冒険者ミャムミャム、ダンジョンに挑む その9
「そっちにいったぞいっ、ミャムミャム!」
「うっ、うにゃぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
「ミャーちゃん落ち着くっす!」
「ハジュキャッ、ハジュキャシィィィッ!!」
「エリーちゃんうるさいっす!」
「ええいっ、うっとおしい! みんな離れろっ、俺の魔法で一気に焼き払ってくれる!」
「待つんじゃガイア! こんな狭い通路で大きな魔法を使うとワシらも巻き添えを喰らうぞいっ!」
「ちぃぃっ!」
状況を説明しよう。
特に何事もなく地下墓地の地下三階まで降りてきた五人の前に、ついにゾンビがあらわれた。
はじめは一体二体程度だったゾンビだが、バッチョはそれをミャムミャムに倒すよう言ったのだ。
経験を積ませるために。
意外なことに、これにはガイアが猛烈に反対した。
曰く、「ミャムミャム一人を戦わせるなんてとんでもない!」とか、「感染したらどうする?」といった具合にだ。
バッチョには「感染うんぬん」の意味がよく分からなかったのだが、けっきょくはミャムミャム本人の意思を尊重することでガイアが折れた。
「俺が危ないと思ったら、すぐに助けに入るからな」
と、危険と判断したら助勢に入ることを約束して。
言われたミャムミャムは、ふんすと気合を入れて腕まくり。
バッチョがそう言うということは、自分の実力でもゾンビを倒せるということだし、危なくなっても豚さんが助けてくれる。
ならば見事その期待に応えてみせようではないか。
事実、ゾンビはそれ程強くはなかった。
切っても刺してもなかなか倒れないが、その動きはひどく緩慢だし、攻撃手段といったら腕を振り回しての打撃か掴んでからの噛みつきぐらいなもの。
冷静に対処すればミャムミャムでも問題なく倒せた。
ただ……動く腐乱死体であるゾンビの姿と臭いが、どうしようもなくキツイ。
不快感にさいなまれたミャムミャムは、小剣を振り回しながら「にゃーにゃー!」叫ぶ。
死霊使いが創り出したゾンビやスケルトンは死霊使いの命じるままに動くが、彷徨える魂が憑依したゾンビやスケルトンは空気を伝わる僅かな振動――音に反応して動くといわれている。
ミャムミャムは小剣を振り回すたび、ゾンビの攻撃を避けるたびに叫び声を上げて大騒ぎするものだから、あれよあれよという間にゾンビが集まってきて、五人はいつしか囲まれてしまったのだった。
「ぬんっ!」
バッチョが戦斧を振るいゾンビの頭を刎ねとばす。
「旦那、ちっとヤバくないっすか?」
エルピノはゾンビの腕を掻い潜りながら振り返り、退路を探した。
ゾンビ一体一体は大した脅威ではないが、なにぶん数が多い。多すぎる。
これほどの数が同じ階に留まっているなんてこと、そうそうない。
いまはまだエリーの補助魔法で防御力が上がっているからなんとかなっているが……それでもいつまで凌げることか。
視界の隅に、通路の奥から新たなゾンビが数体近づいてくるのが見えた。しかも今度は剣と盾で武装したスケルトンまでいる始末。
「ちっくしょー。新手っす。こんどはスケルトンもいるっす!」
エルピノの警醒にバッチョは歯噛みした。
ミャムミャムに至っては「にゃーにゃー!」叫ぶばかりでそれどころではない。
地下墓地の通路は大人三人が並んで歩けるぐらいの広さがあるが、魔法を、特に攻撃範囲の大きい火魔法を使うには制限がかかる。
それゆえにガイアは威力を弱めた火魔法しか使うことができずにいて、増え続けるゾンビの群れを前に歯がゆい思いをしていたのだった。
「クソっ、感染さえ気にしなければあんなヤツらぶっ飛ばしてやるのに……」
ガイアが火球を放ってゾンビの一体を焼き滅ぼしながら悪態をつく。
バッチョはそんなガイアと背中を合わせ互いに死角を消し、さきほどから疑問に思っていたことを口にした。
「なあ、ガイアよ」
「ん? なんだバッチョ、こんな時に」
「さっきからお前さんが言うとる『感染』って、いったいなんのことじゃ?」
「なんだ知らんのか? ゾンビに噛まれたり引掻かれたりすると自分もゾンビになってしまうんだぞ。だから俺はミャムミャムがゾンビと一体一でやることに反対したのだ」
ガイアから返ってきた意味不明な言葉に、バッチョは眉根を寄せるばかり。
「……なんのことじゃ? ゾンビはそこらに漂っている魂が憑依して動いているんじゃぞ。なのになんで噛まれたら自分もゾンビになるんじゃ?」
「なにっ!? ひょっとして違うのか?」
「お前さんがなにを勘違いしているのかワシにはいまいち分からんがな、別にゾンビに噛まれたってゾンビになりゃせんぞ。まあ、ちぃとばかし痛いかも知れんがのう」
「…………そうだったのか。“こっち”のゾンビは違うのか……なら――」
麻袋に開いた穴の奥で光る両の眼に決意の色が宿ったとバッチョが感じた瞬間、突如としてガイアがゾンビの群れの真っただ中に飛び込んだ。
「ガイア! なにをする気じゃ!?」
「ちょっ、兄貴!?」
「豚さんあぶないにゃーーー!!」
「ハジュキャシィィィ!!」
四人の当惑に対し、完全に無視を決め込んだガイアがその拳を振るう。
「せぇぇぇぇぇぇいッ!!」
瞬間、拳を受けたゾンビの上半身が爆ぜ飛んだ。
「なッ!? なんじゃと!?」
上半身がふき飛んだゾンビの下半身がゆっくりと倒れるまでの間に、ガイアは更に四体ものゾンビの上半身を吹き飛ばしたではないか。
尋常ならざる拳撃だった。
力自慢のドワーフが全力で殴っとしても、絶対にああはならない。
直突き、逆突き、裏拳。
手刀に足刀、肘撃ちに膝蹴り。
そのどれもが恐ろしいまでの威力を発し、それでいてこんな状況だというのに一挙手一投足が見惚れてしまうほどに美しい。
バッチョは驚き、そして感動すら覚えた。
武は極めるとあんなにも美しいものなのか、と。
その気持ちはエルピノとて同じだ。
拳闘士上がりは、よく“拳”の強さを吹聴するのが好きなやつが多い。
やれ鍛えれば岩をも砕くとか、やれ鍛えた拳は鋼の鎧すら貫くだとか、自分ができもしないくせに拳の凄さを称えては、騎士に倣って自分を『拳士』と名乗り、拳闘士である己を誇るのだ。
実戦ではなんの役にも立たないくせに、小さな小さな自尊心を守るため。
エルピノはそんな奴らを心の底から見下していた。
けっきょくは闘技場の殴り合いでしか金を稼げない、可哀そうな連中だと。
だが、いま目の前にいる男――ガイアは違う。
有象無象の自称拳士とは違い“本物”の拳士であり、その拳はゾンビごと壁面の石材を陥没させる。
地下墓地の壁面は、魔法によって硬度を増しているにも関わらずだ。
二十体以上いたゾンビの群れが、またたく間に下半身だけの無残な姿に変わっていく。なのにガイアには疲れた様子すらない。
エルピノは驚き、そして戦慄するのだ。
この男は、いったどれほどの修練を積んでその高みに至ったのだろうか、と。
「ふっ。……ゾンビどもめ、醜悪な姿で俺が怯むとでも思ったか? 生憎と俺の幼馴染はもっと醜悪な姿をしていてな……むしろ貴様らのほうが親しみやすくすらあるよ。残念だったな」
ガイアはそう言うと、残っていた最後の一体であるスケルトンを拳の一撃でもって屠る。
そして四人を振り返り、
「さて、先に進もうか」
と、事もなげに言ってのけるのだった。
「ガイアよ、お主は拳闘士じゃったのか?」
バッチョは地下墓地の通路を進みながら隣にいるガイアに尋ねた。
ゾンビの群れとの戦闘からそれなりに時間が経ったが、あれ以降一体のゾンビとも遭遇していない。
まるで、さっきの戦闘で全て倒し尽くしてしまったのかと思えるほどに出てこなかった。
そんなわけだからバッチョは周囲を警戒しつつも、なんとなくガイアの過去を尋ねたのだ。
なんせこれほど興味深い奴はそうはいない。できることなら酒を酌み交わしながら一晩中でも語り合いたいぐらいだ。
問われたガイアは、水を含ませた布きれで体を拭きながら答える。
「いや、俺の拳は実戦で鍛えてきただけだ。まあ、それなりに修練もしたがな」
「はっはっは、『それなり』か。まったく大したもんじゃわい」
「豚さんはスゴイんだにゃ! バッチョもわかってきたにゃ?」
「そうじゃな。ワシが今まで出会ってきたなかでも、いっとう凄い男かも知れんのう」
「ふっ、褒めてもなにも出んぞ」
そう言いながらもガイアは腰に下げた革袋から干し肉を取り出し、こっそりとバッチョに手渡していた。
なんともチョロイもんである。
「しっかし……さっきのゾンビの群れには驚いたっすね。おれっち、さすがにヤバイと思ったっすよ」
パーティの先頭を行くエルピノが、床を叩いて罠を調べながら愚痴をこぼす。
「ああ、ワシもじゃ。あんなにもいっぺんに出てくるなんてこと、ワシには初めての経験じゃったからのう」
「おれっちもっすよ」
「ほう、そうなのか? 俺はあれが普通かと思ったぞ」
「ガイアの兄貴ぃ、そんなわけないっすよ。同じ場所にあんな数が湧くなんてこと、おれっち聞いたことないっすよ」
「うーむ。そういうものなのか」
「そうなんすよ」
実のところ、バッチョは引き返すべきか悩んだ。
あんなにもゾンビが湧くなんてこと、どう考えても異常事態でしかない。
しかし、ガイアの規格外の戦闘能力を目の当たりにしたせいで、その考えはどこかにふき飛んでしまっていたのだった。
「もうちょっと進めば下に降りる階段があるはずっす」
冒険者ギルドで買った地図を見ながらエルピノが言う。
地下墓地は地下八階まであるらしい。
次の階段を下に降りれば、やっと半ばまできたことになる。
「そうか。なら階段で一休みするかのう」
「ホントにゃ!? よーし! 進むにゃー!!」
その顔に疲れを見せていたミャムミャムが、バッチョの言葉を聞いて元気を取り戻す。
しかし、ことはそう簡単にはいかなかった。
地下へと続く階段がある開けた場所に、行く手を阻まんとする巨大モンスターがいたからだ。




