冒険者ミャムミャム、ダンジョンに挑む その1
ミャムミャムは激怒した。
目の前にいる、頑固者のドワーフとお調子者のハーフリングを相手に、ついに堪忍袋の尾が切れてしまったのだ。
「ミャムミャムはダンジョンに挑戦するんだにゃ!」
そう叫び、ミャムミャムはどんとテーブルを叩きつける。それなりに大きな音がしたが、冒険者ばかりが集まるここ三日月亭では、ミャムミャムの怒声も店内の喧騒に包まれては消えていくだけ。
それでもミャムミャムは、ふんすと鼻息を荒くして「どうだ?」とばかりに二人を睨み付ける。
尻尾の毛をボサボサに逆立てたミャムミャムは思う。
どうだ? 驚いたか? いつもは半人前と言われているミャムミャムだって、怒るときは怒るのだ。
ミャムミャムは「しゃー!」と威嚇音を発しながら、麦種を片手に持つドワーフ――バッチョをせいいっぱい睨み付けた。
かつては名の知れた冒険者であったバッチョは、年齢を理由に一度冒険者を引退して運び屋をやっていた。だが、冒険者としてペーペーだった危なっかしいミャムミャムをどうしても放っておくことが出来ず、壁にかけてあったバトル・アクスを再び手に取ってミャムミャムの面倒を見てくれている老ドワーフだ。
そのことについて、ミャムミャムは深く、それこそ地面に頭が埋まるんじゃないかってぐらい深く感謝している。事実、一時期はバッチョに足を向けて寝れなかったぐらいだ。
それでも、だ。それでもミャムミャムはこう思うのだ。
そろそろ自分を一人前として認めてくれてもいいじゃないか! と。
冒険者になってもう二年が経った。
相変わらずそそっかしくておっちょこちょいで失敗ばかりするけれど、それでもこの二年でずいぶんと成長したはずだ。
薬草を見つけるのは得意だし、食べれるキノコと食べれないキノコの見わけもつくし、並のモンスターなら自分一人でも戦える。それに、野宿してても一人でお花畑に行けるほどにまで成長したのだ。
これを『一人前』と言わずして、なんという?
「まーまー、ミャーちゃん。旦那はミャーちゃんを心配して言ってるんすよ」
焼き上がったばかりのベーコンパイを詰め込んで頬をぱんぱんに膨らました、ハーフリングのエルピノが言う。
まったくこいつは……自分が怒っているというのに、なんでそんなにも美味しそうにもの食べれるのだ? 分かっているのか。いま自分は怒っているんだぞ? とてもとても、怒っているんだぞ?
同じパーティでありながら他人事のように振る舞うエルピノと、さっきから無言を貫いているバッチョに対して、ミャムミャムのイライラは募るばかり。
ほんとは無言になったバッチョにちょっとだけビビッていたりもするのだが……そこはそれ、怒りと勢いで自分を奮い立たせた。
「絶対に! ミャムミャムはっ! ダンジョンにっ! 行くんだにゃッ!!」
再び怒りに任せてテーブルを叩く。
そうだ。自分は怒っているのだ。ならばその怒りをこの二人にも、いや、いっそこの店にいる全員に示してやろうではないか。
だからこそ、ミャムミャムは激怒したのだ。
そしたらバッチョも激怒した。
「いい加減にせんかーーーーーーーッ!!」
落雷のように振るわれた剛腕が、年季の入った武骨なテーブルを真っ二つに叩き割る。さすがは怪力揃いのドワーフ。老いたとはいえ、その膂力はいまなお健在だ。
バッチョの怒声とテーブルの壊れる音に店内が静まり返り、その場にいる全員の視線が集まる。
エルピノが自分の好物であるベーコンパイだけをさりげなく救い出していたのには舌を巻いたが、ミャムミャムはいま、それどころではない。
バッチョが、激怒している。
鬼の形相になったバッチョの怒りに比べれば、自分の怒りなど火をおこす種火にもなりゃしない。ミャムミャムは、勝手に震えようとする体をぎゅっと抱きしめながらそう思った。
「何度も言っとるじゃろうが! あそこに挑むなんて絶対に認めるわけにはいかん!」
いつものミャムミャムなら、ここで涙目になって「ごめんなさいだにゃ」と謝ったことだろう。
しかし、ミャムミャムはもう一人前なのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。
無論、ミャムミャムとてダンジョンの危険性は理解しているつもりだ。
日の光が届かないダンジョンは、真っ暗ってだけでなにが起こるか分からないし、古いと構造が脆くなっていて、ちょっとした衝撃で落盤するかも知れない。それに地上にはいない危険なモンスターだって出るのだ。それこそ危ないことを上げはじめたら、きりがない。
事実、ダンジョンに潜っていったパーティが帰ってこない、なんてのはざらにある話だ。
それでも聞かずにはいられなかった。一人前な自分がどうしてダンジョンに挑んではいけないのか、を。
「ダメなもんはダメじゃ!」
取りつく島がないとはこのことか。
バッチョは、持ってきた麦酒をどこに置くべきか迷っている女の店員からひったくるように受け取ると、怒りを湛えたままの表情で一気にあおり、追加でもう一杯注文する。
「まーまー旦那、ちゃんと説明してあげないとミャーちゃんだって納得しないっすよ」
エルピノは店員に別のテーブルを持ってきてくれるよう頼み、迷惑料を込めたテーブルの弁償代をこっそりと支払う。
こういう細かいところに気が回るのが、このハーフリングの長所でもあった。まあ、さり気なく店員の尻を触らなければなお良いのだが。
「そ、そうにゃ! ミャムミャムは説明を要求するにゃ!」
「ふんっ。そんなもん冒険者なら自分で考えるもんじゃ」
「ふーん。いいんすか旦那? このままだとミャーちゃん……こないだみたく一人で勝手に飛び出してっちゃうっすよ?」
エルピノの言葉に、バッチョは運ばれてきたテーブルに木製の杯を置き、「ふう……」とひとつため息をつく。
ミャムミャムは自由奔放だ。猫獣人特有の性格といえばそれまでではあるが、それにしたって自由すぎる。いくら「絶対にだめだ!」と言い聞かせたところで、「でもちょっとぐらいなら、いいのにゃ?」と勝手に解釈してしまう。
他の冒険者パーティにからかわれたのか、はたまた吟遊詩人が歌う流行りの物語に影響されたのかは知らないが、ミャムミャムがここまで食い下がったことはバッチョの記憶にない。
だからこそバッチョは頭を悩ませるのだ。
力量だけで見れば、ミャムミャムは十分にダンジョンに挑むに足りる実力を持つ。経験を積ませる意味でも、ダンジョンに潜らせてもいい頃合いだろう。
しかし、今回ミャムミャムが「行きたいにゃ!」と言っているダンジョンだけはダメだ。
悪すぎるのだ。
相性が。最悪なまでに。
「ふう、……よいかミャムミャム? 別にワシはお主を半人前扱いしているからダンジョンに行かせない、と言っているわけではないのじゃ」
「…………だったらにゃんでダメなのにゃ?」
バッチョの言葉にミャムミャムの頬が膨らむ。
「お主が言っておるダンジョン、『地下墓地』に行くのは認めん、と言っておるのじゃ」
ミャムミャムたち三人が拠点としている街、イークス。
そのイークスからそれほど離れていない場所に、件の『地下墓地』はある。
いまから二百年ほど昔に造られたといわれる地下墓地には、長い時のなかで少しづつ彷徨える魂が集まり、いまでは骸骨戦士やゾンビ(盗掘目的で潜った者の変わり果てた姿)が俳諧する危険なダンジョンと化していた。
「ゾンビやスケルトンだけなら、お主でもまだ戦えるじゃろう」
「にゃ、にゃら――」
「バッカもん! 話は最後まで聞かんかっ! オホン、……しかし、じゃ。地下墓地には死霊も出るそうじゃ。魔法使いに精霊使い、僧侶もいなければ銀製装備も持っていないワシらパーティには手に余るダンジョンなのじゃよ。ミャムミャムよ、お主はみすみす死にに行く気か?」
「…………」
肉体を持たない死霊には、攻撃魔法か僧侶の浄化、唯一アンデッドにもダメージを与えられる銀製の武器しか通用しない。
魔法の才を持って生まれる者の数は少ないし、モンスターと戦えるほどの魔法使いとなると、その数はさらに減る。神聖魔法を使える者も同様だ。
そんな数の少ない魔法使いたちが、ミャムミャムたちのようなへっぽこパーティに入ってくれるわけがない。
弱小パーティに入るぐらいなら、もっとましなパーティからいくらでも勧誘があるからだ。魔法使いの冒険者は数が少なく、貴重なのだから。
となると次は銀製装備となるわけだが、銀製装備は耐久性に乏しいくせに非常に値が張る。
懐事情が厳しいミャムミャムには手の届かない装備といえよう。
それらのことを、バッチョは幼い子供に言い聞かせるようにミャムミャムへと語った。
「――というわけじゃ。並のダンジョンなら、ワシだって反対せんじゃったろう。じゃがな、あの地下墓地だけは行かせるわけにはいかんのじゃ」
「う~……ど、どしてもダメにゃ?」
「ダメじゃ」
「ほ、宝玉を盗んだヤツが隠れてるかも知れにゃいのに?」
「何度も言うておるが、それこそ与太話かも知れんじゃろう」
この周辺を治める貴族の屋敷から、強力な魔力が込められた『宝玉』を何者かが盗みだしたのは有名な話だ。
盗まれたことを最初は否定していた貴族も、いまでは認め、莫大な報奨金をかけて探している。
馬鹿みたいな額がかかった宝玉だ。この街の冒険者が動かないわけがない。
その中の一人がミャムミャムだ。
ミャムミャムはたまたま知り合った旅の行商人から、「光る石を大事そうに抱えた奴が、地下墓地に入っていくのを見た」と聞いたのだった。
光る石なんてそうそうない。それこそ強い魔力が込められた魔石や宝玉ぐらいのもの。
ミャムミャムはその行商人に飯を奢り、ついでに小さくしぼんだ革袋から出した、いくらかの銅貨を握らせて「いまの話は誰にも言っちゃダメにゃ」と口止めしておいたのだった。
これで宝玉の行方を知っているのは、自分だけだ。とほくそ笑んで。
そしてバッチョに「大儲けできるチャンスにゃ!」と嬉々として地下墓地に潜るよう主張したのだが……結果はご覧のありさま。
ミャムミャムは小柄な体をさらに小さくして落ち込む。
「でも……本当かも知れないにゃ。……宝玉を盗んだヤツが隠れてるかも知れにゃいのにゃ……」
自分の晩飯を削ってまで行商人に奢り、その上銅貨まで握らせたのだ。諦めきれるわけがない。
「話は嘘で、盗人なんぞおらんかも知れないじゃろ?」
「う~……ちょっとだけにゃ。ちょっとだけ入るぐらいにゃら――」
「ダメじゃ。どうしても入りたいと言うのなら、せめて魔法使いの一人でも連れてくるんじゃな」
「……まほー使いにゃ?」
「そうじゃ。魔法使いじゃ。そうさな、お前さんが火魔法を使える魔法使いを連れてこれたら、地下墓地に潜ることを認めてやってもいいじゃろう」
バッチョとて頭ごなしに怒鳴ったところで、この猫獣人が諦めるとは思っていない。
自分の出した、「魔法使いを連れてこい」という条件だって、諦めさせるための方便だ。
不確かな情報で動く冒険者は三流以下だし、賢い者の多い魔法使いが、自分の命を天秤にかけてまで危険な地下墓地に潜るとは思えない。
つまり、バッチョは無理難題をミャムミャムに突きつけただけなのだった。
危険な地下墓地を諦めさせるために。
「まほー……つかいかにゃ……」
ミャムミャムは頭の中の引き出しをひっくり返して、魔法使いの知り合いを探す。
アイツはソイツとパーティ組んでるから無理だにゃ。気に入らないあの男は金でしか動かにゃいからダメにゃ。あのいき遅れ女はミャムミャムの若さを妬んでるからナシで…………。
腕を組み、眉間にしわを寄せて「うんうん」唸るミャムミャム。
そんなミャムミャムを見て、バッチョは一人ため息をついた。
やっぱり、一緒に潜ってくれる魔法使いなんぞいなかった、と。
誤解のないようにいっておくが、ミャムミャムは冒険者ギルドの皆から可愛がられている。
裏表のないまっすぐな性格は好感に値するし、修練所で黙々と頑張る姿は誰もが一度は目にしたことがあるはずだ。
それでも、やっぱり仕事となると別なのだ。人柄や個人の好き嫌いなど、二の次三の次となってしまう。
ましてや不死者が徘徊する地下墓地など、情報の正確さに比べ、挑戦するには危険が大きすぎる。
「まほーつかい……うーんにゃ……」
「まあ、ミャムミャムよ」
いまだ「うんうん」唸るミャムミャムにバッチョが声をかける。
「な、なんだにゃ?」
「魔法使いが見つからない限り、地下墓地には行かん。しかしじゃな、代わりに別のダンジョンになら行ってもいいじゃろう」
「ちょ、旦那。本気っすか!?」
バッチョの言葉に、今度はエルピノが驚く。
まさか頑固者のバッチョが、妥協案を出してくるとは思わなかったからだ。
「ワシは本気じゃ。ミャムミャムがどうしてもダンジョンへ潜りたいと言うのじゃったら、まずは危険の少ないダンジョンで経験を積ませても――」
バッチョがそこまで言ったときだった。
突如、ミャムミャムが、
「あーーーーーーーーーーッ!!」
と何かを思い出したかのように叫び、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「いいじゃ――って、……ど、どうしたんじゃミャムミャム?」
「みゃ、ミャーちゃん?」
背筋を伸ばしてピーンと立つミャムミャムに、二人がいぶかし気な視線を送る。
しかし、この時のミャムミャムには二人の言葉は耳に入っていなかった。
散々ひっくり返した引き出しの、最後の最後に出てきた大切な『想い出』。
その中に、魔法使いがいた。火を使う魔法使いが、引き出しの最奥から転がり出てきたのだ。
「ば、ばばばば、バッチョ!」
「な、なんじゃミャムミャム。そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
「まほー使いが一緒に来てくれれば、いいんだにゃ?」
「う、うむ。そうじゃ。火を使える魔法使いがおれば――」
「わかったにゃ! ミャムミャムがまほー使いを連れてくるから、しばらくイークスで待ってるにゃ!」
ミャムミャムは宿屋でもある三日月亭の二階へ駆け上がり、借りている自室へと戻る。
そこでベッドに投げたされたままの自分の荷物を背負うと、鍵をかけて部屋を飛び出した。
「ちょっと、待つっすよ! ミャーちゃんどこ行くんすか?」
「まほー使いを連れてくるにゃーーーーーーー!!」
エルピノの制止なんぞまるで効きゃしない。
ミャムミャムはまるで古強者の強弓から放たれた矢のような勢いで、三日月亭から飛び出して行ってしまった。
ポカンとした顔の、バッチョとエルピノの二人を残したままで。
ミャムミャムがイークスを飛び出して一日が経ち、二日が経ち、三日が経った。
バッチョとエルピノが「さては一人で地下墓地に向かったのでは!?」と心配し、後を追う準備を始めた四日目の朝に、やっとミャムミャムは戻ってきた。
バッチョは最初、エルピノからミャムミャムが戻ってきたと聞いた時、全力で叱る気まんまんだった。
これだけ保護者代わりたる自分を心配させたのだ。
硬い拳骨だって落っことすつもりだし、小遣いだって減らしてやる。お花畑にだって、もうついてってやらない。
それほどまでにバッチョは心配していたのだ。
なのに、「どれ、まずは思い切り怒鳴ってやるか」と考えていたバッチョは、ミャムミャムが連れてきた二人組みを見た瞬間、完全に思考が停止してしまった。
すんげー怪しい二人組だった。
きっとミャムミャムがイークスの街の門番と仲良くなかったら、絶対に街には入れてもらえなかっただろう。
二人とも頭にすっぽりと麻袋を被り、目の部分だけが開いている。
すんげー怪しい二人組のうち、体格のいい方がバッチョの前へと進み出て、握手を求めてきた。
「俺の名はガイア。連れはエリーだ。まあ、よろしく頼む」




