第九話 髪の毛散る!
「ガイア! よりによってオーガとの間に子を成すなんて……恥を知りなさい!」
怒り狂うブサ子。
「いっつも一人で村から出てったんはぁっ、こんのオーガと逢引するためだったんかぁっ!?」
泣き叫ぶエリー。
「ふっ、さすが俺の息子だ」
そしてなぜか親指を突き立てるブサ男。
三者三様の反応を示すなか、俺は一人この巨大な誤解をどうやって解くものかと頭を悩ませていた。
広場でのブサ男の発言、「オーガの子はガイアの子」により村中が混乱に陥り、メスたちの冷たい視線とオスたちの憧れと嫉妬が入り混じった視線から逃れるように俺は自宅へと一人戻った。意識の戻らないオーガを放置したままで。
だが、引きこもったところで事態が収まるはずもなく、ブサ男、ブサ子、ご丁寧に粘着物を抱えたエリーの三人が俺を追って家へと押しかけてきたのだ。
そしていま俺は鬼の形相となったブサ子に言われるまま正座し、じっと説教を受けている真っ最中。しかもその内容が完全なる誤解だというのだから笑えない。
「ガイア、説明をなさい。母はずっと貴方がジュディちゃんとツガイになるものと思っていたのですよ。いいえ、母だけではありません。村の誰もがそう思っていたはずです」
「か、母さん話を――」
「よしんばツガイになる相手がジュディちゃんじゃなかったとします。だとしてもその相手はエリーちゃんになるべきで、決してあんな……は、はしたないオーガであっていいはずがありませんっ!」
怒っている時は必ず敬語になるブサ子が、感情の高ぶりからバンと床を強く叩く。
なぜか俺ではなくブサ男がビクリとするが、いまはそれを気にしている余裕などない。あとあのオーガをブサ子はしきりに「はしたない」と言うが、俺にはその判断基準が全く分からない。
「だから誤解――」
「子を作っておきながら『誤解』とは何事ですか!? 貴方はオスとしての責任すら放棄するというのですか!? いつからそんな情けないことを言うようになったのです!!」
ブサ子が怒声と共に俺の頬を叩く。
パアンと乾いた音が響き、俺は反射的に頬を手でおさえるがまったく痛くない。
ブサ子の全力ビンタをくらってもびくともしないのだ。きっとオーガから得た〈肉体強化〉が作用しているのだろう。まさかビンタで実感することになるとは思いもしなかったが。
「母は……母は貴方が恥ずかしい。次期族長として期待していたのに……うぅぅ……」
「ブサ子よ……」
誤解が生んだ悔しさから、ついに嗚咽交じりに涙を零してしまったブサ子の肩をブサ男が気遣わしげに抱こうとするが、
「触らないで!」
とブサ子はその手を払いのけると、今度はブサ男を睨むようにして言い放つ。
「やっぱり……やっぱりガイアは貴方の子ですね。こんなことになるなんて……。グス、良かったじゃないですか。貴方にそっくりな息子で!」
「お、おい、何を言って……」
ブサ子の攻撃対象が自分へと移ったことに慌てるブサ男。
ブサ男はなんとかブサ子の感情を押し留めようとするが、ブサ子の怒りは収まらない。
「触らないで下さい! ……エリーちゃんもう行きましょう。こんなオスたちと一緒にいては心が乱れます」
「ん、分がったよぉママさん」
涙を拭ったブサ子が立ち上がり、エリーもそれにならう。しかも粘着物を俺に押し付けることも忘れないあたり、こいつもそうとう頭にきているみたいだ。
ってかブサ男とブサ子の過去になにがあった?
「ガイア、母として命じます。『今後』のことをしっかりと考えておくように」
そう言い残してブサ子とエリーは乱暴に扉を開けて家を出ていく。
家に残されたのは俺とブサ男と粘着物。
「…………」
「………………」
「あがぁー、うがぁー」
俺とブサ男の二人が黙り込む中、俺に抱かれた粘着物の嬉しそうな声だけが場を満たす。
やがて、気まずさに耐えられなくなったのか、ブサ男がその重い口をついに開いた。
「……ガイアよ。父としてではなく、同じオスとしてお前が他種族のメスに手を出してしまった気持ちはよく分かる。かくいう父もな、ブサ子と出会う前の若い頃は――」
などとブサ男がほんとどうでもいい話を延々と語り始める。
あまりにも長かったので割愛するが、要約すると「ルックスがイケメンな俺はオークだけじゃなく他種族にモテモテだったぜ。自慢じゃないけどいろんな種族と繁殖行為っぽいことしたぜ」
という、ほんとどうでもいい内容だった。
「――――とまあ、父も若い頃はそれなりに遊んでいたのだよ。だがなガイア、父はブサ子のお腹に赤ちゃんが――ガイアがいることを知り、オスとしての責任を果たすことに決めたのだ。この意味……分かるな?」
そう言って俺の肩にぽんと手を置くブサ男。
なんだよそれ? 知らねーよ、分かんねーよ! てか出来ちゃった婚だったのかよ!?
襲いかかるほんとどうでもいい衝撃の事実に俺は頭を掻きむしる。そのせいで髪の毛が抜け落ち、ついでに粘着物が床に落ちるが、粘着物は突然の落下にビックリしたような顔をしただけで泣かなかった。えらいぞ。
(ダメだ! 知ってたけどオークはもういろいろとダメだ! なに説明しても無駄になる。ってか聞いちゃいねー! こうなったら――)
そう。この誤解に決着をつけるには、もう一つしか手が残されていない。
(あの元凶を目覚めさせるしかない!)
とか考えつつも、よくよく考えたら最大の元凶はブサ男じゃねーかと思い至り、未だしたり顔でなにか語り続けているブサ男をぶっ飛ばしたあと、粘着物を拾った俺は家を出てオーガが寝ている広場を目指して走り出す
。家の中から「第二次反抗期きたー」と泣く声が聞こえるが気にしない。
丁度その時だった。広場の方から「オーガが目覚めたぞー!」と叫び声が聞こえてきたのは。
「目覚めたか……待っていたぞ!」
俺は手に抱える粘着物を見て、口の端を釣り上げ呟く。
「喜ぶがいい。貴様の母親が目をさましたようだぞ」
これでもうこの粘着物と、村を混乱に陥れた誤解から解放される。
そう思うとさっきまであんなにも重かった足取りが自然と軽くなっていく。
「待ってろオーガ! いま行くぞ!」




