第五話 オーク村突入
おれとジュディは村へと戻るため走っていた。
今のところ追っ手の姿も臭いも感じられない。
「ふうふう、しかしジュディ……貴様大丈夫なのか?」
「え? なにが?」
ジュディは俺が逃げるために置いていこうとした大鹿を「もったいないから」という理由だけでズルズルと引きづりながら『一人』で運んでいた。そのくせ移動速度は走る俺と変わらない。
「大鹿だよ。大鹿! お前一人で運んで疲れないのか?」
「あ、そういえばさっきはガイアと二人じゃないと運べなかったのに今は一人でも運べるわ。なんでだろぉ? きっと愛の力ね!」
そんなぶっ飛ばしたくなるようなことを言いながらも呼吸が乱れることなく俺と同じ速度を保つジュディ。
不思議に思った俺は〈鑑定〉の能力を使いジュディのステータスを見てみることにした。
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種族:オーク(幼体)Lv.3
HP 164/190
MP 0/0
体力 41
筋力 43
魔力 0
敏捷性 13
知性 6
物理防御 42
魔法防御 3
能力 格闘術Lv.1 狂戦士Lv.1
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なんてことだ……さっきの戦闘で二回りぐらい強くなってるじゃないかコイツ……。特に筋力と体力の成長が著しい。ぶっちゃげこのステータスは大人のオークより強いぞ。しかもいつの間にか〈能力〉まで身につけてるし!
この世界でのレベル上げは前世で散々遊んだRPGなんかとは違い、ただモンスターを倒せば上がるというわけではない。
重要なのは倒した相手より、どのような『経験』を得たのかがレベルアップにおける重要な要素なのだ。
極端にいってしまえば、たまたま道端に転がってた死にかけのドラゴンに止めを刺すより、拮抗した実力を持つゴブリンを死闘に末倒した方が得られる経験値としては遥かに高い。
つまり、成長率こそ個体差はあるが、基本的に楽してもレベルは上がらず、この世界は『苦労した分だけレベルアップする』という成長に関してはなんか前世とあまり変わらない世界なのだった。ちくしょう。
だからこそ、さっきの戦闘で三対一という数的不利な状況でありながら、命を懸け死線をくぐり抜けたジュディは俺を凌ぐ成長率を見せたのだろう。
(まずいな。ジュディがこのまま成長すれば俺を超える戦闘力を身につけるかもしれん……)
俺はきたるべき近い将来のことを考え、頭を悩ます。
オークは一番強い者がそのコミュニティ内での族長を務めることになっている。このまま成長し俺らの世代へとバトンタッチされた時にジュディが俺より強いとなると、当然ながら族長の席はジュディのものになるだろう。
そうなった場合……俺がジュディ本人から『お婿さん』に選ばれることはまず間違いない。オークの世界では前世での『王様ゲーム』よろしく、「族長の言うことは絶対☆」なので逆らうことは出来ない。まあ、王様ゲームなんてやったことないけどさ。
(くそ、冗談ではないぞ。誰がオークなんかと所帯を持つものかよ。…………いっそここで消しとくべきか?)
暗い考えが脳裏をよぎるが、いまオーク村の貴重な戦力となるまでに急成長したジュディはゴブリン共との抗争に欠かせない存在だろう。
(まあいい。俺に対する好意を利用しこのまま手懐け、せいぜい役にたってもらうこととするか)
そんな邪悪なことを俺が考えているとはつゆ知らず、ジュディは鼻歌まじりに大鹿を運んでいる。
「あ、ガイア! 村が見えてきたよ!」
ジュディの声に反応し前を向くと、いつの間にか村の入り口が見えていた。
考え事をしていたせいで気づくのが遅れてしまったが、どうやら俺も先ほどの戦闘でささやかながらレベルアップしたみたいだった。その証拠に村を出た時より移動速度が上がっている。
村に入ると多くのオークが俺とジュディを囲み、大鹿を獲ってきたことを口々に称賛している。そのせいで調子に乗ったジュディが「大鹿を獲って帰れたのは『愛の力』よ!」とドヤ顔で言うもんだから取りあえずぶっ飛ばしておいた。
「ちょっとガイア、どこに行くのよ? 大鹿はどうするの?」
「俺は父さんにゴブリンのことを報告してくる。大鹿は村のみんなに分けてくれ。そのために獲ってきたんだしな」
ジュディに向かって手を上げその場を後にする。
よだれを垂らしながら大鹿を囲んでいたオークたちは俺の言葉を聞き、歓喜の雄たけびを上げながら次々と大鹿の肉へと喰らいついていった。
「なに!? オーガをけしかけたのはゴブリン共の仕業だったのか!」
「うん。まあ、正確に言うならホブゴブリンの仕業だけどね」
日も落ち夜に差し掛かった頃、俺からゴブリンとの一件を聞き終えたブサ男は怒りを隠すことなく握った拳を床へと叩きつける。
「おのれぇ、ホブゴブリン如きがつけ上がりよってぇ……俺の息子にまで手を出すとは……」
そう怨嗟の声を上げると、一緒に俺の話を聞いていた側近ポジションのオークに顔を向け言い放つ。
「村人たちを広場に集めろ! 戦の準備だ! ホブゴブリン共を皆殺しにするぞ!」
「ちょ、とうさ――」
「了解しましたぁっ!」
俺の声は側近オークの気合の入った声にかき消される。
家から側近が出ていくと、ブサ男はすぐに人間を殺して奪ったという鉄の鎧とグレートソードを装備しはじめるではないか。おいおい、やる気かよ。
今朝はホブゴブリンと戦うことに消極的だったのになんだよこの切り替えの早さは? ひょっとして息子の命を狙ったことに対する、ちょー個人的な怒りからくる報復なのか?
「と、父さん!」
「ん? なんだ息子よ?」
「……ほ、本気でホブゴブリンとことを構える気なの? 向こうはこっちの倍以上いるんだよ! 勝算はあるの?」
「ふっ……なにかと思えばそんなことか……」
俺の問いに表情を僅かに緩め、口の端を釣り上げる。
「安心しろ息子よ。実は……オークには代々伝わる敵の数が多い場合の戦い方がちゃんとあってだなぁ」
なに!? オークにそんな戦術があったのか? 初耳だぞそれ。
「いいか? 敵の方が数が多い場合はな――」
俺はゴクリと唾を飲み込み、ブサ男の言葉を一字一句聞き逃さんと耳を澄ます。
「いつもより多く殺せばいいだけだ!」
やっぱこいつバカだ! ってか『代々』ってどんだけ脳筋なんだよこいつらオーク共はっ!
「母さん、父さんをとめ――」
ブサ男を止めようとブサ子の方を向くが、そこにはブサ男の話に感動したブサ子が涙を流しながら「ぶひぃー」と鼻をかんでいた。しかもこいつも鎧を着て戦闘準備バッチリだ! さすがは夫婦!
(くっ、このままでは村は全滅するぞ……)
「よし。広場へ行くぞブサ子よ」
「ええ、あなた」
寄り添って出ていこうとする二人を咄嗟に呼び止める。
「待ってよ! 俺は……俺はどうしたら……?」
「息子よ。お前は村で待っておれ。なぁに、ホブゴブリン共の首を土産に持ってきてやる。戦が終わればゴブリンの肉をたらふく食わせてやるからな」
「じゃあねガイア。いい子にして待ってるのよ」
そう言い残して家を出ていく二人。
まずいぞ……このままでは村は全滅し、俺の『計画』が大幅に狂うことになる。
(なんとか……なんとか回避する方法は……)
そう俺が考えてる時だった。
村に爆発音が響いたのは。




