第十四話 宿命の出会い 前編
見張りに立っていたトロルを一撃で屠った俺は、隠れていたエリーとオーガを自分の元へと呼び寄せた。二人が走り寄ってくる間に足元に転がっているトロルの肉を千切って〈捕食〉する。
試しに指先をちょっとだけ噛み切ってみたところ、みるみる内に傷が塞がっていき、わずか数秒で傷跡も残らず元通りになる。どうやらやっと俺は〈肉体再生〉の能力を手に入れることが出来たみたいだ。
「ガイア……これ」
近づいてきたエリーが顔を真っ赤にして預けておいた服を渡そうとしてくるが、俺はそれを受け取らずにポロリンしたまま岩山を見上げる。
「エリー、俺はこれからジュディを助けに行こうと思う」
「あ、あったりまえだべぇ。そのためにあたすたつはここまで来たんだからなぁ。それよりガイア、ふ……ふ、服さ着てけろ!」
「ふっ、『当たり前』……か。確かにそうだな。俺は……俺たちはジュディを助けるためにここまで来た!」
「う、うん。だどもその前に服さ――」
「だがなエリーよ、貴様にはここで待っていてもらいたい。エリーにはここで……俺とジュディ(の前髪)が一緒に戻ってくるのを待っててほしいんだ」
そう言い、俺はエリーに向かって優しく微笑む。
エリーは恥ずかしいのか、もじもじそわそわしながらしきりに目を泳がせている。
「小僧、トロルの住処にこのゴブリンを一人で置いていくのは危険とよ」
口の端からよだれを垂らしているオーガが、そう俺とエリーの会話に割って入ってきた。
俺はオーガの言葉に頷く。
「貴様の言う通りだろうな。ここにエリーを一人で残すのは危険だろう」
「なら――」
「だから貴様がエリーを護ってやってくれ」
オーガが反論しようとする前に、俺は自分の言葉を被せる。
俺の言葉が予想外だったのか、オーガは驚いたような表情を浮かべた。
「わっちがこの小娘を……護ると!?」
「そうだ。貴様はエリーを護ってくれ。赤子を産んだことで少しは動きやすくなったのだろう?」
「わっちの子が腹ん中いた時とは違うけん。もうトロルなんか問題じゃなかとよ!」
挑発気味に放った言葉に、オーガはちょっと怒ったように喰らいつく。
「ちょ、ちょっとガイア、あたすはこんなメスに護ってほしくなんかないよぉ! あたすもジュディさ助けるためにガイアと一緒に行くぅ! あと服さ着――」
「ダメだエリー! 貴様を危険な目に合わすわけにはいかない!」
俺はエリーの両肩に手を置く。エリーは目のやり場に困っているのか、「はわわわわ」と言いながら首をせわしなく動かし、最終的に後ろを向くことで落ち着いたようだった。
「そんなぁ……そっだらよぉ、あたすはなんのためにここさ来たんだぁ? ジュディさ助けに行かねぇで、あたすはガイアがジュディさ助けてくるのを待つだけかぁ? あとお願いだから服――」
「そうじゃない。そうじゃないんだよエリー」
おそらくは、ジュディの前髪を引っこ抜きに行くのに自分が必要とされていないと感じたのだろう。エリーは悔しそうにポロポロと涙を零す。
俺はそんなエリーを抱きしめ、頭を優しく撫でる。おう吐はなんとか我慢した。
「いいかい、エリー。俺はこれからジュディを助けに行く。強いあいつのことだ。きっと生きてるに違いない。でもいくら強くても相手がトロルの群れでは無傷では済まないだろう。そこでエリーの出番だ。俺はジュディを絶対に助けてここまで連れてくる。そしたら次はエリーがジュディの傷を治すんだ。そして一緒に村に帰ろう。トロルが追ってきても大丈夫。また昔みたいにエリーはジュディに担いでもらえばいいんだよ。そしたら足の遅いトロル共なんかあっという間に振りきれるさ! そうだろ?」
俺の説明を聞いたエリーが涙を拭い、こくんと頷く。
「……んだな。優しいガイアのことだぁ、あたすがついてったらよぉ、あたすのことまでガイアは気ぃ使わなきゃなんねぇもんなぁ。そっだら足さひっぱっちまうもんなぁ。あと服――」
「そんなことはない。俺はエリーが足手まといだなんて感じたことは一度もないぞ。確かに俺がエリーを危険に晒したくないのは本心だ。でもさっきも見ただろう? 俺は自分の体を周囲の色に合わせることが出来る。敵の住処に侵入するには、俺一人の方が敵に気づかれにくいんだよ」
エリーはさっき見た〈蜥蜴迷彩〉のことを思い出したのか、渋々ながらも納得したようだった。
「かっかっか、小娘、『役割分担』ってやつとよ。小僧はジュディとやらを助けにいく。小娘はそのジュディを魔法で回復させる。そしてわっちは小娘を護る。そうたいね? 小僧」
オーガが俺の方を向き聞いてきたので頷いて答えておく。心なしか流れ出るよだれの量が増えてる気がするが、たぶん気のせいだろう。
「魅惑の肉体を持つわっちじゃ、ここでは目立ちすぎる。わっちも小僧と一緒に岩山に入ったら、すーぐに見つかってしまうとよ」
魅惑の肉体うんぬんは華麗にスルーするとして、オーガのやつも自分の体のデカさをちゃんと分かっているらしい。木の生えていないこの岩山では、オーガの巨体はすぐに見つかってしまうだろう。
「ではオーガよ、エリーを任せたぞ」
「任せんしゃい!」
オーガが自分の胸をどんと強く叩く。
俺は頷き、エリーとオーガに背を向け岩山へと入っていく。
「待ってけろガイア!」
「……なんだ?」
俺は立ち止まり、振り返る。
「んっと……」
振り返ると、エリーは俺から視線を逸らすようにさっと俯き、何かを言いよどむ。しばしの躊躇いの後、決心したかのように拳をぎゅっと強く握りしめる。
「んと……さ、さっきは村で酷いことさ言ってすまねぇ。ガイアはこっだにジュディのことさ心配すてんのに……」
「ふっ、そんなことか。気にしてないよエリー」
俺はまるで些細なことでしかなかったかのように微笑む。
「ガイア……」
「じゃあ、俺は行くよ。必ずジュディを連れて戻ってくるから、エリーはここで待っててくれ。オーガ、エリーを頼んだぞ」
「任せるとよ」
俺の言葉にエリーは瞳を潤ませ、オーガが力強く頷く。
「最後にガイア……どうか服を――」
「行ってくる!」
こうして、服をさし出してくるエリーとオーガ親子をふもとに待機させ、俺は一人〈蜥蜴迷彩〉を発動しながら岩山を登り始めたのだった。
「へぷしっ、……うぅ、寒いな」
冷たい風にさらされ、ぶるりと身を震わせる。
岩山は身を隠せそうな場所が少なく、風がふくと凍えそうなほど寒かった。まあ、だからこそ熱い毛皮に覆われているトロルはこの場所を住処としたのだろうが。
見れば、俺の息子は可哀そうになるほど小さく縮こまっている。早くこの場から離脱し、温めてあげたいもんだ。
「こんなところに長時間いたら風邪をひいてしまうな。早くジュディの前髪を毟ってこなければ」
もはやエリーという監視の目がないいま、俺は世間体を気にする必要などまったくない。村の連中に精一杯頑張りましたアピールするため、ジュディの前髪を毟ってくるだけでよいのだ。
「さっさとジュディを見つけて帰らんとな」
俺はそう呟き、先を急ぐ。
岩山に入ると同時に〈蜥蜴迷彩〉は発動しているのだが、トロルと遭遇することはなかった。周囲の匂いを嗅ぐ限り、どうやらトロル共は一か所に集まっているみたいだった。
おそらくはそこに……ジュディもいる。
トロルの嗜好や美醜などまるで分からんが、ゴブリンの時みたいにジュディ相手に欲情出来るような連中であるのなら、まだジュディが生きている可能性が高い。
俺としてはジュディがぐったりしてくれていると、前髪を毟りやすくて手間が省けるのだがな。
「む!?」
気配を殺しながらトロルの匂いが強い方へと近づいていった俺は、怒声や悲鳴の入り混じった叫び声を聞きつけ、素早く近くの岩へと身を隠す。
「いったい何事だ?」
岩陰から顔だけを出し、騒ぎの中心へと目を向ける。
そこには――
「ぶうぅぅぅひひぃぃぃぃぃぃぃいいっ!!」
全身を返り血で真っ赤に染めたジュディが、トロル共に包囲されながらも片手斧をトロルの頭部へと叩き付け、次々と骸へと変えていく。
「じゅ……ジュディ?」
骸の山を築き上げる、修羅と化したジュディに俺の息子はさらに縮み上がる。
(どうする? ジュディに加勢するか?)
俺は自問する。出来ることならトロルに加勢したいところだが、種族同士、群れ同士の繋がりが強いこの森では、オークの俺が現れたところでジュディの味方だと思われてしまうのがおちだろう。
ならば俺に出来ることは……。
「がんばれ……トロル」
俺は呟き、小さな声援をトロルに送る。
しかし、俺の応援空しく、トロル共は次々と頭をかち割られて命を散らすばかり。
「ええい……くそ」
俺は自分自身の手でジュディをぶっ飛ばせないという、歯がゆい思いから悪態をついてしまう。
その時だった、ジュディの握っていた片手斧がへし折れる。次いで、もう片方の片手斧も。
チャンス! と思ったのは俺だけではなかったらしい。タイミングを見計らっていたかのように大きいトロル――おそらくは群れのボス、がジュディの前へと進み出てきた。
こいつは期待できそうだ、と思ったのに、ボストロル(たぶん)はジュディとなにか話し始めやがった。ごうごうとふく風のせいで俺にはよく聞こえない。
(おいおい、和解とか勘弁してくれよ……)
と思った時、ボストロルが見た目に反した素早い動きで踏み込み、強烈なアッパーをジュディに見舞う。
上空に打ち上げられたジュディが重力に引かれ地面へと落ち、ごろごろと転がっていくが……まだだ。まだ足りない。ジュディがこの程度で死ぬはずがない。
俺の予想通り、ジュディはよろよろとふらつきながらも立ち上がると、ボストロルに向けて挑発的な笑みを浮かべている。
そんなジュディにボストロルはのそりと近づくと、止めの一撃を放つべく毛むくじゃらの太い腕を振り上げた。
ずしん、という振動が俺の足元にまで伝わる。
ボストロルが放った渾身の一撃はジュディから気力を奪い去るには十分だった。〈鑑定〉の能力でジュディを確認したところ、辛うじてHPが残っているが、これではもう動くこともままならないだろう。
ついにジュディの最後の時が訪れようとしているのだ。
(あとはボストロルが息の根を止めれば……)
と考えたところで、はたと気づく。
ボストロルをはじめ、トロル共がみな口をあんぐりと開け、うめき声を上げることしかできないジュディの方を見ているのだ。
ひょっとして……ジュディがさっきの一撃で死ななかったことにでも驚いているのだろうか?
なんせ群れで最強の存在であるボストロルがドヤ顔で放った渾身の一撃だ。空気を読まずに死ななかったジュディを見て驚くのも無理はない。
「もうちょっとだ……諦めるなよ、トロル」
俺は岩陰からトロルを応援する。
ジュディのHPは残り少ない。あと何発かぶっ飛ばせばジュディを天へと送ることができるのだ。ここで諦めるのはいただけない。
だがここで、ボストロルが思いがけない行動に出たのだった。
ボストロルは騒めいている群れに一喝し黙らせると、あろうことか、虫の息となったジュディの毛皮の服を破き始めたではないか。
トロル共から――主にオスたちの間から歓声が上がり、まるで順番待ちでもするかのようにボストロルの後ろへと並び始めるトロルまで現れる始末。
(なっ!? ま、まさか……動けなくなったジュディを辱める気かっ!?)
俺の考えを肯定するかのように、ボストロルは乱暴にジュディの服を破き捨てた。
瞬間、冷たい風が吹いて一気に体温が下がる。
毛皮の服を破かれ、あらわになるジュディの胸。
トロル共の間から聞こえる下卑た笑い声。
これからジュディはトロル共の慰み者となってしまうのだ。
たっぷりと、時間をかけて。
傷ついた体で何匹ものトロルを相手にし、命が尽きるその瞬間まで――いや、死してなお辱められるのかも知れない。
何度も、何度も……。
トロル共が飽きるまで……。
その考えに至った時、頭の中で『何か』が弾け、目の前が怒りで真っ赤に染まり、炎にも似た激情が胸を焦がす。
(ジュディを……慰み者にするだと!? ふざけるな……ふざけるなっ!!)
俺は無意識のうちに歯を食いしばり、力いっぱい拳を握りこんでいた。
胸を満たす激情が、脳が、体を構成する細胞のひとつひとつまでもが「赦すな!」と声高らかに叫んでいる。
そう、俺はこの目の前で行われようとしている行為を絶対に赦してはならないのだ。
絶対に阻止しなくてはならないのだ!
俺は隠れていた岩陰がら身を起こす。
相も変わらず冷たい風がこの身を叩きつけ体温を奪おうとまとわりつくが、俺はそれを振り払いながら、まっすぐに騒ぎの中心――ジュディとボストロルを見据える。
岩陰から出たにもかかわらず、連中はこれから始まる狂宴に夢中で誰も気づきゃしない。
脳が叫ぶ。
赦すな、と。
体を覆う筋肉が叫ぶ。
赦すな、と。
体を構成する全細胞が叫ぶ。
赦すな、と。
そして俺の魂が叫ぶ。
絶対に赦すな、と。
(赦さない! 絶対に赦さない!! トロルの分際でふざけるなよっ!!)
なぜなら――、
(こんな寒いとこで終わるの待ってたら風邪をひいてしまうだろうがぁぁぁっ!!)
魂で咆哮しながら、全身が鳥肌立った俺はトロルの群れへと突撃していったのだった。




