もあるだろうからの」
「は、ははっ!」
カラナフィは意味も分からず頭を下げているようだが、きっとジジイは俺とカラナフィが“ただれた関係”だとでも思い、勝手に納得したのだろう。すけべジジイめ。
「(おい、カラナフィ)」
俺は少しだけカラナフィににじり寄り、重要事項の確認を取るため小声で話しかける。
「(ば、バカ。いまあたいに話しかけんじゃないよ! てかしゃべるなよ!)」
「(小声だから大丈夫だ。それより、あの棺桶に両足突っ込んだようなジジイが魔王なのか?)」
「(棺桶に両足突っ込んだら死んじゃってるだろ! 魔王さまに向かって失礼なこと言うなよな!)」
「むう……?」
俺たちの会話が漏れ聞こえたのか、ジジイが怪訝な顔をする。
「カラナフィよ、今そこのオークが言葉をはな――」
「ブヒブヒブヒ!」
「……ふむ。余の気のせいであったか」
ジジイはそう言うと、小さく頭を振る。
僅かに沸き出た、『オークが喋ってる』という考えを頭の中から振り払ったのだろう。
俺はそんなジジイを見て、気づかれないようほくそ笑む。
くっくっく。なにが“魔王”だ、ばかばかしい。俺がちょいとオークのフリをしただけで簡単に騙されやがって。なんてことはない。ただのもうろくしたジジではないか。
まあ、あのポンコツなカラナフィを部下にするぐらいだ。その実力も底が知れようというもの。
「よくぞ戻った。しかもサイサリスの配下を捕らえてくるとはのう。八魔将の名に相応しい働きじゃ。お主には褒美を与ねばならぬな」
「もったいないお言葉です!」
俺の胸中など微塵も知らずに、ふたりの会話は続いていく。
「褒美はあとで届けさせよう。なにぞ欲しい物があれば申してみよ。出来うる限り聞き入れるでな」
「エギーユさまのお言葉こそが、あたいとって最大の褒賞でしゅ!」
こういった場に慣れていないのだろう。カラナフィが見事に噛んだ。
「欲のない奴め。よいだろう。褒美は余が決めておく。それでよいな?」
「はっ!」
褒美うんたらの件はここで終わり、ジジイは次の話に移した。
「聞け、カラナフィよ」
「はっ」
「そう遠くない内に、サイサリスとの間で戦が起こるだろう」
ジジイは宙に視線を投げ、自虐的な笑みを浮かべる。
「余は老いた。そしてサイサリスは余の衰えを待っておったのじゃ。おそらくは……次の戦に全戦力をぶつけてくるだろう。いままでの諍いが児戯に思えるほどのな」
「…………はい」
「そこでじゃ、お主には余の娘、ニナを頼みたい」
「ニナさまを!? あたいなんかにですか?」
「嫌か?」
「い、いえ。でも、あたいなんかが姫さまのおそばにいても……」
「なにを申すか。ニナはお主と血の繋がりもあるのだぞ。お主以上に、ニナを任せられる者など余は知らぬ。それにな、ニナはお主に懐いておるようじゃ。頼まれてはくれぬか?」
「はっ! 仰せのままに」
感極まっているのか、カラナフィの声が震えている。
しかし……魔王の娘ときたか。しかもカラナフィの血縁ということは、サキュバスの血が入っているとみていいだろう。
フッ、容姿によっては俺のハーレム候補に加えてもいいかも知れないな。
『くっくっく』
「ガイア、魔王さまのご前だよ。静かにおし」
『チッ……」
妄想するのが楽しくて、つい鼻息が荒くなっていたようだ。
「ではニナのことは任せたぞ。ニナは余の末の娘じゃ。可愛くてしようがない。だからな、カラナフィよ、」
「はっ」
「余に何かあった時は、ニナを連れて逃げよ」
「なっ!? そ、そんなことおっしゃらないでくださいよ魔王さま! 魔王さまに限って――」
「よいのじゃ。余の力は日に日に衰えておる。余を疎んじる者も配下にはおる。余の子たちのなかにもな」
「…………」
思い当たるふしでもあるのか、カラナフィが黙り込む。
「ニナは強い魔力を持って生まれた。……強すぎるほどにな。それゆえ、その才が花開く前に殺そうとする者も出てくるじゃろう。じゃからな、カラナフィ、」
「……はい」
「ニナを護ってやってくれ」
「あ、あたいの命に代えましても!」
「ふっ。頼んだぞ。では下がって体を休めておれ。お主の捕らえたデーモン共が口を割れば……八魔将を招集することになるじゃろうからの」
「はっ」
カラナフィは最後に深く頭をさげ、俺を伴い謁見の間から出ていった。
「ふう、お前さんがいるからヒヤヒヤしたよ。あたいは『しゃべるな』って言ったじゃないのさ。まったくー」
「そう言うな。バレなかったのだから、なんの問題もない」
それでもカラナフィは、唇を尖らせてブツブツと文句を言っていた。
「そんなことよりも、だ。今日はこのあとどうするつもりだ? 用がないのであれば、拠点となる部屋を用意してほしい。なんせ、こっちの連れはオークにゴブリン、それにオーガなのだからな。あまり目立ちたくはない」
「わかってるよー。キースに言って準備させとくよ」
「まあ、どうしてもと言うのであれば、俺は貴様と一緒に寝てやってもいいのだがな」
「まっぴらごめんだよ!」
「チッ……とにかく早くしろよ。じゃないと化物共がいつ暴れだすかわからんからな」
「……すぐに用意させるよ」
カラナフィがどんな想像をしたのかは知らないが、すぐにキースを呼び出して俺たちの部屋を用意させていた。
俺たちにあてがわれた部屋は魔王城のはずれにあり、壁が厚く頑丈な造りをしていた。これならジュディがブヒブヒ言ったところで、その鼻息が部屋の外へ漏れることはなさそうだな。
室内は広く、ベッドまで用意されている。しかも、ちゃんとした食べ物まで運び込まれていた。
おそらくはカラナフィが俺たちの機嫌を取ろうとしているのだろう。露骨なヤツだからな。
だが、そのおかげてゆっくりと休息を取ることができた。
無論、俺のベッドに入ってこようとしたジュディはぶっ飛ばし、床に転がしておいた。




