第四話 戦場脱出作戦
俺の突然の行動にゴブリンだけでなくジュディまでポカンとした顔をしている。
俺は殴り飛ばしたゴブリンに追撃のつま先蹴りをみぞおちの辺りにぶち込み、まだポカンとしているジュディに向かって叫ぶ。
「何をしているジュディ! さっさと逃げろ!」
「……え?」
「この場は俺が時間を稼ぐ! だからジュディは村まで走って逃げるんだ!」
「そんな……そんなぁ、ガイアを置いていくなんて出来ないよぉ!」
「バカ! このままだと二人ともやられるぞ! だったらせめて……せめてジュディだけでも逃げてくれ」
俺は迫りくるゴブリン共に構え、ジュディに背を向けたままそう言い放ち、
(頼む。俺の想いよ……ジュディに届いてくれ)
と祈る。
牙をむき出しにしたゴブリン共が手にこん棒や錆びた斧など、それぞれの獲物を振り上げ走ってくる。時間はあまりない。
「早く行けジュディ!」
「そんな……そんなぁ……」
蹴り飛ばしたゴブリンも立ち上がり、怒りの形相で腰に差してたシミターを抜き向かってくる。お、それちょっと上物じゃない?
「ジュディー! 行くんだー!」
「いや……いやよ!」
ジュディは力強くそう言うと、俺の言葉を無視し隣に立つ。
「ジュディ、何を――」
「ガイアを置いていくなんて絶対にいや! あたしはガイアと一緒にいる! ガイアが戦うなら一緒に戦う! ガイアが死ぬなら……あたしも一緒に死ぬもん! だからあたしは逃げない!」
目に涙を浮かべ、震える体で拾った木の棒を構えている。
おれはそんなジュディを見て――
(ふっ……計算通り! これでジュディは俺のために命を投げ出して戦うに違いない)
と、ほくそ笑む。これでジュディは俺の生体盾として役立ち、致命的なピンチであろうともその身を犠牲にして俺を救おうとするはずだ。
まあ、ジュディは戦闘や狩猟の経験がほとんどないので初めての実戦にビビっているようだが、そのスペックはゴブリン一匹程度はもちろん、ひょっとしたら二匹相手でも勝てるかも知れない程度にはある。
頭より下半身の意思が優先される下等なゴブリン共はきっとジュディの方を優先して狙うだろう。
ジュディが一匹、あるいは二匹相手に時間を稼いでくれればその間に俺がゴブリンを倒したり逃走したりと選択肢が増える。せいぜいジュディには役立ってもらうこととしよう。
ゴブリンをギリギリまで引きつけ、目前まで迫った瞬間、
「囲まれるとまずい! 木を背にして戦うんだ!」
「え? あ、うん!」
そう唐突に指示すると、俺はジュディを置いて素早く移動し近くに生えてる巨木を背にする。
「ガキんちょの分際でぇあんま調子にのんなぁ!」
「げへへへ、まんずメスっこから黙らすべぇ」
「んだなぁ」
唐突に指示されたジュディが対応出来るはずもなく、その場取り残されたジュディが俺の読み通りゴブリンに取り囲まれる。しかも三匹も。
二匹引き受けてくれれば僥倖と思っていたのでこれは嬉しい誤算だった。
「ちょっと……やだ、こないでよぉー!」
ジュディがぶんぶんと棒切れを振るうが、ゴブリンたちはニヤニヤしながらその囲みをじょじょに狭めていく。
「おめぇの相手はオラだぁ」
そして俺の前にはぶっ飛ばしたゴブリンが、腫らした顔に怒りの形相を浮かべ、危険な光を放つシミターを向けてきた。
「いいだろう。相手してやる」
俺はショートソードを正眼に構え、ゴブリンをくいくいと手招きして挑発する。
「おめぇは首っこさえありゃええから…………死んじまえぇぇぇ!」
ゴブリンが俺目がけてシミターを振り下ろしてくる。
(バカめ!)
さすがゴブリン。こんな挑発に乗るなんてオーク以上に単純だ。
俺はサイドステップでひらりとその一撃をかわすと、ゴブリンのシミターの先端が「ガツッ!」という音と共に木の幹に打ち込まれる。
すかさず突き刺さったシミターを両手で抜こうとしているゴブリンの腕目がけて俺は自分のショートソードを叩き付けた。
俺のショートソードは錆びているので『刃物』としては役に立たず、せいぜいが尖った先端を利用して刺突するか、このようにこん棒代わりに使うしかない。だが――
「ぐぎゃあぁぁぁ!」
子供とはいえオークの膂力を使った一撃は確かな手ごたえがあり、ゴブリンは痛みのあまり両腕をシミターから離す。
「止めだ!」
そう言い放ちショートソードで突き刺そうとしたが、それを見たゴブリンは体ごとぶつかるように体当たりしてきた。
「くっ」
思わず尻餅をついてしまい、そのままゴロゴロとゴブリンともつれ合う。
だがここで慌ててはいけない。こういう時にこそ対いじめっ子用にと前世で習っていたカラーテの通信講座が活きる時だからだ。
俺はもつれ合う回転の遠心力を巧みにコントロールしゴブリンに馬乗りになると、そのまま両足でゴブリンの胴体を挟み込みマウントポジションをキープする。
「ど、どくだ! オラから降りろぉ!」
ゴブリンが下から拳を振るってくるが、背中が地面に着いてしまっているこの状態ではなかなか当たらないし、当たったとしても腕の力だけでは大したダメージは喰らわない。
パンチというものは如何にして自分の体重を拳に乗せるかによってその威力決まるのだ。例えば……こんなふうにな!
俺は拳を握り、体重を乗せ、ゴブリンの顔面目がけて振り下ろす。続けて今度は左。防御しようとする腕をどかして再び右。
ジュディを日々殴り続けることによって身に付けた、ロシアンエンペラーばりに的確に振り下ろされる俺の拳によって、ゴブリンの顔はオークの仲間入りが出来るほどにパンパンに膨れ上がる。やがて――
「た……だすげてくんろぉ……勘弁してけれぇ……」
命乞いを始めたゴブリンの膝を踵で粉砕し、逃げれないようにする。
(こいつにはいろいろと聞きたいことがあるからな。さて、ジュディはまだ生きてるかな?)
と思考しながらジュディの方を向くと、そこには――
「メスの敵め! このメスの敵めぇぇぇ! 死ねやごらぁ!」
ゴブリンをボッコボコにしている修羅の姿があった。
「オラ! オラ! この汚らしいゴブリン如きがぁ。あたしの純潔奪えるとでも思ってたのかよ! 死ね。死んで詫びろオラ!」
ジュディの足元には事切れた二匹のゴブリンが転がっていて、いま胸倉を掴まれて殴られ続けているゴブリンも両腕をプランプランさせてすでにグッタリしている。
それでも血走った目で殴るのを止めないジュディ。
俺は自分がボコったゴブリンの頭を掴んでぐりんとジュディの方を向かせると、
「見えるか? ああなりたくなかったら貴様の知っていることをすべて話すんだな」
と言う。
ゴブリンは真っ青な顔をしてただコクコクと頷き続けていた。
「なるほどな。俺の村の戦士たちをオーガに襲わせたのは貴様たちだったのか」
「んだぁ。オラたちの巣さやってきたホブゴブンがぁ、オーガを使っておめえらの村のオーク襲わせたんだぁ」
ゴブリンは素直にこちらの質問に答える。まあ、目の前で仲間だったゴブリンがジュディに食べられているのを見れば、誰だって話すだろう。
「どうやってオーガを動かしたんだ?」
「オーガの縄張りに餌さ置いてってぇ、ちょっとずつ移動させてったんだぁ」
オーガはオーク以上に悪食だ。きっとオーガを誘い出すように一定間隔で餌を置いて行って、風下からオークの狩場に向かわせたに違いない。
どうやらこんなことを考え付くホブゴブリンという種は俺の想像以上に頭が働くらしい。
「ずいぶんと……汚い手を使ってくれたな」
「い、いんや、オラたちゴブリンは反対すたんだぁ。でもよぉ、ホブゴブリンにオラたちの族長殺されちまってよぉ……逆らえながったんだぁ」
「ホブゴブリンは全部で何匹いるんだ?」
「わがんねぇ、いっぱいいるだぁ」
しまった……オークもそうだが、こいつらはまともに『数』を数えることが出来ないんだった。
ジュディに数えさせても「ひとつ、ふたつ……」から始まって「やっつ、ここのつ、いっぱい!」で終わるもんだから呆れてしまい、気づけばぶっ飛ばしてしまったのも仕方がないことだと思う。
そう。この下級生物どもは十以上ものを数えることが出来ないのだ。
「では質問を変えよう。お前たちゴブリンとホブゴブリンはどっちの方が多い?」
「そりゃオラたちゴブリンの方が多いだぁ。ホブゴブリンの奴らはオラたちの半分ぐれぇだぁ」
確か村周辺のゴブリンの巣には五十匹ぐらいいたはずだ。こいつの話を信じるならホブゴブリンは二十から三十といったところか。
「まずいな……数の上でも負けているぞ」
いま村で戦えるオークは三十匹ほど。ホブゴブリンとは同数だが、そこに倍はいるゴブリンのことも考えると圧倒的に不利と言わざるを得ない。
「急いで父さんに伝えないと……。行くぞジュディ」
「え? ガイア、こいつ殺さないの?」
「捨て置け。どうせその足ではどこにも行けんよ。ほっといても肉食動物のエサになるだろうさ」
「そ、そんなぁ、オラを見捨てるんかぁ?」
「なんだ? 『オークの村』に連れてってほしいのか? 俺はお前に聞いたことをすべて族長である父に話すぞ」
「い、いや……それは……」
ジュディと二人で立ち上がった時、後方の茂みが揺れて新たなゴブリンが顔を出す。
「ひぃぃ、た、助けてくんろぉー、オークに殺されるだぁ!」
「ちぃ! 新手か!? 引くぞジュディ!」
「う、うん!」
尋問していたゴブリンが、現れた仲間のもとに這っていこうとしていたので顔面を蹴り上げ、そのままジュディと一緒にこの場を離脱する。
新手の数は分からなかったが、一回集中力が切れてしまった状態で連戦はさすがにまずい。
現れたゴブリンたちは俺たちより仲間を助けることを優先したのかは知らないが、追っ手をかけることなく去っていく俺たちをただ静かに見送っていた。




