第十七話 恐怖!鬼動オーガ
「あっ! ガイアッ! ジュディは無事だったかぁ!?」
オーガの首にしがみついているエリーに捕捉された俺は、真剣な顔をしているエリーにジュディの安否をそう尋ねられてしまった。
ジュディは俺の背後で燃えている真っ最中。きっといまの俺はさぞ気まずい顔をしているに違いない。
「な……な、ええええ、エリーか!? それにオーガも! どどど、どうしてここに!?」
動揺が悟られないよう気をつけながら、なぜこの二人(と赤子)がここへ来たのかを問う。あれほど岩山のふもとで待っていろと言ったのに……。
「かっかっか、わちも最初は反対したとよ。ばってん、上から争う音が聞こえてきちょうたら、この小娘が泣きそうな顔で『どうしても』と頼むけん。仕方なかとよ。それに……わっちも小僧を見殺しには出来んからなぁ」
「すまねぇガイア。んだどもよぉ、あたす心配だったんだぁ。ガイアのことも……ジュディのことも。二人が戦ってんのにあたすだけ安全なとこさいるなんてぇ……んなこと出来ねぇっぺよぉ」
エリーが申し訳なさそうに顔を伏せそう言い、オーガは不敵な笑みを浮かべながら俺の退路を塞いでいたトロル共をばっこんばっこんふっ飛ばす。
オーガの一撃一撃が、ずいぶんと重いなと思ってよく見てみれば、なんと、信じられないことに赤子の両足を掴んでこん棒代わりに振るっているではないか。赤子がなんとなくぐったりしているようだが……大丈夫なのだろうか?
「そんでガイアぁ、ジュディはどこだぁ?」
ついにオーガが俺の元までたどり着き、オーガの背から降りたエリーがそう聞いてくる。
「じゅじゅじゅ、ジュディか!? そ、それならたしかその辺に……」
エリーの真っ直ぐな瞳を受け止めきれず、逃げるように視線を逸らして首を後ろに回す。すると、そこには軽く焦げてプスプスいってるジュディが転がっていた。
俺とエリーの視界に、その燃えかけのゴミと化したジュディが同時に映って気まずい空気が流れる。
「な、なしてジュディがこげ――」
「ジュディー! どうしてこんなことにぃーっ!」
俺はエリーが驚愕の声を上げきる前に自分の言葉を重ね、素早くジュディの元に駆け寄り焼け焦げた上体を助け起こす。
さり気なくさっき引っこ抜いたジュディの前髪を、エリーに見えないよう捨てるのも忘れてはいけない。
少し遅れてエリーが俺の隣へと走り寄り、青ざめた顔でジュディを覗き込む。
ジュディの瞼は閉じられ、体からはプスプスと煙が上がっていた。
俺は「豚の丸焼きみたい」とか思いながらも、出来るだけ狼狽えたふりをし、「生きてるかー」とか言いながらジュディの体をガクガクと揺する。
「ジュディ大丈夫かぁ!? ジュディっ! 目ぇ開けてけろ! ガイア、なしてジュディがこっだなこと――」
「エリー! 早くジュディに回復魔法を! 手遅れになる前に!」
「う、うん。分かったぁ。んだども、トロルは火が苦手なのに、なしてジュディ――」
「おのれトロル共めぇ! よくもジュディを燃やしてくれたな! 絶対に許せん! さあエリー、ジュディの仇は俺に任せてエリーは回復を!」
「ん、ん。分がったぁ」
エリーがジュディの火傷を不審に思う前に言葉を畳みかけ、意識をジュディの傷のみに向けさせる。
しばらくしてエリーの両手が光り、その光がジュディを包み込んでいく。いまのエリーのレベルなら、瀕死のジュディを救うことなど容易いことだろう。どうやら俺の計画はとん挫したようだ。
「小僧、その娘が『ジュディ』けんね? その娘を動かせるようになったら、とっととここから逃げるとよ!」
「……わかっているさ」
オーガが赤子を振り上げて周囲のトロルを威嚇し、俺も不本意ながらジュディとエリーを護るため拳を構える。
「ところでオーガよ、貴様、赤子をこん棒代わりに振るっているようだが……いいのかそれは?」
「かっかっか、オーガの子育てはちぃとばかし過激とよ。こうすることによって強い子に育つとよっ!」
そう言うが、俺が疑惑の目を向けるとぷいと顔を逸らすあたり、絶対に嘘だと思う。子オーガは白目をむいてダラダラ涎を垂らしているが……まあ、知ったこっちゃないか。
「グウゥゥゥ……お前ハ、オーガ! おでのメス……」
体毛を燃やす火が鎮火したボストロルが、苦悶の声を上げながらも、痛みで震える体を起こす。
オーガがこの場にいることに気づいたのだろう。その目には様々な感情が入り混じっているように感じられた。
「かっかっか、久しぶりけんね」
「ガハァ……ハァハァ……。や、ヤっぱリ、おでノ元へかえってキたんダナ。待ッテいたゾ。さア、コッチへこイ」
ボストロルがオーガに自分の元へ来るよう、目でうったえる。
しかし、オーガは首を振ってそれを拒絶した。
「かっかっか、冗談じゃなかよ。わっちはもう貴さんのメスじゃなかけんね」
「ナんだト!?」
「わっちは……わっちはこの――、」
オーガがなぜか俺の肩に手を乗せ、続ける。
「この小僧のものじゃけん。貴さんのものじゃなかとよ!」
その言葉を聞き、俺の顔から血の気が引く。そして俺に反比例するかのように、ボストロルの焼け落ちた体毛の隙間から覗く素顔が、怒りで真っ赤に染まっていった。
「ヤっぱリ……ヤっぱリそうダッタか……」
ボストロルが、怒りに染まった顔でギロリと俺を睨む。
「オ前、やっパりおでノメスを誑かしてイたンだナ。許さナイ……」
「いや、ちょっと待て。それは誤解――」
「かっかっか、貴さん、勘違いしとるけん。わっちはこの小僧に誑かされてなんかなか。ただ惚れちょるだけと。もうぞっこんやけん! 身も心も捧げとるとよ!」
「ブオオォォォ!!」
俺の言葉なんか聞いちゃいねぇ状態の怒れるボストロルをオーガがさらに挑発し、その怒りが全て俺へと注がれる。
もうすべてを投げ出してお家に帰りたい。
「全員ココかラ生かして帰さナイ。オーガ、オ前もダ。おでを裏切っタ罪、その身ニ刻んデやろウ! 者共、コいつらヲ生かしテ帰すナ!」
ボストロルが手下のトロル共に号令をかけるが、命令をちゃんと聞けているのは半分ぐらいといったところか。もう半分は体を燃やす炎でパニックに陥っており、地面を転がったり仲間に向かって助けを求めたりしている。
「ガイアぁ、ジュディの意識が戻ったよぉ」
「が、ガイア……あ、たし……いったい……」
ちょうどその時、エリーの魔法でジュディが意識を取り戻したらしく、後ろからジュディの弱々しい声が聞こえてきた。
「よし小僧、囲みを突破するけん!」
「同感だ。喰らえっ、〈火炎旋風〉!」
ボストロルの命令でこちらへ向かってくるトロルの一団に範囲魔法の〈火炎旋風〉を放ち、足止めに成功すると、その隙にオーガがエリーとジュディの二人を抱えて走り出す。
「邪魔すんじゃなかっ!!」
エリーとジュディを抱えたオーガが、肩口からぶつかるタックルで退路を塞ぐトロルをふっ飛ばし、俺がその後に続く。
「ブオオォォォッ! 待テェ! 逃げるナァッ!!」
後ろの炎越しにボストロルの声が聞こえるが、待ってやる義理など当然ない。
俺は残りの魔力を計算しながら、追ってくるトロル共に向かって火魔法を立て続けに放ち、混乱をよりいっそう深めていく。
岩山のいたる所でトロル共の悲鳴と怒声が上がるなか、ボストロルの「オーク共を追え」という叫び声だけが空しく響く。
ここまでやられておいて、なお追ってこれるやつなどそうはいない。
俺とオーガは散発的に襲いかかってくるトロルを蹴散らし、高笑いしながら岩山を駆け下りていった。
「憶えテいロ! 滅ぼしテやル。……オ前タちオーク共ヲ皆殺しニしてやル! 絶対ニ……絶対にダァ! ブオオオォォォォオオオォォォッ!!」
ボストロルの怨嗟の雄叫びをその背に受けながら。




