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冒険者ミャムミャム、ダンジョンに挑む その11

『キィィィシャアアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアッ!!』


 その身を劫火に焼かれた巨蜘蛛が咆哮をあげる。

 巨体を壁に、床に叩きつけて己を焼き焦がしていく炎から逃れようとしているが、ガイアの放つ〈地獄の火炎〉は放射状に広がりそれを許さない。

 だから巨蜘蛛は咆哮をあげたのだ。

 劫火に抗う術を持たぬ巨蜘蛛は、めったに使わぬ発音器官を“初めて”威嚇以外に使った。

 そう。“悲鳴”として。


 実はこの時、巨蜘蛛が咆哮すると同時にエリーも絶叫していたのだが、その声は巨蜘蛛の咆哮にかき消され誰の耳にも届きはしなかった。仕方のないことである。


「ガイア! 仕留めたか!?」


 床に伏せていたバッチョが上体を起こし、振り返る。

 視線の先には、なぜか腰紐を結びなおしているガイアが仁王立ちし、暴れ回る巨蜘蛛を冷静に見据えていた。


「いや……残念だがまだだ。さすがにあの巨体を燃やし尽くすには火力が足りんか。しかし……」


 バッチョに次いでミャムミャムも振り返り、起き上ったエルピノがまだ自分に絡みついている糸を取り除いている最中、それを見た。


「スゴイにゃ……」


 ミャムミャムの視線の先。

 そこには躰を焼かれ、苦しみ、のたうち回る巨蜘蛛の姿があった。

 しかしその動きは徐々に弱まっていき、すでにミャムミャムとエリーを捕らえた時のような機敏さは欠片もない。


「蜘蛛だけに、すでに虫の息……といったところか? まあいい。おいバッチョ、」

「なんじゃ?」

「アイツを討つなら、いまが好機チャンスだと思わんか?」

「なんじゃと!? ガイア、お主本気か?」


 バッチョは耳を疑った。

 魔法で深手を負わせたとはいえ、巨蜘蛛はまだ動きを止めていない。

 弱々しくはあるが、未だ肢を振り回し、巨体を壁や床に叩きつけ暴れ続けている。

 もはや下層に降りる理由がない以上、エリーを拾って退くだけでよいのだ。

 そんな退く絶好の機会を前にして、なおもこのガイアは戦おうと言っている。

 あの大きくて太い肢を掻い潜り、巨体に押し潰されないよう近づき、止めをさすべきだ、と。

 バッチョが驚くのも無理はない。


「ガイアよ、そうまでしてあの巨蜘蛛と戦う理由はなんじゃ?」

「ふっ、知れたことよ」


 長剣を構えなおしたガイアが不敵に笑う。


「俺は虫が大嫌いなんでね」

「なんと……それだけの理由でか?」

「理由としては十分だろう? それに……エリーをあんな風にしてくれたのだ。その借りはキッチリ返してやらねばな」


 ガイアが指さす先、そこには巨蜘蛛に放り出され、黒焦げになったエリーがゴミのように転がっていた。

 僅かに体が動いているところを見ると、まだ息はあるようだ。


「ガイアの兄貴、エリーちゃんをあーしたのは兄貴なんじゃ……」

「戦いに危険はつきもの。それはエリーも覚悟の上っ!」

「いや兄貴、そーじゃなくってっすね――」

「エリー! もう少しだけ待っててくれ! いま俺がエリーの分もまとめてあのクモに倍返ししてやるからなっ!」


 エルピノの言葉を遮り、もう我慢ならんとばかりにガイアが長剣を抜いて切っ先を巨蜘蛛へと向けた。

 仲間を傷つけられた報復をしようとしているのだろう。勇ましいことだ。


「まったく、お主という奴は……ええーい! しかたがないっ、ワシもつき合ってやるわい!」

「ミャムミャムも! ミャムミャムも戦うにゃ!」

「あーもうっ、しゃーないっすね。オイラも戦うっすよ!」

「ふっ、そうこなくてはな」


 ガイアの声音に笑みが混ざる。

 その笑みは共に戦ってくれる仲間への信頼からか、それともこの場を誤魔化しきれた喜びからかは当人にしか分からない。


「よし! ではミャムミャムはエリーの救出を、バッチョとエルピノはそれぞれクモの注意を引いてくれ! その隙に俺が止めをさす!」

「わかったにゃ!」

「よかろう!」

「うっす!」


 三人が同時に頷き、ガイアは全員の武器に火魔法を付加した。ミャムミャムに新しい麻袋をこっそりと持たせるのも忘れない。

 そして準備を終えた四人は巨蜘蛛へと向きなおり、


「行くぞ!」


 ガイアの合図で駆け出していった。


「ぬん!」

「ほっ!」


 バッチョが肢の節目を狙い戦斧を振るえば、エルピノは巨蜘蛛の眼を狙ってダガーを投擲する。

 火魔法を付加された武器はやすやすと巨蜘蛛の肢を断ち切り、眼球を穿つ。


「なんと……これほどの付加魔法は初めてじゃ!」


 節目を狙ったとはいえ、たいした抵抗もなく肢を断ち切った戦斧を見てバッチョが感嘆の声を上げる。


「同感っす。やっぱ兄貴は只者じゃないっすね」


 エルピノも自分の投擲したダガーが、沈み込むように眼球へ埋没したことに驚きを隠せない。

 タチの悪い冗談みたいに、威力の桁が違っていたからだ。


「がぁっはっは! こりゃ面白い。どんどんいくぞい、エルピノよ!」

「旦那、いますっげー凶悪な貌してるっすよ」

「ふんっ、大きなお世話じゃ! ぬううぅぅぅん!!」


 獰猛な笑みを浮かべたまま戦斧を振るうバッチョ。

 かりそめの力とはいえ、自身の力量を遥かに超える武器を手にし、その力に酔っているのだ。

 いま、バッチョは血に飢えた獣のように戦斧を振るい、笑う。


「エリー! 生きてるかにゃ!?」


 バッチョとエルピノが巨蜘蛛をけん制する一方で、ミャムミャムはゴミのように転がっているエリーの元へとたどり着いていた。


「だだだ、大丈夫かにゃエリー!?」

「ハズ……ハズキャシィィ……」


 エリーは全身が黒焦げですすだらけ。しかも麻袋からはところどころ“中身”がこぼれ出てしまっている。

 すぐさまミャムミャムは新しい麻袋をエリーの頭にすっぽりと被せ、爪を立てて目の部分だけ小さく穴を開けた。

 麻袋越しにエリーと目が合う。すんげー怖い。でもミャムミャムは我慢してエリーを背負い、通路へと戻っていく。

 エリーはミャムミャムの背中で、ずっと『ゴブゴブ』呻いていた。


「豚さん! エリーは無事にゃっ!」


 エリーを通路へ運んだミャムミャムが、ガイアに向かってエリーの無事を知らせる。


「感謝するぞミャムミャム!」


 答えると同時に、ガイアは巨蜘蛛を目指して駆けた。

 空気を引き裂いて振るわれる肢を躱し、自分に向かって飛ばされた糸を焼き払い、そしてついに巨蜘蛛の元へと辿りつく。

 ガイアが見上げる先には、巨蜘蛛の頭部がある。

 八つある眼の内ひとつをエルピノに潰され、残った七つの眼でガイアを見下ろしている。


『キシャァァァァァァァァァッ!!』


 巨蜘蛛が顎を開き、ガイアを噛み千切らんと頭部を振り下ろす。


「ふっ、遅い」


 だが、振り下ろした先にガイアはいなかった。

 噛みつかれる寸前、上へと跳んで巨蜘蛛の頭上へと躍り出ていたのだ。そしてその手には、火魔法を付加した長剣が逆手に握られている。


「これで終わりだぁぁぁッ!!」


 ガイアが巨蜘蛛の頭部に長剣を突き刺し、火魔法を付加された長剣はあっさりと巨蜘蛛の外骨格を突き破る。


「焼け苦しむがいいッ!! 魔炎解放!」


 ガイアが『解放』の言葉を紡いだ瞬間、突き刺さった長剣の刀身から炎が吹き荒れる。

 長剣に付加されていた火魔法を内部で解放することによって、神経と器官に致命的な損傷を負わせたのだった。


『キィィィシャァァァァアアアッ!!』


 断末魔の叫び声を上げたあと大きく痙攣し、ずしんと音を響かせ崩れ落ちる巨蜘蛛。


「やりおったか!?」

「兄貴すげーっす!」

「豚さん!!」


 三人が見つめる先、そこには、ガイアが仕留めた巨蜘蛛の上で変なポーズをキメていた。





 巨蜘蛛を倒した一行は、当初の予定通り一休みすることにしたのだった。

 エルピノが起こした火を囲み、湯を沸かしながらバッチョが今回の反省点を挙げている。

 戦闘が終わり休みを挟むたびに、こうしてバッチョがミャムミャムに小言を言うのはいつもの光景であった。

 しかし、今回に限ってはその対象にエリーも含まれている。

 そんなわけでガイアはひとり、なんとも気まずい時間を過ごしていた。


「まったく……ミャムミャムとエリーがあの巨蜘蛛デカブツに捕まったときは、さすがのワシも肝を冷やしたぞい」

「……ごめんなさいだにゃ」

「エリー、ハズカシイ……」


 バッチョの言葉に二人が肩を落とす。


「だいたいじゃなエリー、いくらあのデカブツが好物とはいえ、考えなしに向かって行ってどうする気じゃったんじゃ? 一人で倒すつもりじゃったのか? んん?」

「……ハズカシイ」

「それぐらいでいいだろうバッチョ。エリーもこうして反省しているわけだし。なあエリー、反省しているよな?」

「……エリー、ハズカシイ」

「ほら! 自分の過ちをこんなにも恥じているのだ。もういいではないか」


 ガイアがエリーを庇う。

 麻袋のせいで見えないが、その顔には必死さがありありと浮かんでいた。


「そうだにゃバッチョ! エリーだって失敗することぐらいあるにゃ。おせっきょーは帰ってからにするにゃ!」


 ミャムミャムもガイアを支持する。

 その顔にも必死さがありありと浮かんでいた。


「しかしじゃなぁ……こういうことはすぐに、」

「まーまー旦那、ミャーちゃんの言うことにも一理あるっすよ。反省会はここ(ダンジョン)を出てからでもいいじゃないっすか」

「そーだにゃ! 出てからにゃ!」

「むう……」


 ミャムミャムだけならともかくエルピノにまで言われてしまっては、バッチョとて引き下がらざるを得なかった。


「あー、それにほら旦那、ちょうど焼けたみたいっすよ」


 バッチョが仏頂面になってしまい、やや気まずい空気が流れ始めた矢先、エルピノが火で炙っていた“それ”を取りあげる。


「はい旦那、それにエリーちゃんも」

「ふん」

「ハズカシイ」


 エルピノがさし出した“それ”を掴む二人。


「はいミャーちゃん、兄貴も食べるっすよね?」


 続いてエルピノは、ミャムミャムとガイアにも“それ”をさし出す。


「うー……ほんとにコレを食べるのかにゃ?」

「ミャムミャムの言う通りだ。コレを食べるなど……正気かエルピノ?」

「正気もなにも……ミャーちゃんも兄貴も知らないんすか? 大蜘蛛の肉ってけっこー美味いから高く売れるんすよ。それがほら、こんなにでっかい巨蜘蛛っすよ巨蜘蛛! いったいどんだけ美味いか興味あるじゃないっすか!」


 嬉々として巨蜘蛛の肉を手渡してくるエルピノに、二人は言葉を返せない。


「それに兄貴、エリーちゃんも美味しそうに食べてるっすよ」


 見れば、みんなに背を向けたエリーが麻袋を少しだけまくり上げ、巨蜘蛛の肉にかぶりついている。

 その後ろ姿は幸せそうだ。



「ほう。こりゃなかなかいけるのう」


 バッチョが驚いたように舌鼓を打つ。

 狩ったモンスターをその場で食すのは冒険者にとって当たり前のことであるが、この巨蜘蛛の肉はバッチョの経験のなかでもかなり上等な部類に入るだろう。

 酒が欲しい。

 そう思いながらバッチョは巨蜘蛛の肉を平らげていった。


「あ、これ美味いっすね。大蜘蛛なんかメじゃない美味さっすよ」

「ほ、ホントかにゃエルピノ?」

「ほんとっすよミャーちゃん。騙されたと思って食べてみるっす」

「う~……ガブッ! …………お、おいしいにゃ」


 恐る恐る巨蜘蛛の肉を一口かじったミャムミャムが、予想外の美味さに驚きの顔を浮かべる。

 見た目はずいぶんとグロテスクではあるが、外骨格の中に詰まった筋肉の束は、ミャムミャムの好物でもある牛の肉とタメを張るぐらいだ。


「豚さんも食べてみるにゃ。これ食べてみるにゃ!」

「ぬう……ミャムミャムがそう言うのなら仕方がない。なら一口だけ…………美味い、だと!?」


 ミャムミャムに進められたガイアは、エリー同様みんなに背を向け、嫌々ながらかじってみた。が、意外にもこれがなかなかイケる。


「驚いたな……まさかクモのくせに美味いとは……」

「へっへー、だから言ったじゃないっすか兄貴。『美味い』って」

「ふむ……なんとなく触感がカニに似ているな」

「ほう、こりゃ驚きじゃ。ガイア、お主は『カニ』を食べたことがあるのか。ひょっとして海を見たこともあるんじゃないかのう?」

「ふっ、遠い昔にな……」


 バッチョは思う。

 この国に『海』は存在しない。となれば、海を見るには国を跨がなければならないのだ。

 この謎の多いガイアという男は、自分が考えている以上に見聞が広いのかも知れないな、と。


「ミャムミャムは『海』を見たことないにゃ! おっっっっっきい湖にゃんだよね?」

「がっはっは! そうじゃぞ。大きい湖じゃ。いつかミャムミャムも海を見てくるといい。たまげるぞい」

「うん! いつかミャムミャムは海を見にいくにゃ!」

「こないだの報奨金でたっぷり稼げたっすからね。ここいらで港町まで観光しにいくのもいいんじゃないっすかね?」

「ほう。海か……俺も興味あるな」

「豚さんもくるにゃ? だったらミャムミャムはさんせーにゃ。観光しにいくにゃ! 豚さんも一緒にゃー!」

「はっはっは。その時はエリーを森に帰してこなくてはな」

「エリー、ハズカシイ……」


 巨蜘蛛という、魔獣にも匹敵する大型モンスターを倒したことの興奮が冷めぬまま、取り留めもない話を続ける五人。

 “一休み”だったはずが、たっぷりと休息を挟んでしまったのはいうまでもない。

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