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第二十二話 光る森

「なななななな、なんだと!? ぞ、族長同士の、た、戦いだと!?」


 ガタガタ震えるブサ男。

 足元には水たまりが出来上がり、その顔は血の気が失せて真っ青だ。


「おイ! ドうしたオークの族長ヨ! 族長同士、一対一デ決着ヲつけるんだろウ!」


 人の悪い笑みを浮かべたボストロルが声を張り上げる。

 これは誤算だった。

 当初の予定では、挑発に乗り一対一に応じたボストロルを俺が半笑いでぶっ飛ばし、トロルとの戦争にケリをつける予定だったのだが……まさか向こうがブサ男を指名してくるとは思いもしなかった。

 ブサ男ではボストロルに勝てない。となれば、族長同士の決闘に敗れた俺たちは戦争に負けたことになってしまう。

 ……このままではまずい。

 俺は思考を巡らす。

 周囲には戦いの手を止めたオークやゴブリンたちが集まりはじめ、ことの成り行きを見守っている。

 普段からよく分からない『戦士としての矜持』とやらを、俺だけじゃなく村人にも熱く語っているブサ男だ。ここで戦いに応じないければ、たちまち族長として求心力を失い、オークの(群れ)はバラバラになってしまうだろう。


(クソ……どうする? なにか、なにか手はないか? 村の連中も納得する、ブサ男の代わりに俺が戦う正当な理由が――)


 焦る俺の視界に、ジュディがぬっと映り込む。

 先発隊で暴れていたジュディも状況の変化を察し、ここにやってきたのだろう。


(あのメスブタ! 俺の視界汚してんじゃ――――ん? 待てよ……)


 ジュディに視界を汚された俺の頭に、ぴこりーんと電球が灯る。


(そうか……この手があったか!)


 村の連中たちの間から自然とブサ男コールが湧きおこり、思いっきり顔を歪めたままのブサ男が声援に押されて一歩踏み出す。

 その足取りは、めちゃめちゃ重かった。


「ふ、ふふふ、ふふ。ぞ、族長として、たたた、戦いに応じないわけには……い、いかないなぁ。ふ、ふふふ」

「待ってくれ父さん!」


 セリフほど顔に余裕を感じられないブサ男を、俺が呼び止める。


「むう? なんだガイアよ。父はこれより、あのにっくきボストロルめを打ち倒すところなのだぞ」


 かっこいい言葉を吐くわりには、その目が必死に「助けて!」と訴えてきていた。


「分かってる……分かってるよ父さん。『族長は決闘を挑まれたらそれに応えなくてはいけない』父さんはそう俺に教えてきてくれたよね……」


 ここでいったん区切り、頭の中で五秒数える。

 五秒ためたことで、周囲の視線は俺へと集まってくるのを感じた。


(よし、村の連中は俺の言葉を待っているな。そろそろ頃合いか)


 俺は出来るだけ悔しそうに、そして出来るだけ怒りを堪えた表情を作り出す。

 眉間にしわを寄せ、悔しそうに歯を食いしばる。たぶん、『大きい方』を我慢してる時の顔がこんな感じだと思う。まったく関係ないけど。


ボストロル(あいつ)は……あいつはぁッ!! じゅ、ジュディに酷いことをしたんだっ! ジュディはもう少しであいつに殺されてしまうところだったんだっ! 、お、俺はっ……俺はあいつを許せない! 絶対に絶対に許せない! だからお願いだ父さん、俺に……俺にあいつと戦わせてくれっ! …………頼むよぉ……」


 

 俺は俯くと、鼻をすするフリして鼻毛を引っこ抜き、目に涙を浮かべる。

 村の連中は俺が涙する姿を見て、みな黙り込む。「ズズー」と鼻をすする音が聞こえるあたり、ひょっとしたらもらい泣きしている者もいるのかも知れない。

 ジュディに至っては、「ガイア……」と呟きながら盛大に涙を流していた。


「ふっ、そうか。ジュディちゃんのため……か」


 ブサ男がどこか遠い目をして呟く。


「息子よ。族長同士の戦いは戦士として神聖なものだ。いかなる理由があろうと、それを拒否することは赦されない。――しかし、」


 すっげー安堵した顔のブサ男はポンと俺の肩を叩き、続ける。


「仲間の想いを汲んでやるのもまた、族長としての義務だ」

「ッ!? 父さん、それじゃあ――」


 見上げる俺にブサ男が大きく頷き、優しく微笑む。


「いくがいい息子よ。その怒りと悔しさを、あのトロルめに全てぶつけてやるのだ!」

「ありがとう! 父さん――いや、族長!!」

「うむ!」


 俺のブサ男、二人によるドラマチックな寸劇を見ていた仲間たちから「わー!」と歓声が沸き上がる。

 どうやら俺がブサ男の代わりに戦うことを問題なく受け入れてくれたようだ。

 俺は抱き付いてこようとしたジュディをぶっ飛ばし、鼻血を噴水のように噴き上がらせてからボストロルの前へと立つ。

 後ろでジュディがもんどりうつ音が聞こえたが、いまは気にしている場合ではない。


「見ての通りだボストロルよ! 貴様はこの俺が相手してやろう! さあ……かかってくるがいい!」


 腰から長剣を抜いて切っ先をボストロルに向ける。


「グウウウウウぅぅぅ。ふザけやガってェ! いいだろウ。なラ小僧かラ殺しテやる! おデを怒らせたこト……後悔するガいイ!!」

「ふっ、死ぬのは貴様だ! 喰らえ、火球ファイア・ボール!」


 剣で戦うと見せかけておいての魔法攻撃。

 だが、俺が不意打ちに成功したと思った火球によるその一撃は、トロルの体毛を燃え上がらせるどころか着弾した瞬間に「じゅう」と音を残して消えてしまったのだった。


「なに!?」

「ぶわっはっはっは、バカめ! ソウ何度モ燃やされルものカ! おデだってちゃんト準備しテきテいル!」

「ぬう……」


 よく見ればボストロルの体毛は、ほんのりと赤い液体でぬらぬらと濡れていた。


(なんだあれは? 水でも被ってきたのか?)


「ならば……これでどうだ! 火炎槍ファイア・ランス!」


 火球などとは比べ物にならない大きさを持った炎の槍が、ボストロルに向かって突き進む。これならいかに濡れていようと一瞬で蒸発させることが出来るはずだ。

 しかし――


「ぶわっはっは、……ムだダ。小僧」


 今度は「じゅわわぁぁぁ!!」という激しい蒸発音と共に、火炎槍も消えてしまった。

 いったいなぜ?

 狼狽する俺を見たボストロルが、にやりと笑う。


「ククククク……ぶわっはっはっは! 分からダろウ小僧? これハ、おでの体を包ムこレはッ――」


 ボストロルが誇らしげに両腕を広げる。


「――『スライム』ヨ!」

「な、なんだと!? スライムだと!?」


 そう、ボストロルの体毛でぬらぬら光っていたのは、なんと全身にへばり付いた、スライムの群れだったのだ。

 しかもあの色はレッドスライム。火への耐性が高いとされる種だ。


「なるほど……貴様も『本気』、というわけか……」

「ぶわっはっはっは…………当たリ前ダろウ!」


 スライムは獲物にへばり付き、それを溶かして栄養を体内に取り込むらしい。つまり、ボストロルはいまもなおスライムにその身を溶かされている真っ最中なのだ。まさに、再生能力の高いトロルだからこそ出来る手段といえよう。

 おそらくはかなりの痛みを感じているはず。その痛みを受け入れてまで、俺たちオークの群れを滅ぼそうとしていたのだ。その覚悟たるや、敵ながら称賛に値する。


「大した覚悟だ。少しだけ見直したぞ」

「……ふン。こレでモウおデに魔法ハ効かンゾ」

「ふっ、ひとつ貴様に忠告してやろう。あまり己の策を過信しないことだなッ!」

「なニ!?」

「火魔法が効かんだと? ならば……そのスライムごと焼き払ってくれよう! ――喰らえ、〈地獄の腐臭(インフェルノ・スメル)〉!! そしてぇ――」


 俺はズボンを下ろし、自分のケツをボストロルに向けてぺろんと突き出すと、〈地獄の腐臭〉を発動する。

 ここ数年、俺は自身の括約筋を鍛えに鍛え上げることにより、風がなくとも〈地獄の腐臭〉に指向性を持たせることに成功していたのだ。

 次に俺は左手の平に火球を灯し、それを〈地獄の腐臭〉が噴出寸前の尻に近づけていく。


「させるカ!!」


 だがここで、ボストロルが俺に向かって『何か』を投げつけてきたのだった。


「ファイア。ぼ――あッ!?」


 ボストロルの投げた物体が左手に当たり、火球をかき消してしまう。

 当たったそれがスライムだと気づくのと、驚いた俺の括約筋が緩むのは同時だった。


「しまっ――」


 括約筋が緩み、ダダ漏れになる〈地獄の腐臭〉。

 俺は自身の左手でチョキを作り、鼻に突っ込むのが精いっぱいだった。


「な、なんてことをッ!!」


 ダダ漏れになった〈地獄の腐臭〉が周囲の空気を汚染していく。

 後ろではバタリバタリと仲間が倒れる音が聞こえ、木の上からはコボルトとゴブリンがボトボトと落ちてくる。

 そしてついに広範囲に広がった〈地獄の腐臭〉の一部が、燃え続けていたトロルの火に引火し、どかんという爆発音が響き、視界が真っ白になる。

 光が弾け静寂に包まれた森で、俺は一人体を起こす。

 周囲にはプスプスいってる仲間たちが散乱している。幸いなことに、みな息はあるようだった。広範囲に広がっていたことで、爆発の被害が少なかったのだろう。

 意識があるのは俺だけ。まあ、〈地獄の腐臭〉の直撃を受けてしまったのだから、当然といえば当然だが。

 しかしこれで、〈地獄の腐臭〉を受けたトロルも無事では済まないはずだ。きっと村の仲間同様、腐臭を嗅いで意識を失っているに違いない。


(やれやれ、いまのうちにさっさと首を落としておくか)


 とか考えていた時だった、


「ぶおぉぉぉ、いまのハ……少シ驚いたゾ」


 ボストロルがその身を起こす。いや、ボストロルだけじゃない。トロルの半数以上が何事もなかったかのように立ち上がっているではないか。

 いったい……なぜ?


「なんだぁ? 小僧……一人ボッチじゃ、ねぇカ。ククク、次ハ、おでノ番だよナぁ?」


 幽鬼のように立ち上がるボストロルを見て、思わず後ずさりしてしまう。


(なぜだ? なぜ〈地獄の腐臭〉が効かない!? どうしてトロルの半数以上も意識がある? 耐性があるとでもいうのか? ――はっ、……ま、まさか――)


 俺の脳に、ピキーンと電流が走ったかのようなある推測が思い浮かぶ。


(そうだ……なぜ気づかなかった!! なぜ俺はその考えに至らなかったのだ!!)


 悔しそうに唇を噛みしめ、吐き捨てる。


「自分のことを『おで』っていうヤツはみな…………鼻水を垂らしていたではないかっ!」


 前世で読んだマンガのお約束。あんな風がごうごうと吹いている寒い岩山を縄張りにしているんだ。鼻水のひとつやふたつ、垂れて当然。

 なのに、その発想に至らなかったせいでいま俺は追いつめらようとしていた。

 ボストロルが邪悪な笑みを浮かべる。こいつのことだ、次になにを言うかなんて、簡単に想像出来てしまう。


「小僧……オ前の仲間ガ、誰も見ていネぇならヨォ。全員デ嬲り殺してモ、構わネェよナぁ?」


 ボストロルの合図で生き残ったトロルが俺を囲み始め、俺は……窮地に立たされた。

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