冒険者ミャムミャム、ダンジョンに挑む その4
ガイアとエリーの二人を新たに加えたミャムミャムたち五人パーティは、いま馬車に揺られていた。
「どうじゃエルピノ。なにか変った様子はあるかの?」
「いやあ、なーんもないっすよ旦那。近くにはモンスターの影も見えないし、順調そのものっすよ」
ミャムミャムたちには金がない。
小遣い制のミャムミャムの財布はいつだってしぼんだままだし、大飯ぐらいで大酒のみのバッチョは稼いだ金を全て胃袋へと流し込んでしまう。エルピノだけは過去の稼ぎが十二分に残っているのだが、それを仲間に明かすほどお人好しでもない。エルピノは金にがめついのだ。
ミャムミャムたちのような貧乏パーティが拠点を離れようとする場合、ただ無駄に路銀を失うだけの移動はできるだけ避ける。
冒険者ギルドへ行き目的地、あるいはその近くまでの護衛依頼を受け、稼ぎながら移動するのが当たり前だった。
例えばそう、いまの五人のように。
「地下墓地の近くにある町、ファンヅへ向かう行商隊の護衛依頼を受けてきたぞ」
渋々、といった感じでバッチョがそう言ったのは昼過ぎのことだ。
バッチョ自身が出した、「魔法使いを連れてこい」という条件をミャムミャムは果たした。ならば、こんどはバッチョが約束を守らねばならない。
おそらくは苦渋の決断だったのだろう。バッチョの顔には、深いしわがいつもより多く刻まれていた。
「いつ出発なんだにゃ?」
「飛び込みの依頼じゃったからな。この後すぐじゃ」
「そいつぁまた……急な話っすね」
「ミャムミャムは構わないにゃ。急がないと宝玉を盗んだヤツが逃げちゃうにゃ!」
渡りに船とばかりに、ミャムミャムはそうまくし立てる。
バッチョとエルピノはミャムミャムを追うために旅支度を整え終えていたし、ミャムミャムも保存食が残り少なくなっただけで、あとは疲労が残っているぐらいだから問題はない。
本当はちょっとだけ疲れた体をベッドに投げ出したかったりもしたのだが、未だにうめき声を上げ続けるエリーへ向けられた周囲の視線にもそろそろ耐えられなくなってきた。
一刻も早くイークスから出たい、と思い始めていたところだったのだ。
「ふむ。俺としては少し街を回ってみたかったのだがな」
「帰ってきたらミャムミャムが豚さんを案内してあげるにゃ」
名残惜しそうに街並みを見回すガイアの背をぐいぐいと押して、ミャムミャムたちは依頼主が待つ街はずれへと向かうのだった。
街に店を構えるだけの金がない商人は、行商して金を稼ぐしかない。
依頼主であるこの行商隊も、そのなかのひとつなのだろう。“行商隊”といっても、実際は家族だけでやっている行商人のような規模が小さいものだった。
一頭立ての幌馬車こそ二台あるが、その内の一台にはあまり商品が積まれておらず、どちらかといえば商隊一家の居住空間であるようだ。
「待っていましたよバッチョさん。ファンヅまでよろしくお願いしますね!」
両手を広げてそう言ったのは依頼主である。
依頼主の男性はいままさに男盛りといった感じで、その後ろには幼い少女が二人、父の背中越しにバッチョたち五人を覗き見ていた。
「ああ。こちらこそよろしく頼むぞい」
頷きながらバッチョは依頼主と握手を交わす。
街の外にはモンスターは元より、旅人や商隊を狙った盗賊も出る。
金に余裕のある商人が、身の安全と引き換えに金を出して護衛を雇うのは当たり前のことだった。
「旦那、旦那、“これ”の依頼料、いくらなんすか?」
依頼主が御者台に向かった隙に、エルピノはバッチョに小声で話しかける。
報酬額によって、ファンヅでの宿と食い物のランクが変わってくるからだ。
「…………銀貨十二枚じゃよ」
「ちょっ、……相場の半分以下じゃないすか!?」
「ふん。じゃなけりゃワシらのようなパーティが単独で護衛依頼なんぞ受けれるわけがなかろう」
「まじっすか……でも、旦那の腕と名がありゃあ、もうちょいマシな依頼受けれたんじゃないんすか?」
バッチョは運び屋をやる前は名の知れた冒険者だった。“二つ名”だって持っていた。
一度は引退したとはいえ、その実力は未だに冒険者ギルドから一目置かれている。
「ふん。ファンヅ行の依頼がこれしかなかっただけじゃ」
「ふーん。まー旦那がそう言うんなら、おれっちはそういうことにしとくっすよ」
イークスからファンヅまでの道は、モンスターこそ出るが危険は少ないといわれている。
口には出さないが、バッチョはミャムミャムに経験を積ませるためにこの依頼を受けたのだろう、とエルピノは読んでいた。
そんなわけで、こうして五人は行商隊に雇われ、護衛を兼ねて地下墓地近くにある町ファンヅへと向かっている真っ最中。
先頭を行く幌馬車の御者台には依頼主とエルピノが座り、荷台ではバッチョが腰を下ろし、定期的にエルピノと交代していた。
続く後ろの行商隊の家族が乗る幌馬車の御者台には、依頼主の父である年配の男性とミャムミャムが座っている。
実はガイアも「御者台に座りたい(ミャムミャムの隣に座りたい)」と名乗りを上げていたのだが、ガイアが座ると何故か馬が怯えてしまうため、仕方なく荷台へと押し込まれていた。
頭に麻袋を被ったガイアとエリーの二人が、行商隊の家族と一緒の荷台に乗っているのだ。依頼主の妻と幼い娘たちには怯えられ、飼われている犬にはずっと吠え続けられている。
できることなら麻袋を被った二人には先頭の馬車に乗ってもらいたい、と行商隊の家族は思っているのだが、そうしないのには訳がある。
経験豊富なバッチョとエルピノが二人とも先頭の馬車に乗っているのは、もし盗賊に襲われた場合、先頭を行く馬車の方が遥かに狙われやすいからだ。
馬車は後ろへは進めない。先頭の馬車さえ足止めしてしまえば、後続の馬車は立ち往生してしまう。
盗賊や山賊がよく使う常とう手段だ。
だからこのような護衛依頼を受けた場合、実力と経験のある者を先頭の馬車に配置するのが常だった。
「なあエルピノよ」
「なんすか旦那?」
「お前さんは、あのガイアとエリーの二人をどう思うとるのかのう?」
荷台で胡坐をかいているバッチョは、御者台に座るエルピノへ自身の出身国の言葉である南方語で話しかけた。
依頼主の男は聞きなれない言葉に眉根を寄せていたが、エルピノは大陸中を旅していたハーフリングだ。南方語だって話せる。
「うーん……正直、おれっちは怪しいと思うっすよ」
「ほう」
「だって、『魔法使い』って名乗るわりには魔法杖も短杖も持ってないんすからね。あんなんで『魔法使いだ』って言われても、信じるのはミャーちゃんぐらいなもんすよ」
「ふむ。お前さんもそう思うか」
「ってーことは、旦那もそう思ってるんすね?」
「…………」
バッチョからの返答がないことを、エルピノは同意したと受け取る。
そもそもがおかしいのだ。
魔法使いにとって、魔法杖や短杖は魔力の増幅に欠かせない道具だ。
無論、魔法杖を使わずとも魔法を行使することはできるが、増幅道具を通さずに魔法を使おうものなら、あっという間に魔力を消費してしまう。
剣士にとっての剣がそうであるように、魔法使いにとっての魔法杖は“武器”といっても差し支えはない。
なのに、あのガイアという男もエリーとかうめき声を漏らし続ける女も、魔法使いや僧侶なら必ず持っている、魔法杖どころか短杖すら持っていないのだ。
そんなのに「魔法使いだ」と言われたところで、「はいそうですか」と信じられるわけがない。
「ミャーちゃん、また騙されてるんすかねぇ」
「ふん。ワシの言うことを聞かんからじゃ」
「まーた旦那はそんなこと言ってぇ……すっげー心配してるんじゃないすか?」
「バカを言え! そんなわけあるか!」
「へーへー。そーゆーことにしとくっすよ。ま、どっちにしろ……ミャーちゃんを騙してるのがわかったら、おれっちが懲らしめてやるっすよ」
懐に忍ばせてあるダガーをポンと叩いて、エルピノは暗い笑みを浮かべた。
「好きにせい。じゃが……ミャムミャムはガイアに懐いておるようじゃ。そのことも気に留めておくんじゃな」
「やだなー旦那。おれっちだって場所は選ぶっすよ。その辺のことはちゃーんと心得てるんすから」
バッチョはエルピノの過去を知らない。だが、このハーフリングが只者ではないことに気づいていた。
己が全盛期であったとしても、敵に回したくないと思うほどに。
そしてエルピノは、もしガイアが魔法使いではなかった場合、その実力をいかんなく発揮することだろう。
自分が可愛がっている、ミャムミャムを騙した報復として。
「冒険者さんたちはどこの出なんだい?」
バッチョとエルピノの会話がひと段落したのを感じ取り、依頼主の男がそう話しかけてきた。
もちろん共通語で、だ。
「ワシは南方の出じゃよ」
「おれっちは西の端っこにあるバイフォルストって小さい国っす」
「そうかぁ、わたしはこの国から出たことがなくてね。あなたたちのように色々な国を見れる冒険者が羨ましいよ」
「そっすか? にーさんももっと色んな国で商売したらいいんじゃないすかね?」
「はっはっは、そうしたいのはやまやまなんだがね。国をまたいで手広くやれるのは大商人ぐらいなものだよ。わたしではこの国で商売するのが精いっぱいさ」
依頼主の男は恥ずかしそうに笑いながら頭をかく。
男が言うには、国を越えるたびに大きな税がかかり、自分のような者では手が出せないとのことだった。男の話はまだ続く。自分の生い立ちから始まり、商人に弟子入りした話。そこから独り立ちして妻と出会った話へと続いた。
日はすでに傾き、太陽が最後の仕事とばかりに平野を紅く染めている。夜の闇に包まれるのも時間の問題だろう。
依頼主の男は一人で喋っていたが、エルピノとバッチョのささくれた心を癒すには、聞いていて十分に楽しい内容だった。
さすがは商人。話が上手い、とバッチョとエルピノの二人が思っていた時だった。
「――でね、わたしはこう思ったのだよ。この女性こそ生涯を捧げるに相応しい!」
依頼主の男が一番力を込めて語っていた話の最中に、後続の馬車からガイアが顔を出し、
「止まれ! この先に何かいるぞ!!」
と叫んだのだった。




