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第六話 復活のオーガ

「あたす、ずっとガイアのこと探すてたんだからなぁ」


 そう言い、怒ったように頬を膨らませるエリー。

エリーだ。エリーがいま俺の目の前に立っている。

 まるで何者かが救いの手を伸ばすかのように、木陰から『聖女』とゴブリンたちから敬われ、高レベルの回復魔法を操るエリーがひょっこりと現れ出たのだった。


「え、エリーか? どうしてここに――いや、いまはそんなことどうでもいい! 頼む、このオーガに回復魔法をかけてやってくれ! とびっきりのやつを!!」


 女神の気まぐれか、はたまた悪魔の悪戯か、そのどちらであろうとも構わない。

 いまはただ、この手に抱く「大草原の小さな天使」ならぬ、「大密林の大きな悪魔」をなんとしても自分で抱え込みたくなかったのだ。


「ん? こんのオーガを治すんけぇ?」

「いいから! 早く! 治して!!」

「ん、わ、わがっだぁ」


 真剣マジ表情かおをした俺の勢いに気圧されたエリーは、ガクガクと頷き、すぐさまオーガに回復魔法をかけ始める。


「エリー……頼む、頼む」


 俺は祈り、そして願った。「このぬめぬめした粘着物を育てたくない」と、化物に「パパー」なんて呼ばれたくないと。

 強く、強く願った。手に抱く粘着物も俺と一緒に祈っているのか、今はただ静かに目を閉じている。

 ならば共に祈ろうではないか。

 天に、神に、そしてエリーに。


 かくて――



「ふぅー、これでこんのオーガはもう大丈夫だぁ。ちーとばかすヤバかったけんどぉ、何とか持ちなおしたよぉ。さすがはオーガだべなぁ」


 エリーが大きく「ふー」と息を吐き、額に玉となって浮き出た汗を手でぬぐいながらそう告げてきた。

 見ればオーガは意識を失ったままで顔色も悪いが、傷はすべて塞がり、弱くはあるが規則正しい呼吸を繰り返している。きっとエリーの言うように峠を越えて容態が安定したのだろう。


「助かったぞエリー。本当に……本当に感謝する!」

「い、いやだよぉ、あたすとガイアの仲でねかぁ。困った時はお互い様だべぇ。だから礼なんていらねぇ。それにあたすはお礼よりも、が……ガイアに頭さ撫でてもらえたほうが嬉しいべぇ」


 耳まで真っ赤に染めたエリーが期待のこもった眼差しで、チラッチラと俺を上目づかいに見てきて、うっとおしこいことこの上ない。


「お、おう」


 しかしオーガの命を繋ぎとめてくれたことには素直に感謝していたので、ここでその期待に応えないわけにはいかないな。

 俺は手を伸ばし、「ありがとう」と言いながらエリーの頭を撫でる。

 ぬめぬめした粘着物を抱いていたせいで、俺の手のひらもぬめぬめしていたが、エリーはそれを気にせず、目を細めて嬉しそうにねっちゃねっちゃと撫でられ続けていた。


「しかし……なんでエリーがこんなところにいるんだ? ここはオークの縄張りの外だぞ?」

「ん、それはなぁ、ジュディと一緒に『ガイアの後を追おう』ってことになったんだぁ」


 ジュディも俺と同じオークであるから、嗅覚が非常に優れている。村を出た俺を、匂いを頼りにエリーと二人でこっそりと追っていたのだろう。まあ、ここまではいつものことだ。だが、ならなぜいまここにジュディがいないのだ?

 俺の疑問を感じ取ったのか、エリーが話を続ける。


「そったらよぉ、ジュディが途中で『ガイアの匂いが二つある』って言うでねぇかぁ。んだからよぉ、二手に別れてガイアさ探すことにすたんだぁ」

「なんだって!? 俺の匂いがふた――はっ!?」


 そこで俺ははたと気づく。さっきまで俺はトロルにがっちりとホールドされていたのだ。しかもさんざん噛みついていたから、結構な量の唾液がトロルに付着していてもおかしくはない。

 そのトロルに染み付いた、俺の強い匂いを嗅いだジュディが、「ガイアの匂いが二つある」と感じてしまったのだろう。


「なんてことだ……じゃあジュディは?」

「ん、あたすにはこっちさ進むよう言ったあと、ジュディはなんか慌てたような顔さして、あっちの方さ――」


 エリーが森のある方向を指さす。


「走っていっちまったよぉ」


 その指先は、さっきトロルたちが去っていた方向を指し示していた。


「なんだと!? 一人でか!?」

「ん、んだ。あたすとジュディすか縄張りから出てねぇから、ジュディは一人でいっちまったよぉ」


 なんということだ。間違いなくジュディは俺の匂いと一緒にトロルの匂いも感じ取っていたはずなのだ。

 いま俺たちがいる場所からはオーガの匂いもしていたはずだが、匂いが動かない(移動しない)ため、オーガが死体になってるか、それとも寝てるかと予想し、特に脅威とは感じなかったのだろう。だからこそ危険の少ないこの場所をエリーに任せ、自分ジュディは一人、トロルの後を追ったに違いない。

 俺が……トロルに捕まったと勘違いして……。


「ん? ガイア大丈夫かぁ、どうかしたんけぇ?」


 真顔になっている俺の顔を、エリーが心配そうに覗き込んでくる。


「エリー……ジュディの向かった先にはな、トロル共がいるんだ」

「な、なんだってぇ!? んだども、ジュディはそっだなこと一言も言ってなかったよぉ」

「あいつは……ジュディはわざと黙ってたんだよ。エリーを心配させないようにって、危険に巻き込まないようにって。黙って一人で…………俺がトロルに捕まったと勘違いして……だから……」


 俺は近くの木を殴りつけ、悔しそうに呻く。


「た、大変だべぇ! は、早くジュディさ助けに行かんとぉ!」

「くっ……いまはまだ行けない」

「なして!?」


 エリーの批判的な視線を背で受けながら、俺は仰向けに寝ているオーガの方を向く。


「このオーガを……ここに放っておくことは出来ないからだ」

「こっだなオーガがなんだべぇ! ジュディとどっちが大事なんだぁ!?」


 目に涙をいっぱいに溜めながら、キっと僅かに怒りを含んだ眼差しを向けてくるエリー。

 そんなエリーに、俺は腕に抱くぬめぬめした粘着物を見せる。


「それは……赤ちゃんだべかぁ?」


 ぬめぬめし過ぎてて、エリーはこの粘着物がオーガの赤子とは気づかなかったのだろう。いま初めて気づき、驚いたような表情を浮かべた。


「そうだ。このねんちゃ――じゃなくて、この子はエリーが治療したオーガの子だ。いまジュディを追えば何の罪もないこの子を戦いに巻き込むことになる」

「んだども……んだどもジュディは……うぅ」


 ジュディを助けにいきたい。しかし、生まれたばかりの無力で無垢な存在を連れて行っていいはずがない。

 そんな八方塞がりな状況にエリーが涙を流し、悲しみのあまり膝をついて肩を震わせる。

 俺はエリーを気遣うようにその背をねちゃねちゃと優しくさすり、


「大丈夫だ。ジュディは強い! それはエリーも知っているだろ?」


 と、つとめて明るい声を出す。


「ん、知ってるけんどぉ……ひっく、相手はトロルでねぇかぁ……」

「大丈夫だ! ジュディなら大丈夫! 友達の俺たちがジュディを信じなくてどうする?」


 そう言って「だろ?」と明るく笑う。

 そんなおれをしばらくの間じっと見つめていたエリーは、やがて腕で涙をぐしぐしぬぐい、無理やりに「ニカ」っと笑顔を作る。


「んだな。友達のあたすが……親友のあたすが信ずねぇで、いったい誰がジュディ信ずんだ!」

「そうだ。その意気だよエリー!」

「あたすはもう泣かねぇ! ジュディを信ずる!」


 俺とエリーは目を合わせ、二人で同時にこくんと頷き合う。

 

「そったらガイアよぉ、こんのあとどうすんだぁ?」


 俺の差し出した手を照れながらそっと握り、立ち上がったエリーがそう聞いてきた。


「そうだな――――」


 エリーの問いに俺は視線をオーガへ移し、しばしの間考える。

 ぬめぬめした粘着物を意識の戻っていないオーガの上に乗せ、置いていくことも考えたのだが、今はトロルとの争いの真っ最中。戦力は少しでも多い方がいい。しかも、その戦力がオーガなら尚更だ。


「よし、まずは村に戻ろう。このオーガも連れて行くぞ」

「ん、わがったぁ」


 俺はぬめぬめした粘着物をエリーに預け、オーガの両足を持ってずるずると引きづり、村へ戻るべく移動を開始する。

 そして最後に、トロルたちが去っていき、ジュディが追っていったという森の奥を険しい顔で見据え、こう思うのだった。


(ジュディ…………バハハ~イ☆)


 と。

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