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第八話 戦場は洞窟

 捕まった俺とジュディはゴブリンたちに担がれ、奴らの住処であろう洞窟へと連れてこられていた。


 植物の蔓で縛り上げられた俺たちは地面へと転がされていて、多くのゴブリンとホブゴブリンがニヤニヤとこれから起こる『何か』に期待しながら俺たちを囲むように立っている。


「ゲハハハハ。いいざまだなぁクソガキ」


 洞窟の地面へと投げ落とされた俺に向かって、昼間ぶっ飛ばしたゴブリンがそう言ってくる。


「貴様……なぜ顔が元に戻っている? なぜ傷が回復しているんだ?」

「そっだなことおめぇに話すわけねぇべ。それより……おめぇらをどうすんべかなぁ?」


 そう言いゴブリンがニヤリと笑う。


「ふっ、せっかく男前にしてやったというのに元のブサイク顔に戻すなんて救えんバカだな」

「んだとぉ!?」


 俺の言葉にキレたゴブリンが俺の腹に思い切り蹴りを入れてきた。


「ぐはぁっ」

「ガイア!」


 体をくの字に曲げてのたうつ俺を見たジュディが悲痛な声を上げる。


「ちょっとあなた! ガイアに何するのよ! ガイアを怪我させたら後でひどいんだからね!」

「ああん? こいつに何さしたらひどいってぇ?」


 そう言うと調子にのったゴブリンは笑いながら何発も蹴りを俺に入れてくる。昼間俺がマウントポジションからフルボッコしたことを相当根に持っているみたいだ。

 ひとしきり蹴りこんだ後、はぁはぁと荒い息を吐きながら今度はジュディの方を向き、その汚らしい赤髪を掴んで自分の方に顔を引き寄せる。うむ。なんとも醜いツーショットなのだろうか。


「いや! 離して!」


 ゴブリンはいやがるジュディの顔に自分の顔を近づけると、何かを含んだ表情でジュディの顔を舌でペロリと舐め上げた。


「おめぇめんこいからってぇ、なんか調子にのっでねぇか? おめぇらいまの自分の立場さわがってんのかぁ?」

「ひ……ひぃ……」


 そのゴブリンの行動に恐怖を感じたのか、ジュディは目に涙を溜めて言葉を失ってしまう。

 と、そこへ先ほどのホブゴブリンが赤黒い巨体を揺らしながら近づいてきた。

 近くで見ると本当に大きい。大人のオークの平均身長は二メートルほどだが、このホブゴブリンも同じぐらいの体格をしている。

 ゴブリンの身長が百二十ぐらいしかないのというのに上位種になるとこうもサイズが変わってくるものなのかと素直に感心してしまう。


「おい、誰がオークに手ぇだすていいって言ったんだぁ?」

「あ、あのぉ……これはぁ……」


 とたんに調子こきまくっていたゴブリンがその身を縮めて言い訳を並べようとあたふたしだす。

 ゴブリン共の反応を見る限り、このホブゴブリンが新たな族長であるのは間違いない。その証拠にゴブリン共はこいつに畏れ、他のホブゴブリン共は敬意のようなものを払っている。

 ブサ男たちオークとの戦闘でどれだけ数を減らしたのかは知らないが、いまこの洞窟内には五十近いゴブリンと二十ほどのホブゴブリンがいて、それらすべてが俺とジュディの方に意識を向けている。

 きっとゴブリン共にとって俺とジュディは突然転がり込んできた娯楽のようなものなのだろう。


 族長と思われるホブゴブリンが俺を蹴り続けたゴブリンの頭をペチペチ叩きながら、


「いいかぁ? こんオスのガキはオークの族長のガキなんだよなぁ?」


 と言い、その問いに顔を青くしたゴブリンがヘッドバンキングばりに何度も大きく頷く。


「へ、へい。昼間オラが戦った時にそう言ってたですだぁ」

「そっかぁ。まだオークどもの族長さ殺すてないっけぇ、こんガキ使っておびきだすだぁ。わがるよなぁ?」

「へい。わがってますだぁ」

「んだばぁ、こんガキは殺すちゃなんねぇべさ」

「へ、へい……」


 そこでホブゴブリンは俺とジュディの方へと視線を移す。


「よぉ坊主。おめえの父ちゃん、族長のくせに仲間さ置いて逃げちまったぞぉ。なっさけねぇべぇ」

「ふ、ふん。オーガを利用しないと俺たちオークと正面から戦うことも出来ない臆病者が何を言う」


 俺の言葉を聞いたホブゴブリンの顔が僅かに歪む。


「ああん? なしておめえがそっだなことさ知ってんだべぇ?」

「ふっ、お前の隣にいるゴブリンから教えてもらったんだよ。俺に殴られるのが嫌で、泣きながら何でも話してくれたぞ。お前たちホブゴブリンのことが気に入らないこともな」


 ホブゴブリンが隣のゴブリンを睨み付ける。ゴブリンは「おめー何言ってくれてんだよ!」というような慌てた顔で俺を見ていた。ふん。いい気味だ。


「おめぇが教えたんけ?」

「い、いや……オ、オラは………」

「おめぇらゴブリンはオラたちホブゴブリンに頭さきてんけ?」

「そ、そんなことなないだぁ! オラたちゴブリンはあんたらホブゴブリンの奴隷だぁ! あんたらの言うことなら何でも聞くだよぉ」

「そっだなこと当たり前だべぇ。オラがおめぇらの新しぃ族長なんだからなぁ。んだども……オーガのこと話しちまったのは許せねぇべなぁ」


 そう言うとホブゴブリンは腰に差していたロングソードを抜き、切っ先をゴブリンへと向ける。


「ひぃっ」


 ゴブリンが腰を抜かしてその場に尻餅をつく。この状況に他のゴブリンたちの間に動揺が走るが、それに構わずホブゴブリンはロングソードを上段に振り上げ、その刃をゴブリンに向けて振り下ろそうとしていた。

 と、そこへ、


「ボス。待ってくだせぇ」


 ボロボロのローブを纏った別のホブゴブリン(?)が進み出て自分たちの族長の止める。

 そのホブゴブリンは他のホブゴブリンと違い、一匹だけ体がひょろひょろのもやしっ子だったので、それが何となく気になった俺はこっそり〈鑑定〉の能力で確認してみることにした。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 種族:ゴブリン・シャーマン LV.3

 HP    118/120

 MP     40/42

 体力     12

 筋力      7

 魔力      9

 敏捷性     3

 知性      8

 物理防御    6

 魔法防御   18


 能力 火魔法 LV.1

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 おお! おおおッ! ゴブリン・シャーマンだ! 俺が探し求めていた魔法を使えるモンスターだ!

 意中の獲物をやっと見つけた俺は、この状況にも関わらず笑みを浮かべてしまう。


(あいつの『肉』が欲しいな……。あいつの肉を〈捕食〉すれば俺も魔法が使えるようになるはずだ)


 俺はゴブリン・シャーマンの肉を手に入れるため頭を巡らす。何も殺す必要はない。ほんのひと噛み。ほんのひと口分の肉を食べれば〈捕食〉の能力が発動するはずだ。

 俺が地面に転がされた状態でうんうん思案している横では相変わらずジュディがガタガタ震えていながらホブゴブリンとゴブリン・シャーマンの会話に聞き耳を立てていた。


「なして止めるだぁ? こんゴブリンは見せしめで殺すのが一番だべぇ」

「まぁまぁボス。落ち着いてけんろ。あんガキんちょがオーク共の族長の息子だって情報持ってきたのはこのゴブリンでもあんだぁ。そん手柄に免じて許してやっぺよ」

「ふむ。まぁ、オラの右腕であるおめぇがそう言うんならぁ勘弁してやっても……」

「それでこそオラたちのボスだぁ! 強いだけでなく心も広いだぁ。オラそんなボスの下で働けて幸せだべぇ!」

「お? そ、そうか?」


 あからさまなゴブリン・シャーマンのおだてに気分を良くした族長ホブゴブリンは照れたように頭を掻いた後ロングソードを鞘にしまい、腰を抜かしたままのゴブリンに向きなおる。


「よーし! んだばぁおめぇの働きに免じて今回はゆるしてやるっぺ。オラは心が広いからなぁ」

「あ、ありがとうござぇますだ! オラ一生ボスについていくだぁよ!」


 命拾いしたゴブリンは涙を浮かべながらホブゴブリンの足にすがり付いて頬ずりしている。それをきっかけに「ボース! ボース!」と他のゴブリンたちの間からボスコールが洞窟内に沸き起こる。なんだこれ?


「ははははは! これからもおめぇらまとめてオラについてくるべぇ!」


「「「おおぉぉぉっ!!」」」


 拳を掲げ洞窟内の同胞たちをひとつにまとめ上げた族長は恍惚な表情で続ける。


「んだばこのままこれからオークの族長の首さ取りにいくぞぉ! オラに続くべぇ!」


 族長のホブゴブリンが洞窟の出口に向かって歩きはじめ、それに洞窟内の半数のゴブリンが続く。きっともう半数は先の抗争で怪我を負ったり、繁殖用のメスだったりと、非戦闘要員たちなのだろう。


「あ、ボス。ちょっと待ってくんろ」

「あ? なんだぁ?」


 先頭に立つホブゴブリンを先ほどのゴブリン・シャーマンが呼び止める。


「オスのガキんちょはこのままオーク共の豚質にするとすてぇ、メスの方はどうしたらいいべさ?」


 ゴブリン・シャーマンの問いを受けて、ホブゴブリンの視線がジュディに注がれる。


「めんこいメスだけんどぉ、まんだちっさすぎてオラの趣味じゃねぇ。だからおめぇの好きにしていいべさぁ」

「おお! ボス、いいんけ?」

「ああ。だけんど殺すなよぉ。そんメスめんこいからぁ、大きくなったらオラのもんにすてオラの子さ生ませるからよぉ」

「わかってますだぁ。んだば、オラ洞窟さ残ってこんガキ共見張ってからよぉ、ボスはその武勇をオーク共に見せつけてきてくんろぉ」


 拳を握りしめ、満面の笑みで自分の族長に向かってそう言うゴブリン・シャーマン。それを見てホブゴブリンは「仕方のないやつだべぇ」と笑うと、手下を引き連れて洞窟から出ていった。


 手をぶんぶん振りながらそれを見送ったゴブリン・シャーマンはゴブリンの一団が見えなくなると、こちらに――より正確にはジュディの方を向き下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる。しかも下腹部の一部を起立させながら。


「けけけけけけ。お嬢ちゃん……おじさんと『いいこと』し・ま・しょ・う・ね」

「い……いやああぁぁぁぁぁぁ!!」


 ジュディの悲鳴が洞窟内に響きわたった。

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